トーニオ・クレーガー
トーマス・マン著 平野 卿子訳 河出文庫
トーニオ・クレーガーの新訳である。昔、岩波文庫で実吉捷郎の訳で読んだのだが、新しい訳が出て、あらためて読んでみたいなあという訳で再読。以前、高校時代に買った岩波文庫はカバーがなく、★一つ50円で150円でした。
そのころ、北杜夫の大ファンだったということもあり、ペンネームのもとになったトニオ・クレエゲルを読んだものだった。
ちょうど、高校時代の僕は、ちょっと文章で食べて生きたいと何となく思っていたので、この小説の主人公の気分にすっかりはまっていたりしていた。
ちょっと斜に構えながら、みんなの輪の中に入るのを馬鹿にしているような学生であった。いつもどこか醒めた自分がいるという感じをたえず持っていた筈なのだが、そういう自分は年を取るにつれて、どこかへ行ってしまった。
最近は、むしろ熱血系になってるから不思議だ。
そうして、この小説の主人公にように、文学とは、小説とはなどとつべこべぬかすが、この小説の登場人物、リザヴェータのように「普通の人よ」と言われ、一笑にふされてしまうんだよなあ。
自意識過剰な時代なんだよなあ、あの頃は。
以前、読んだ訳では、最後に昔の友人であるハンス・ハンゼンとインゲ・ホルムとの再会のシーンが印象に残っているのだが、今回の訳では、直接会っていない。遠目に見ているだけである。はっきり言って、その2人連れが、ハンスとインゲと確認しているわけでもない。
記憶違いなんだろうか・・・。
最後は、ハンスとインゲを見た後、人生を肯定的に捉え、リザヴェータに手紙を書いて終わる。
終わり方も全然記憶がなくって、どうもハンスとの交友とインゲへの憧れの場面ばかりが印象に残っていた。(これは多分に、北杜夫の紹介の影響を受けているからだろう。)
こういう感覚は青春期には付きものなんだろうし、若さと言うやつなんでしょう。
僕の読書遍歴(そんな立派なものか?)こういった影響をもった青春小説と言えば、庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」だなあ。
なつかしい。
本書には、もう1篇「マーリオと魔術師」という短編が収録されている。魔術師のおどろおどろしい雰囲気を醸し出した小説であった。奇術師やサーカスってどこか日常から非日常につなげるツールになっていますね。そして滑稽と悲惨というトーニオ・クレーガーにも出てくるテーマがこの小説にも表われます。最後は・・・。
この小説を読んでいて、北杜夫の小説にも似たような雰囲気の小説があったような気がします。
「為助叔父」と言う小説を思い出したのだが違うか。何本かあるような気がする。
この新訳、岩波文庫の訳よりはかなり読みやすくなっています。あっという間に読了してしまった。
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