渋谷向山古墳の拝所に到着。時刻は9時を少し過ぎたぐらいだ。しかし、かなり気温が上がってきている。太陽が昇り、徐々に陽ざしがきつくなってきたぞ。 渋谷向山古墳については、現在、宮内庁が第12代の天皇、景行天皇陵として管理をしている。そのため古墳の詳細はまだまだ分からない所が多い。ただ、近年、宮内庁が部分的な発掘調査を行っており、その結果、前方部は3段、後円部は4段に築造された前方後円墳であると . . . 本文を読む
小川塚西古墳、サシコマ古墳などを眺めつつ田園地帯を歩いていくと、今度は同じく水田の中に巻野内石塚古墳の姿が見える。 この古墳については、これまで見てきた小古墳とは違って、古墳時代後期の古墳ではなく、3世紀内の築造の可能性も取り沙汰されている古墳である。 後世の改変もあるが、確かに見る方向によっては、円墳ではなく前方後円墳にも見える。 また、この古墳の周囲を固めている石垣についても、葺石を転用し . . . 本文を読む
ホケノ山古墳から箸中の集落を抜けて、渋谷向山古墳に向かう道は、緑の水田の中を歩いていくことになるのだが、朝のこの時間は、まだそれほど気温が上がっておらず、また水田の上を通る風が水田に稲の波を作って渡っていくのが非常に清々しく、涼感があり、昔からお気に入りの風景である。 【北口塚古墳】 またこの道の両側には、それほど大きくない古墳が水田の中に浮かんでいる。 ホケノ山古墳のすぐ北には、北口塚古墳が . . . 本文を読む
箸墓古墳をぐるっと一周をした後、大池の傍まで近づいて箸墓古墳の全景を写してみた。 この辺りから見る箸墓古墳の姿が一番きれいだなあと思う。 古墳にもどうやら一番見せたい姿というものがあるような気がする。ただ、後円部の方がかなり高いので、頭でっかちのように見える。まあ、最初の古墳だからね。これから徐々に古墳の形も徐々にスマートになっていくのだろう。 さて、ここからは、ふたたび後円部のすぐ傍らを通 . . . 本文を読む
~飛鳥地方の古墳(まとめ)~ 飛鳥地方(橿原市・明日香村・高取町)にある古墳に関するブログをまとめてみました。 都塚古墳とマラ石 中尾山古墳と文武天皇陵 飛鳥の古墳 岩屋山古墳 鳥屋ミサンザイ古墳 ~宣化天皇陵~ 飛鳥の古墳② 見瀬丸山古墳 小山田遺跡 現地説明会 大和路をたどる旅⑥ 菖蒲池古墳 飛鳥の古墳③ 小谷古墳 飛鳥の古墳④ 沼山古墳 飛鳥の古墳⑤ 牽牛子塚古墳 飛鳥の古墳 番外編 乾城古 . . . 本文を読む
今回は、桜井市は纏向の周辺で朝墳活。朝、5時過ぎに我が家を出発し、JR万葉まほろば線の巻向駅に到着した時には、6時を過ぎていた。この駅で降りたのは私一人。 ここから、纏向遺跡の横を通って箸墓古墳に向かう。纏向版朝墳活の始まり、はじまり。 箸墓古墳をめざして、歩いていくと途中、国道169号線にあたる。国道沿いに少し歩いていくと、箸墓古墳に隣接する大池があり、この堤防を登っていくと、池の奥に箸墓古 . . . 本文を読む
平田梅山古墳の西側の丘の上に、欽明天皇の孫で、皇極・斉明天皇、孝徳天皇の母とされる吉備姫王の墓と伝えられるものがある。 この吉備姫王の墓とされる塚であるが、どうも古墳ではないという話である。幕末、平田梅山古墳を修陵した際に延喜式等の記載を参考に造り出されたのではないかと言われている。 ちなみに奈良県の遺跡地図では、石造物所在地とされており、古墳とは認識されていないようである。 この吉備姫王墓の . . . 本文を読む
宇陀市の古墳巡検の榛原篇が完了したので、まとめておきます。 宇陀地方の古墳巡検① ~丹切34号墳~ 宇陀地方の古墳巡検② ~丹切33号墳~ 宇陀地方の古墳巡検③ ~丹切15号墳~ 宇陀地方の古墳巡検④ ~丹切16号墳・他~ 宇陀地方の古墳巡検⑤ ~南山古墳~ 宇陀地方の古墳巡検⑥ ~奥の芝1号墳~ 宇陀地方の古墳巡検⑦ ~奥の芝2号墳~ 宇陀地方の古墳巡検⑧ ~向坊1号墳~ . . . 本文を読む
天理市の古墳に関するブログの記事が増えてきたので、まとめてみました。◎天理市北部の古墳をあるく 天理市北部の古墳をあるく① ~櫟本墓山古墳~ 天理市北部の古墳をあるく② ~和邇下神社古墳~ 天理市北部の古墳をあるく③ ~赤土山古墳~ 天理市北部の古墳をあるく④ ~岩屋大塚古墳~ 天理市北部の古墳をあるく⑤ ~ハミ塚古墳~ 天理市北部の古墳をあるく⓺ ~ウワナリ塚古墳~ 天理市北部の古墳をあるく . . . 本文を読む
高松塚古墳の壁画修理作業室の公開に久しぶりに当選した。見学が朝一番の組だったので、早い目に現地に行って、朝の早い、比較的涼しい時間帯にいくつかの古墳を見て回れればということで、現地に到着したのは8時半ごろであった。 見学の集合時間までは1時間ほどあるので、高松塚古墳の壁画修理作業室のある国営飛鳥歴史公園の敷地から北側にある平田梅山古墳に向かった。 公園を抜けて、少し歩くと田んぼの中に右にカナ . . . 本文を読む
前回からずいぶんと時間が空いた。特に理由はないのだが、このブログに書くべきことが多すぎて、気分的にいったん話題を外れると戻ってこれないというところなのだろう。 さて、今回は、波小僧から、この妖怪も海にかかわる妖怪のようで、いくつかの話に共通するのは、波小僧が困っている所を助けて海へ帰す、後日照り続きとなり波小僧を助けた者が困っていると恩返しという事で雨を降らせる。そして、波の響きで人々は雨が降る . . . 本文を読む
奈良県下に数ある古墳の内でも到達するのが困難と言われる難関古墳の一つ、奈良県葛城市兵家にある夫婦塚古墳に行ってみた。 まず、起点になるのは、道の駅かつらぎ、ここから夫婦塚古墳にアタックすることになる。 夫婦塚古墳に少し触れると、葛城山系の山中、標高約290mほどのところにあり、7世紀の中頃から後半に造られた横穴式石室を持つ古墳であり、墳形は円墳もしくは方墳で、径12~14mとされる古墳である。 . . . 本文を読む
今回は、近鉄の室生口大野駅のすぐ北側にある向坊1号墳を紹介。 この古墳については、駅のホームからも古墳の姿を望むことが出来る。これだけ駅前にある古墳というのも珍しい気がする。 古墳へは、室生口大野駅を出て、少し線路に沿って西へ向かい、線路の下をくぐって、反対側にすぐ右に曲がると、変電所の前を通って古墳のある広場に出ることが出来る。(はじめこの道がわからなくて、少し北に上がってから、変電所の上 . . . 本文を読む
淳和天皇御母藤原旅子陵から府道142号線に戻り、さらに国道9号線を歩いていくと、樫原廃寺跡史跡公園があり、さらに歩いていくと天皇の杜古墳が道路に面して所在している。 古墳の周りは史跡公園として整備されていた。 「史跡天皇の杜古墳」と刻まれた石標があり、そこから公園の中に降りることが出来る。 天皇の杜古墳というちょっと変わった名称は、かつてこの古墳が、平安初期の天皇、文徳天皇の御陵という伝承に基 . . . 本文を読む
桓武天皇御母高野新笠陵を訪ねた後、陵のある丘陵の前を通っている府道142号線をもう一人の桓武天皇所縁の淳和天皇御母藤原旅子陵に向かって歩いて約30分、ひたすら比較的古くからあるような住宅地の中を歩いていく。周りの風景が急に竹林となり、雰囲気が変わったなと思うと左手に三ノ宮神社と呼ばれる神社があった。その参道の横の細道が、淳和天皇の御母藤原旅子の陵につながる参道である。 三ノ宮神社については、 . . . 本文を読む