老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

985 退院の先にあるもの・・・・

2019-03-06 22:35:58 | 老いの光影 第4章
退院の先にあるもの・・・・

「明日(明後日)退院ですよ」、と言われると
普通ならば 「家に帰れる」嬉しさで顔がほころぶ

齢(よわい)90を数える内山みどりさん
腹痛から胆石があることがわかり入院となった。
65歳の長男と二人暮らし。

毎日の晩酌が楽しみ。
生活保護世帯
生活扶助費をやりくりし
焼酎とつまみを買う。

老いた母には
お粥と軟らかいおかずを準備する。

両膝の関節は「く」の字に曲がったまま
寝たきり状態(要介護5)
昼間は2回ほどヘルパーが入りおむつ交換されるも
深夜は長男が行う。

訪問するとオシッコの臭いはするが
よく頑張っている。
南窓から陽が入る町営住宅に「明日の午前帰る」

みどりさんは家に帰れると聞いて
皺のある顔は喜びで「くちゃくちゃ顔」


92歳の堀川清子さん
塩辛い物の摂り過ぎが仇となり
心臓肥大で入院となった。
40数年前に
隠居宅を建て夫と夫婦水入らずの暮らしが始まった

夫はその後1年も経たないうちに亡くなり
それ以来気兼ねなしの自由奔放なひとり暮らし
同敷地内の母屋に長男夫婦が住んでいたが
近くて遠い 薄氷の親子関係姑嫁関係にある

学校敷地拡張で隠居宅も母屋も立ち退きとなり
道路の反対側に建てられた
新築の家に3月10日に移り住む
(3月10日は東京大空襲の日)

退院の日は明日
懐かしく夫との思い出が滲み込んだ隠居宅で泊まれる日は
僅か2晩しかない

今度は隠居宅はなく
同じ屋根の下で長男夫婦と同居する

いままでは老母も嫁も
相手に気遣うことなく暮らしてきた
今更同居してうまくいくのであろうか
不安が一杯な自分の家ではない「家」に帰る

90歳を越えた女性の不安
ストレスで生命が早まるような気がしてならない

どう支援するか 悩みが更に膨らむ

984  まゆ玉飾り

2019-03-06 04:51:04 | 老いの光影 第4章
こんにちほとんど見られなくなった「まゆ玉」飾り


まゆ玉飾り

大正11年生まれの松田拾子婆さん
誕生日を迎えると97歳を数える

いつもおじゃま(在宅訪問)をしているのに
気がつかなかったのか
目についても意識していなかったのか
わからない
まゆ玉飾りが在った

高いところに安置されている神棚の前に
まゆ玉が飾られていた

まゆ玉は
柳や樫、水木、梅などの木の枝にさし
養蚕や農作物の豊作を祈願する
小正月(1月15日)のときに飾る

懐かしかった
鼻水を垂らしていた子どもの頃
貧農だった我家の天井下に
まゆ玉が飾られていた

懐かしかった
冬の北海道を想い出す
そのときは父も母も姉も妹も
一緒に飾り付けをした

いま父母は他界
妹は北海道で過ごし
姉は私の近くに呼び寄せ
精神を患い長期病院で「過ごし」ている


無病息災の願いも込められているまゆ玉
拾子婆さんは
65歳の息子と二人暮らし

農家と兼業の息子
僅かな田圃と軽自動車で配送の仕事をしている間
老母は介護ベッドの脇にポータブルトイレを置き
介護ベッド上で 独り寝起きをしている

老母はウォーカー(歩行器)につかまり
まゆ玉が飾られている居間まで歩く
炬燵板に用意してくれた昼飯を食べ
5年の暮らしが続いている