母の入居している施設は山の上にあり部屋からは太平洋が一望できた
青い海ときらきら光る波、ピーヒョロとトビが空を舞い
潮風が海から吹き寄せる
先日、夕暮れに訪ねた際に部屋から漁火が見え
岬の沖合いに灯る幾つもの光は遠い記憶を甦らせた
遠い記憶の中の光
寒い朝、かじかんだ手をこすりながら台所の土間に入ると
だるまストーブの上ではシュンシュンとやかんが湯気立ち
グツグツと鍋の煮える音がする
漁から帰ったばかりの親父は鍋の具をアテに毎日決まってたった1本の小瓶のビールを空ける
決してそれ以上は飲まない
母は甲斐甲斐しく立ち回り漁の疲れを癒した
真冬のイカ漁
日の暮れとともに漁に出かけ
明け方に帰って来る
荒れた海でも雪が降ってもほとんど休まない
人が寝静まった晩
板子一枚地獄の漁場で働く
家族の生活が親父の肩に掛かっていた
日の暮れの浜からは沖に夥しい光が見え
そのうちのどれかが親父の船の灯りだ
陸から眺める穏やかな火と違って船上は戦場だ
厳しい自然との闘い
闘いが終わって鶏の一番鶏が鳴くころ港に帰って来る
出船、入船、港が活気づく
その日の獲物が朝飯のおかずだ
親父が漁から帰って朝飯を食う時間に我が家も始動する
山仕事に出る前に祖父が地下足袋を履いて鎌を砥ぎ
家の隣で雑貨屋を営む祖母が店のカーテンを開き
商品を陳列する
バレーボールの朝練に出る姉は自転車にまたがり
おっとり刀に兄が起きだす
白黒テレビからはニュースが流れ
飼い猫のミイが炬燵から顔を覗かしている
学校は集団登校
上級生は前を歩き下級生は後ろに着く
皆、お古のセーターにツギのあたった靴下
鼻水でテカテカに照かった袖
田んぼの畔に
登校途中の子供たちの笑い声がした
今、子供たちの声は聞こえない
田舎から人が消えた
実家の寒々とした家の中に介護1の親父が一人ベッドで横たわっている
そして
ベッドの脇に何代目か分からない猫のミィがいた
http://www.youtube.com/watch?v=uxd12g6ABKM