こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

夫婦ばん善哉

2024年01月21日 02時31分52秒 | 日記
日の目を見なかった没原稿です。

「有機野菜がくれた夢に生きる」
 目覚めると、まだ八時前。静かそのものだ。
子供四人が巣立ち、私と妻二人きりの生活に入って五年を過ぎた。静かで当たり前だが、今朝も妻の姿はない。その居場所は承知している。だから落ち着いたものだ。
 妻と違い夜型人間の私、明け方四時ごろまで眠れず何かしらやっている。八時に起きると決めている。四時間眠れる勘定である。この習慣は、調理師の世界に入ってからである。かなり長くなり、もう慣れっこといっていい。
 一方の妻は夜九時に床へつく。夜に弱く朝は強い、真逆の夫婦でバランスは取れている。
「ただいま。ひと仕事してきたよ」
 妻のお帰りである。朝取りの野菜を山盛りにした籠をしっかりと抱えている。
「すごいすごい。収穫しがいあったやろ」
「幸せやわ。生きてるって、こういうことやろな」
 妻の顔は思い切り綻んでいる。 一年前に仕事を辞めた妻の笑顔は増えた。仕事に就いていた時は滅多に見せなかった笑顔だ。この夏に六十二。ひと回り以上若い妻は、スーパーでサービスチーフだった。正社員である上司とパート中心の現場スタッフの間をつなぐ大変な役回りだった。
責任感が強いだけに、かなりストレスをため込んでいたのは確か。新しく赴任した店長の理不尽な責任転嫁に耐えきれず、ついにスーパーを辞めた。二十年に渡り頑張ってきた仕事だが、理不尽極まる上司に我慢できなかったのである。
「これ受講してみるわ」
 ハローワークに通いながら次の仕事を探していた妻が、地元の広報誌で見つけたのは「有機栽培実研講座」参加者を募る小さな記事。
 野菜作りは私が先輩。七十を前に仕事を引退、譲られた実家の畑で、見よう見まねの野菜作りを始めていた。引退するまで調理師、退職後は家族のための料理人に専従となった。食材補充の野菜作りだった。もともと農家生まれ。ただ末っ子だから自慢できるほどの農業体験はない。小さい頃から手伝いに駆り出されて得た記憶だけである。
 野菜を作り始めた当初は、両親のやっていたことを思い出しながらの見よう見まね。それでもそれなりの野菜が収穫できた。ただし化学肥料や農薬は気にせず使った結果である。
「農薬や化学肥料はすごく人間の体に悪いのよ。除草剤など以ての外なんだから」
 有機栽培に関する本を片手に力説した妻。町育ちで野菜作りなど無縁だった妻は、ゼロからスタートするのに「有機栽培」を選んだのだった。
 もともと農業に対する強い思い入れのない私に異存などあるはずはない。野菜作りに有機栽培がいい悪いの判断は不可能だ。つまるところ妻がやると決めれば、それでよかった。
「有機栽培講座」に通う妻は、一か月もするといっぱしの農業人を気取った。
「刈った草は捨てずに活かし、野菜を作るの。雑草はいくらあってもいい。どんどん刈って」
 目からうろこだった。雑草は野菜作りの大いなる邪魔者だと思ってきた。それが一般的な黒マルチに勝る草マルチになる。刈り取った雑草を乾燥させ、畑一面を覆うのだ。マルチ効果だけでなく、緑肥にもなる。クモや有益な昆虫の住処が生まれ、ミミズの発生も。
 県立農業大学元教授の教えである。有機農業に疑問を挟む理由は見当たらない
 これまで邪魔者でしかなかった雑草が、今度は畑に欠かせない宝物になる。素晴らしい!あれほどあぐねた草刈りも楽しくなる。
 米ぬかを発酵させたぼかし肥料と緑肥などを組み合わせ相乗効果を狙った有機栽培。手間暇かける値打ちはあるのかと半信半疑だった私も、いつしか有機栽培に魅了されていく。草マルチの裏に、クモや昆虫、そしてミミズを発見して感激!よくよく考えれば、子供の頃しょっちゅう味わったものだと気が付いた。
「この間の茄子とトマト本当に美味しかった」
 結婚して隣町に暮らす娘ふたり、里帰りの頻度が増したのは、どうやら有機で育てた自家野菜が目当てになったようだ。連れてこられた孫二人も畑の中を遊び回る。安心安全な無農薬環境である。
 遠くで暮らす息子らも、宅配便で届けた朝取り野菜が絶品だと喜んでくれている。
「まだ草足らへんよ」「ほいほい」
 ウキウキと草刈りに取りかかる私」
 最近は妻も仮払い機を肩にし出した。夫婦揃っての草刈りなんてことも可能になった。この間は、近くの放棄田の草刈りを引き受け、刈り払った草を貰ったりと、楽しんでいる。
「売って利益を上げられなくていいの。誰でも転げ回って遊べる畑と、草花や虫など身近な生き物の世界を維持できれば最高でしょ」
 有機栽培にかける妻の夢はまた大きく広がる。自然との共生を満喫、自家野菜で料理するという料理人冥利に尽きる私はその片腕だ..



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