●今日の一枚 180●
Sarah Vaughan & Count Basie Orchestra
サラ・ヴォーンが、カウント・ベイシー・オーケストラの重厚なサウンドをバックに歌いまくったゴージャスな1981年録音作品だ。スイングジャーナル誌'81年ジャズ・ディスク大賞ヴォーカル賞受賞作品でもある。 二十数年も前の学生時代、渋谷の区民図書館で借りたレコードを聴いて衝撃を受けて以来の愛聴盤だ。例によって、ずっとカセットテープで聴き続け、CDを購入したのはだいぶ後になってからだった。一般には、"Sarah Vaughan & Count Basie Orchestra" というタイトルで流布しているが、ジャケットには "Send In Clowns" と書き込まれている。これはタイトルではないのだろうか。
この作品を聴いていつも考えるのは、人間が成長し、円熟するということのすばらしさについてだ。デビュー作のクリフォード・ブラウンとの共作はたしかに才気溢れるすばらしい作品だったが、この作品はレベルが違う。ダイナミックで爆発的な声量、感動的な歌の解釈、情感溢れるヴィブラート。すごいとしかいいようがない。SARAH VAUGHAN with CLIFFORD BROWN のあの女性が、晩年にこのような地点にまで到達し、円熟の演奏を残したことについて、深い感慨を覚えるのである。年をとるということの積極的な意義を考えずにはいられない。
もう二十年以上も前のことだが、私が他県の定時制高校の教師をしていた頃、中学時代からずっと不登校の女の子がいた。ある日、彼女は私にこう話しかけてきた。「大人になるって楽しいですか」私は、答えに躊躇したが、「確かに、嫌なこともたくさんあるけど、同じぐらい楽しいこともたくさんあると思うよ。見えなかったものが見えてくることもある。」と答えた。それが原因ではなかったと思うが、その後彼女は学校に通えるようになり高校を卒業した。私は、彼女が卒業する前にその職を辞し故郷へ帰ってきたのだが、数年前にその彼女が東北旅行のついでにと仙台まで足をのばしてくれた折、「あの時、先生にいってもらった言葉で救われました」といってくれた。今となっては懐かしい思い出であるが、よく考えると、あの時の言葉は本当は私自身に言い聞かせていたのかも知れない。
"Sarah Vaughan & Count Basie Orchestra" を聴くたびに、その彼女にサラ・ヴォーンの円熟した姿を聴かせてあげたいと夢想したりする。