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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

復元された古墳 塚穴古墳

2012-11-03 23:21:50 | 史跡を歩く
 国道170号線(外環状線)を走って、河内長野市に入り、ラーメン店神座の裏に、石塔の建った小さな塚がある。
 何かなと近寄ってみると、横穴式石室が見えており、古墳であることがわかる。しかし、写真のように石室の内部は土で埋まっていて入ることはできなくなっている。


 開口部の横に案内板があるので、読んでみると、横穴式古墳であるのだが、大阪城の築城の際に、この古墳の石材を運び出そうと破壊したところ、疫病がはやり、(河内長野市のHPを参照→河内長野市HP)元の場所に復元したそうである。
 
 確かに、古墳の上部の石にはくさびの後があり、何かに使用されようとした痕跡は見受けられる。
 だた、こういった経過のある古墳なので、古墳時代のものがそのまま残っているのではない。しかしながら、ちゃんともとの古墳のあった場所に復元されているのだそうだ。

 近年、河内長野市が発掘調査をしており、その際古墳から永楽通宝や寛永通宝が出土しているとのことなので、実際古墳が破壊され、復元されたのはもう少し後の時代かもしれない。
 江戸時代には墓地として利用されていたようだ。

 長く地域の人たちが、伝承をもとに守り伝えてきたのだろうか。そう考えると感慨深い。

 


 伝承にあるとおり、大阪城の築城の際は、石材を得るために古墳を破壊したのは確からしい。たとえば、森浩一氏の著作「古墳の発掘」にも高安古墳群を例に出して、このことが紹介されている。
 
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