今、手元に、昭和七年七月発行の本「栄えゆく道」と言う。
ボクが持っている一番古い本があります。
当然旧仮名遣いで、すべての漢字に振り仮名がしてある本です。
学校を卒業するまでの間に、母から教えられた事柄が載っている本です。
これを東京に出てくる時、母からプレゼントされました。
著者は「野間清治」戦前に発行された本ですから、
刊行した会社は「大日本雄弁會講談社」となっております。
裏表紙には「¥50」と印刷されております。
父は安月給の公務員でした、戦前の給料は、
一番上の姉がS銀行に勤めた時の初月給と
同じだったと母が嘆いておりました。
姉の給料が良かったのか父の給料が少なかったのか、
よく解りませんが、それで一家(子供6人と夫婦)が暮らしていました。
やがて戦争が終わると猛烈なインフレがやって来て、
父が貰って来たボーナスの中に1円札があって、
寝ていたボクを起こして、1円札を見せられた記憶があります。
その頃1円札はなかなか見ることが出来なかったのでしょうね。
寝ぼけ眼で見た1円札は灰色で、誰か偉い人が馬に乗っている、
絵か写真が載っていた記憶です。
そんな時代に買った本の¥50は父の給料の3倍だったと、
この本をボクにくれるときに母は語っておりました。
最近になって本箱を整理していてこの古い本を見つけました。
内容のその一。
「お金と言うものは、借りたら必ず期日までに返さなければならない。
返した後で、すぐまたお金を借りることがあっても、
一旦は返さなくてはならない。」と書かれている。
返すことで信用が得られ、また貸してもらえるからだと言う。
同じようなことを母から教えられていました。
借りるときは、必ず返す当てがある時に借りなさい。
返す当てがないときには借りない、を守りなさい、だった。
独身で下宿しているとき、冬のボーナス前で、
前夜、飲みすぎて帰りの電車賃だけ残して帰った。
翌日の日曜日、朝食、夜飯付きの下宿でだったから良かったが、
昼飯に困った、一銭もないからである。
同宿の顔見知りに、無心したが断られ、
やむなく下宿のおばあちゃんに頼んだ。
「いくら要るの?」とおばあちゃん。
恐る恐る
「千円」と話したら、二千円貸してくれると言う。
「一週間後の〇日に返します」と言って千円だけ借りた。
その時すでにボクの信用を計ったと思われる。
この時は困った時の神頼みと言うが、
本当に神様と思った。
その気持ちを忘れずに、
期日が来て、千円と「瞼の母」の芝居小屋の切符二枚をつけてお返しした。
芝居の切符は利息の様なもの、感謝の気持ちである。
田舎から出てきた素性のよく解らないボクを信用してくれたお礼であった。
「栄えゆく道」の本意は、
お金の事だけでなく、他にもいろいろ人生訓が載っている。
著者の野間清治は、帝大卒の現在の講談社の創業者であった。