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人類哲学序説

2013-08-25 18:42:04 | 読書日記
「人類哲学序説」
 梅原猛 著 岩波新書

 梅原猛、ついに岩波新書登場である。80余歳にして新書御三家制覇である。梅原氏については、かなり昔、立命館大学に在籍されていた。退職される時、中国文学の白川静教授と地理学の谷岡武雄教授の両名が立命に踏みとどまるように説得したが、かなわず退職され、その後京都市立芸術大学や国際日本文化センターなどの学長、所長を歴任された。
 ちなみに、僕の在学中の立命館では、梅原氏について語ることは、タブー視されていたようなところがある。僕の指導教官であるO先生も、「あんなのは科学的ではない。」と非難をされていたし、日本史学のI先生も梅原氏を中心とする日本文化論の批判を積極的にされていた。それが最近は、どうやら雪解けムードなようで、立命館が今年から実施しようとしている西園寺塾の名誉塾長に就任している。何だか時代はどんどん移り変わっているのである。

 少し本題に戻ろう本書は5章からなっていて、もともとは京都造形芸術大学での講演を元にしている。
 各章を書き出すと以下のとおりである。

 第1章 なぜいま、人類哲学か
 第2章 デカルト省察
 第3章 ニーチェ及びハイデッガー哲学への省察
 第4章 ヘブライズムとヘレニズムの呪縛を超えて
 第5章 森の思想

 以前から、西洋哲学に対しての疑念を表明しておられたし、日本独自の哲学を生み出す必要性を説かれていたと思う。そうした考えのもと「梅原日本学」といった仕事がなされてきたのだろう。僕は、高校生の時「隠された十字架 法隆寺論」を読んで、その発想が非常に面白かったので、分厚い本にも関わらず一気に読了した記憶がある。とにかく、梅原日本学の集大成と言えるのが、「人類哲学」というものになってくるのだと思う。

 本書では、おもな西洋哲学者であるデカルト、ニーチェ、ハイデッガーを取り上げ、現代の科学技術文明の思想の基盤となったのが、これまでの、デカルトなどに代表される哲学であり、東日本大震災をきっかけに科学技術が万能であるという考え方は終わったのであり、これらの西洋哲学を批判し、新しい哲学として、西洋だけでなく、広く東洋も含めた人類哲学というものが必要であるとしたものある。

 西洋哲学というものは、自然というものを奴隷のごとく人類に従うものと考えている。しかし環境の破壊が人類の生存を脅かすようになっている現状の中、本当にそうなのだろうか、、これからは、自然との共生という考えが必要になるのではないだろうか。そして、自然との共生の思想として、「森の思想」を提唱し、その根本になるのは、「草木国土悉皆成仏」という天台本格思想であると述べている。

 本書は、トインビーの「21世紀になると、非西欧諸国が、自己の伝統的文明の原理によって、科学技術を再考し、新しい文明をつくるのではないか。それが、非西欧文明の今後の課題だ」という言葉に対する回答として、新しい文明の理論の萌芽としてまとめたものだとし、最終的には、90歳以降の自分の仕事として理論化していきたいと語っている。
 
 そういえば、梅原氏と対談している白川静氏も90歳、100歳になってやりたいことを語っておられた。その歳になっても、まだまだやり遂げようということを持っていることが凄いことだと思う。

 確かに、西洋諸国もこれまでの科学技術文明に絶対的な信頼を持ち得なくなっているのも事実なんだろうなと思う。また、僕のように、科学技術に対して明るいイメージをずっと植えつけられていた世代ですら、いったん立ち止まって考える必要があるんではと思っているところがある。自然を支配するするのではなく、自然とどう共生していくのかということは、間違いなくこれからの我々に課せられた課題であるのは事実だと思う。少なくとも、「地球にやさしい」などとおごったものではない共生の思想がいるのだろうと思う。

 梅原氏がこれからの仕事に注目ですね。是非とも最後までやり遂げていただきたいと思う。
 
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