
生ける屍の聲

5編の短編小説
ときは昭和時代
ところは貧しい農村
『屍の聲』は
惚けてしまったおばあちゃんは
孫の布由子(ふゆこ)の名を遠くから呼ぶ
布由子は高校生
おばあちゃんは部屋に火をつけ
仏壇のあった一角は
天井だけでなく畳や蒲団まで黒々と焦げた。
焦げた蒲団の布が引き裂かれ
その間から白い綿がむわりとこぼれ出ていた。
おばあちゃんの脳もこんなになってしまったのだ。
腐ってどろどろになって、頭蓋骨から流れ出した脳・・・・・・。
(19頁)
糞便の臭いが染みついたおばあちゃん
おばあちゃんの内側は腐りつつある。
この臭いは、死んで腐っていこうとする精神から出て来ていた。
生ける屍。
(19頁)
そのおばあちゃんに正気に戻る時間(とき)がある。
「また、わからんようになるのが恐い。
怖うてたまらんになる。けんど、どうしようもない。
知らんうちに頭がおかしゅうなる。自分が何しゆうか、わからんようになる。
こんなんやったら、もう二度と頭がはっきりせんほうがええ。
自分のしたことを考えるにと、恥ずかしゅうて嫌になる・・・・・・」
(26頁)
「惚けるやったら、死んだほうがましじゃ」と皺のよった目尻に涙が滲んでいたおばあちゃん。
おばあちゃんの後ろを追っていった布由子
おばちゃんは急斜面になっていた雑木林から転げ、深い碧色の川に落ちた
溺れ死んでいく様を見ていた布由子
正気になったり惚けたりするおばあちゃんは
死にたがっている、とそう信じた布由子は
溺れるおばあちゃんを見殺しにした。
通夜の席で一瞬
おばあちゃんの青くなった唇がわずかに開き、
息の漏れる聲で「布由子ぉ、布由子ぉ」と呼ぶ。
幻聴、幻視なのか
死者の聲なのか
生ける屍になりながらも
孫を想うおばあちゃん
一風変わった惚け老人の物語であった。
もうひとつの短編小説『残り火』のラストも呻ってしまった
事故死なのか
未必の殺意なのか
『残り火』を手にすることをお勧めします