◎今日の一枚 483◎
Steve Kuhn Trio
Sing Me Softly Of The Blues
震災のときのことで思い出すことの一つに、徳洲会の救急車がある。震災後には医療的ケアが必要なことがたくさんあった。震災の翌日か翌々日か忘れたが、避難所となっていた階上中学校に、何十台もの救急車が列をなして現れたのである。救急車には「徳洲会」と記されていた。すごい、と思った。助かった、と思った。
徳洲会は、へき地・離島医療などに力を入れている巨大民間医療グループである。「生命だけは平等だ」「生命を安心して預けられる病院」「健康と生活を守る病院」を理念として、医師会の既得権益に抵抗した結果、各地で救急医療が受けられるようになったと評価される一方、wikipediaによれば臓器売買事件、親族への利益移転、暴力団との関係、選挙違反、政治献金などさまざまな問題が批判的に指摘されている。ただ、覚えておかなければならないのは、批評家らの安全な場所からのさまざまな批判的な言説にもかかわらず、震災のときに誰よりも早く、大規模な救援の手を差し伸べたという事実である。さまざまな批判にもかかわらず、医療という一点においては、徳洲会の活動は評価されなければならないだろう。昨今のコロナ禍においてもそうだ。いくつかの徳洲会病院で院内感染が発生したという批判がある一方で、小賢しい理屈を述べコロナ患者の受け入れに消極的な医師会と対照的に、早くから積極的に受け入れを行ってきたという事実がある。われわれの社会にはさまざまな言説が渦巻いているが、困難な状況下でその真偽は試されるのだ。
今日の一枚は、スティーブ・キューンの1997年録音作品『ブルースをそっと歌って』である。venus盤である。パーソネルは、Steve Kuhn(p)、George Mraz(b)、Pete LaRoca Sims(ds)である。ECM時代の知的で洗練された、透明感のある演奏から一転、音の強い、ゴリゴリ、ゴツゴツした感じの骨太のスティーブ・キューンである。しかし、その強力なスウィング感をもつ手触りの粗いブルージーなサウンドの中で奏でられるスピーディーで流麗なメロディーラインに、やはり知的なものを感じてしまう。