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<地方交通に未来を(10)>「点」路で暮らしは守れない

2023-04-13 23:25:08 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 昨年7月25日、国交省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」によるローカル線問題に関する提言が公表されたことは、本連載第6回「騒がしくなってきたローカル線~鉄道40年周期説から考える」(本会報第29号掲載)でお知らせした。この提言を具体化するための法案を政府が国会に提出するのでは……との噂は昨年末くらいから聞こえてきていた。もし噂が本当なら、年明け早々に召集という通常国会のタイミングから逆算してすでに法案は完成しているはずだと考えた私は、年末に国交省鉄道局に電話取材。「検討中。それ以外は答えられない」が回答だった。

 国交省が提出したのは「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(活性化再生法)の一部改定案。(1)輸送密度1000人未満の線区について、国が特定線区再構築協議会を設置して、鉄道事業者と「地域」との間で存廃の前提を置かず協議する、(2)従来は、持続が困難となった線区の沿線自治体側からのみ設置の申出が可能だった再構築協議会を、今後は鉄道事業者からも申し出ることができる――等を内容としている。

 活性化再生法は、地方の過疎化の進行により持続が困難になった地方交通を再構築するための特別法として、2007年に制定された。持続が困難となった公共交通の関係自治体が法定協議会を設置し、鉄道事業再構築事業の実施を含む「地域公共交通活性化再生計画」を策定、国土交通大臣の認可を受ければ関係自治体に補助金が交付されることになった。

 この制度は、持続困難な状態に陥った地域公共交通が手遅れになる前に対策を講じたいと考える自治体にとって、活性化の呼び水となるまったく新しいものであった。『抜本的な国鉄事業再建策を即刻実施し、これ以上国民の負担を増やさないように措置する必要』があり、そのために『毎年の赤字の発生をストップさせ、今後は赤字補填の借入金はもとより、財政援助をも国には求めない』(国鉄再建監理委員会答申、1985年7月26日公表)ことが国鉄分割・民営化(1987年)の最大の目標とされた。この答申を「丸呑み」して以降、「巨額の赤字を生み出したローカル線には今後、一銭の財政援助もしない」という方針を金科玉条のように守り抜くことが日本政府の既定路線だった。

 国鉄分割民営化からちょうど20年後、一定条件を満たせばローカル線に税を投入することを認める法律が活性化再生法の形で成立したことは、国鉄分割・民営化以来のローカル線切り捨て政策に重大な変更を迫るものとなった。今回の改定は、設置が沿線自治体の自由意思に委ねられていた法定協議会を、国が主導する形で輸送密度1000人未満の線区に「横展開」できるようにするものといえる。

 一方で、活性化再生法は重大な弱点も抱えていた。沿線自治体間で意見がまとまらず、法定協議会の設置ができない場合には、従来の枠組みのまま、地域公共交通が衰退していくのを座して見ている以外にない。バスと異なり、地域に大きな外部経済効果(間接的経済効果)をもたらす一方、輸送力が大きいため維持費も高い鉄道の再構築事業を行う場合であっても、予算措置されるのは輸送の「高度化」に関する部分のみ。最も肝心な鉄道の日常の維持管理費や運行費は財源化されなかった。このため、活性化再生法をもってしても、多額の運行経費がかかる鉄道の維持には消極的にならざるを得ない地域がほとんどであり、多くのローカル鉄道が消えていった。

 今回の改定案にも、運行経費の財源化は盛り込まれず、活性化再生法最大の弱点は解消されなかった。この状態のまま、国が主導し、鉄道事業者側からも協議会設置を求めることができるようになれば、各地域、とりわけ地方自治体の熱意や行政能力によって協議の行方は大きく左右されることになるだろう。熱意や行政能力の低い自治体しか持ち得ない地域では鉄道を存続させるのは難しくなるであろうし、財政力の小さい地方の市町村が、地場では有力企業である鉄道事業者に対抗するのは事実上難しいのではないだろうか。

 輸送密度1000人未満の区間について、協議会が認めた場合には別の運賃体系を設ける「認定運賃制度」も新たに盛り込まれる。認定運賃がどのように設定されるかは2通りの未来予測が成り立つ。ひとつは、初乗り運賃を2km以下の区間について100円に値下げした若桜鉄道のように大幅値下げとするケース。もうひとつは、地方交通線の運賃を幹線の1割増しとした旧国鉄~JRのように値上げとするケースである。その後の展開を見ると、若桜鉄道は大幅に乗客を増やす一方、旧国鉄~JRの地方交通線はさらに乗客の逸走を招き、それが今回の「提言」と活性化再生法改定を招いた。運賃引き上げは鉄道に代替手段がない大都市部では有効でも、地域鉄道では命取りになる。認定運賃制度により輸送密度が極端に低い区間のみ別の運賃体系が可能となると、極端な場合、遠くの駅に行くよりも、近くの駅に行くほうが運賃が高くなるような未来も排除できない。同じ会社の同距離であれば同運賃となるように設定されている現在の運賃秩序の崩壊は避けられないだろう。

 それでも、レールが残るならまだいい。最悪なのは、輸送密度が低い区間が廃線となり次々線路が断ち切られることだ。鉄道は、悪路でもハンドルを切り、ゴムタイヤで何とか乗り切れる自動車とは違う。たとえ1mでも線路が途切れていれば列車は先に進めずネットワークは途絶してしまう。報道によれば、「提言」が協議会入りを前提とする区間は全国で100カ所近くあるという。この100カ所で線路がすべて途絶した場合、日本の鉄道は全国どこに行っても行き止まりばかりになってしまう。

 鉄道はレールが線のようにつながっているからこそ「線」路と呼ぶ。全国100カ所もの区間で途切れて行き止まりになってしまえば、それはもはや「線」路と呼ぶに値しないだろう。「点」路とでも呼ぶ方が実態に合っているが、全国規模で運行されている貨物列車の中には、2泊3日かけて札幌から福岡まで走るものもある。この列車は今後、「点」路のどこを走ればいいのだろうか。

 ただでさえ日本経済は失われた30年で地盤沈下し、今やOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも労働者の賃金は下から数えた方が早いような状況になりつつあるのに、この上線路が「点」路になってしまえば生活物資の輸送すらままならなくなる。アジア諸国の経済成長は近年著しく、国民1人当たりGDPで日本は今年中にドイツに抜かれ、いずれインドやインドネシアにも抜かれるとする予測もある。「公共サービスである鉄道を民間企業の商売にし、儲からない区間を次々と廃止することで、物流をみずから崩壊させ、経済力を著しく衰退させた日本は、OECDから脱退させられることになりました」――アジア諸国の子どもたちの教科書に、いずれ、そんなふうに書かれる日が来るだろう。これが私たちの望む未来なのか。私たちは今、重大な歴史的岐路にさしかかっている。

(2023年4月10日)

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安全問題研究会が国土交通省へ要請行動を実施(その1;JRローカル線問題/鉄道局)

2023-02-24 22:50:34 | 鉄道・公共交通/交通政策
安全問題研究会は、2月24日、国土交通行政の重要課題をめぐって、国土交通省に要請行動を行った。とはいえ、要請行動のアポ取りを拒否されてしまったので、以下、要請内容のみ掲載する。コロナ禍も収まりつつあるというのに、市民の意見すら聞く場を設けないとは、改めて鉄道局の「三流」ぶりがわかるというものだ。

なお、印刷に適したPDF版を安全問題研究会ホームページに掲載している。

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                       2023年2月24日

国土交通大臣 斉藤 鉄夫 様

           平和と民主主義をめざす全国交歓会(ZENKO)
           安全問題研究会

  JRローカル線問題に関する請願書

 当会は、各公共交通機関の安全確保や維持・発展のための活動を行う団体です。これまで、国内各地の公共交通をめぐる安全問題、事故原因調査、ローカル線廃止問題などに関する活動を行ってきました。その結果を受け、本日、下記のとおり請願を行うこととしました。

 貴職におかれましては、本請願の趣旨をご理解の上、文書により回答を行われるよう要望いたします。



《請願内容》

1.国鉄分割民営化以降、最大の危機的状況にあるJRローカル線については、旧国鉄の全国鉄道ネットワークを引き継いだJRグループの公益性を踏まえ、国としてほとんど関与してこなかったこれまでの政策を根本的に転換するとともに、これを全面的に維持し発展させるための政策の方向性を示すこと。

2.昨年7月に公表されたモビリティ検討会の提言が示したような「地域」に対する費用負担の押しつけではなく、国が地方鉄道を全面的にバックアップする体制を整えること。特に、鉄道線路の保有・維持管理、災害復旧については費用を国の全面負担とすること。

3.政府として、JR旅客6社間に巨大な格差を生んだ国鉄分割民営化の誤りを全面的に認め、鉄道をはじめとする公共交通の役割を社会的共通資本として位置づけること。

【説明】
 昨年7月に公表された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」による「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」は、もともと利用の長期低落傾向が続いていたところにコロナ禍が加わり、危機的状況に陥っているJRローカル線のうち、輸送密度が1000人未満のものについて地元地域とJRとの協議会を設け、その存廃について3年以内に結論を出すよう求めるものとなっています。この協議会とその決定に法的強制力を与えるための地域公共交通活性化再生法の「改正」案が今国会に提出されることを、国土交通大臣みずから記者会見で明らかにしています(1/23大臣会見)。

 しかし、ローカル線の利用が長期的に低落した原因は、極端な東京一極集中政策を進めてきた政府にあります。国鉄分割民営化によって、全国で83線ものローカル線が旧国鉄~JRグループの経営から「地方」に移管され、または輸送力の小さいバス転換とされたことも地方衰退の原因として見逃すことができません。

 国鉄改革関連8法案の1つとして制定された鉄道事業法では、鉄道事業の開設に当たって事業収支見積書の提出を求め、採算が取れる見通しがなければ事業認可を行わないことを定めています。道路や医療・福祉・教育などと同様の公共サービスであり、社会的共通資本である鉄道をここまで極端な形で市場原理に委ねたまま、政府が何らの関与もせず放置している国は世界でも日本だけです。鉄道を社会的共通資本として位置づけ、政府が全面的に関与する政策への転換を求めます。

 国鉄改革関連8法案が可決・成立した際の附帯決議(1986年11月28日、第107国会 参議院日本国有鉄道改革に関する特別委員会)では「各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の輸送の安全の確保及び災害の防止のための施設の整備・維持、水害・雪害等による災害復旧に必要な資金の確保について特別の配慮を行うこと」「各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社は、地方公共団体に対し、地方財政再建促進特別措置法第二十四条第二項の趣旨を超えるような負担を求めないこと」を政府に対し求めました。政府はこの附帯決議の趣旨を尊重し努力する旨、答弁しています。

 現在、JR各社が、財政力の弱い沿線自治体にローカル線維持や災害復旧のための巨額の負担を求め、応じない場合に廃線を迫っていることは、これら決議に明確に反しています。政府は、JRによる沿線自治体へのこうした姿勢を直ちに改めさせなければなりません。

 現在、少子高齢化の中で、トラック運転手の高齢化が進んでいます。2019年の労働基準法改正による「年間残業時間960時間制限」の適用が、トラック業界には5年間猶予されていますが、この猶予期間が終わる2024年にはトラック輸送がさらに危機的状況に陥ることが懸念されています。こうした情勢の中で、定時性に優れ、大量輸送に適した鉄道貨物輸送の価値を正当に評価しないまま、目先の旅客輸送密度だけを基準に鉄道を次々と廃止することは、市民生活の安定と日本経済の発展の可能性をも閉ざしてしまいます。

 JR6社のうち4社までが、現在、国との間に一切の資本関係を持たない完全民営化企業となっています。利益の出ない鉄道線路の維持を、これ以上民間企業に委ね続ける政策は限界に達しています。道路・港湾・空港と同様、鉄道を社会的共通資本に位置づけ、国が全面的に関与して、維持する政策への転換が必要です。さしあたり、緊急的課題として、全国の鉄道線路を国または公的法人(鉄道・運輸機構など)が保有し、日常の管理や災害復旧を行うための制度の確立を求めます。

 現在のローカル線の危機は、国鉄分割民営化、とりわけ旅客事業を地域6社に分割したことに端を発しています。北海道から九州まで、各路線・線区にはそれに応じた役割があります。前述した貨物輸送のほか、観光輸送、環境対策など、鉄道以外の交通モードでは代替不可能なものです。麻生副総理兼財務相や、森昌文首相補佐官(元国土交通事務次官)などからも、国鉄改革の誤りを認める見解が示されるようになっています。政府として、その誤りを公式に認めるよう求めます。

(以  上)

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<地方交通に未来を(9)>日本共産党のローカル線再建案

2023-02-16 23:33:05 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2022年2月、国土交通省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」が同年7月に出した「提言」で、輸送密度(1日1kmあたり輸送人員)が1000人未満の線区について、存廃協議のための法定協議会を設置し、3年以内に結論を出すよう求めている。この提言に基づいて、法定協議会設置を盛り込むための地域公共交通活性化再生法改定案が、この通常国会に上程されるとの報道が年末頃から数度にわたって「赤旗」紙上で行われた。事実なら重大事態と思った筆者は2022年末、国交省に電話取材を行った。国交省は「調整中としか答えられない」(鉄道局鉄道事業課地域鉄道支援室)として否定しなかった(その後、2023年2月10日付けで閣議決定)。

 一方、日本共産党は2022年12月、田村智子政策委員長が「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために~日本共産党の提言」を公表。2022年12月13日付け「赤旗」紙面にも掲載された。政府・JRの姿勢は、財政力の弱い地方自治体に「廃線か財政破綻かの悪魔の二者択一を迫るもの」だとして政府・JRを批判。地方再生、気候危機への対処のため環境に優しい鉄道を全面維持すべき、としている。その上で、(1)北海道、四国、九州は、もともと分割に経営上の無理があり、国が路線維持のために必要な財政支援を行う (2)巨額の内部留保をもち、黒字回復が見込まれるJR本州3社の鉄道路線を維持する (3)鉄路廃止を届け出制から許可制に戻す、と共産党の基本姿勢を説明。対案として、(1)JRを完全民営から"国有民営"に改革する――国が線路・駅などの鉄道インフラを保有・管理し、運行はJRが行う上下分離方式に (2)全国鉄道網を維持する財政的な基盤を確保する――公共交通基金を設立し、地方路線・バスなどの地方交通への支援を行う (3)鉄道の災害復旧制度をつくり、速やかに復旧できるようにする――を打ち出している。

 基本姿勢(1)~(3)については、いずれも筆者が国鉄分割民営化当時から40年近く主張してきたことと同じであり、評価できる。ただし(3)については、許可制当時も鉄道会社による路線廃止を運輸省が覆した例はほとんどない。許可制が歯止めになるとは考えにくく、廃線の前段階で住民投票を必須とするなど、より強い歯止め措置が必要だ。

 対案のうち(2)(公共交通基金の設立)と(3)(災害復旧制度)については、国鉄改革法成立当時の国会の附帯決議で、政府が約束したにも関わらず実行されていない項目であり、指摘はむしろ遅すぎるくらいだが、国会に議席を持つ公党から提案されたことに重要な意味がある。附帯決議を踏まえ、政府に40年前の約束の実行を迫っていかなければならない。

 また、対案の(1)(上下分離の導入)では、全国の鉄道線路を国が一元的に所有、管理する上下分離導入を提唱している。国による上下分離案は、1982年に小坂徳三郎運輸相の国鉄改革“私案”として作成された。国鉄を、列車運行を行う日本鉄道運行会社(上)と、線路や施設を保有・管理する日本鉄道保有公団(下)に分割するとの内容で、鈴木善幸首相も当初はこの案を支持したが、“自民党運輸族のドン”三塚博氏などの分割民営派に覆されたとされる。また、鉄道を一時完全民営化した英国でも、2000年の脱線事故後、線路保有が政府出資のレールトラック社に移されている。共産党の提案は英国型上下分離の「輸入版」とも呼ぶべきものだ。上下分離導入は、鉄道会社の経営基盤の安定化に寄与する。

 この提言には一方で問題点もある。最大の点は現行JR6社をそのまま維持するとしたことだ。コロナ前の各社の経営状態を見ると、JR本州3社で最も経営基盤が弱い西日本の黒字額(約1242億円)だけで、北海道、四国、九州、貨物4社の赤字額合計(741億円)を上回っており、3島会社と貨物の救済にはJR西日本だけでも足りる。JR6社の経営格差がこれほど拡大しているにもかかわらず、この部分に手をつけないのではせっかくの再建案も道半ばで終わりかねない。

 共産党が、JR6社を現行のまま維持するという不完全な再建案を出してきた背景について、筆者は年末年始を使って詳細な分析を試みた。その結果判明したのは、この再建案を実行する上で、現行の鉄道・JR関係の諸法令に抵触する部分がまったくないことである。つまり、1本の法律も改正せず、直ちに実行可能ということだ。

 立憲が維新との共闘を進めるなど、共産党が孤立を深めるなかで、国会での法改正が当面、不可能とみて「法改正できなくても政策を総動員することによって実現可能な最大限」を提案し、政府に実行を迫るつもりではないかというのが現時点での筆者の評価である。

 JR6社は国鉄改革法に根拠をおいて設立されており、その統合・経営形態の見直しには国鉄改革法の改正が必要である。そこに踏み込めない不完全さは共産党も理解しており、公共交通基金を通じてJR6社の収益を調整、格差是正につなげていくのが現状では精いっぱいだと考えているのだろう。

 公共交通基金の設立は単年度会計を採る国では難しいが、例えば、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)に「災害復旧・路線維持勘定」を設け、国が資金交付するなどの手法で実施できる。

 上下分離は、国または鉄道・運輸機構がJRから線路を買収すればよいが、より簡便な方法として、線路はJR保有のまま、JR各社が負担している保線費用を国や自治体が肩代わりすることで、上下分離と同様の効果をもたらすことができる「みなし上下分離」と呼ばれる手法もある(上毛電鉄(群馬県)が日本で最初に導入したことから「群馬方式」と呼ばれることもある)。津軽海峡線・瀬戸大橋線に関しても、保線作業はJR北海道・四国両社に任せたまま、鉄道・運輸機構が費用を負担するという形で2021年から導入された。ただし、このときは国鉄清算事業団債務等処理法の改正も行われている。

 「みなし上下分離」の利点としては、保線を今まで通り鉄道会社が行うため、上下分離の場合に比べ、列車運行部門とも連携を取りやすく安全上の心配が少ないことだ。欠点としては、上下分離が国や自治体の財政支援によって擬似的に実現しているだけのため、制度として不安定であり、財政支援がなくなれば直ちに上下一体の従来型経営に戻ってしまうことである。その場合、再び鉄道会社が経営危機に陥ることが予想される。

 安全問題研究会が提案しているJR全面再国有化(日本鉄道公団の設立)案については、夢物語との声をよく聞くが、筆者はそうは思わない。何よりも日本の鉄道は40年前まで実際に公共企業体(国鉄)により運営されていたのだ。国鉄失敗の要因を分析し、同じことが起きないようリニューアルした上で、公共企業体制度復活が提案されるのは自然なことだと思っている。共産党案と比較検討の上、切磋琢磨し改革実現をめざしたい。〔文中の肩書きや組織名はいずれも当時〕

(2023年2月12日)

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JR根室線富良野-新得間を存続させる署名にご協力ください!

2023-02-11 18:23:55 | 鉄道・公共交通/交通政策
安全問題研究会では、現在、根室本線の災害復旧と存続を求める活動を行っていますが、このたび、オンライン署名「JR根室線富良野-新得間を存続させ、北海道観光の未来のために、「ぐるっと道東・道北周遊鉄道観光」の創出を求めます!」が始まりました。

コロナ禍の影響も次第に小さくなり、観光など徐々に復活の機運が出てきています。復旧後の北海道観光に、この区間はぜひとも必要です。ひとりでも多くの方の署名をお願いします。


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【転載記事/訃報】宮里邦雄弁護士/労働者のための弁護ひとすじ

2023-02-10 21:03:24 | 鉄道・公共交通/交通政策
国労弁護団の中心として、JR不採用問題に関わり、裁判闘争・政治解決の両面からご尽力いただいた宮里邦雄弁護士が、2月5日に死去した。労働運動業界で彼の名を知らない人はモグリと言ってもいいほどで、日本の労働運動に残した数々の功績は、永遠に輝き続けるだろう。

私自身は直接面識はなく、故人に関するエピソードなどは書けないので、レイバーネットに掲載された記事を転載することで、宮里さんを偲ぶことにしたい。

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(以下、レイバーネット日本より転載)
訃報:宮里邦雄弁護士/労働者のための弁護ひとすじ

 当事務所の代表であり日本労働弁護団の会長を長く務めた宮里邦雄(みやざと・くにお)弁護士が、去る2月5日、逝去しました。一昨年8月から病を得て闘病中でした。享年83歳でした。

 葬儀・告別式は家族・親族のみで行うというご連絡をご遺族からいただいておりますので、ご遺族へのご連絡などはお控えください。後日、当事務所と日本労働弁護団が主催して偲ぶ会を開催する予定です。日時場所等が決定しましたら、当事務所のホームページ等にてご案内いたします。

東京共同法律事務所
代表 弁護士 山口 広

東京都新宿区新宿1-15-9 さわだビル5階
電話03-3341-3133

本件に関するご連絡・お問い合わせは当事務所あてにお願いいたします。
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宮里邦雄(みやざと くにお)Kunio MIYAZATO

紹介

 宮里邦雄弁護士は、1939年7月1日に大阪に生まれ、沖縄・宮古島で育ちました。米軍占領下の琉球政府立宮古高校を卒業し、琉球政府の国費留学生として東京大学に進学して司法試験に合格し、1965年に弁護士に登録して以来、労働事件ひとすじに、労働者のための弁護活動に取り組んできました。

 一昨年の8月に病を得て、昨年1月から闘病生活に入られましたが、その直前まで、解雇、雇い止め、労働条件の不利益変更、パワハラ、労災、不当労働行為など多くの労働事件を、熱心に担当していました。また、多くの労働組合の法律顧問として、集団的労使関係上の諸問題や組合員の生活問題について相談を受けてきました。総評弁護団・日本労働弁護団の活動にも積極的に取り組み、2012年まで10年にわたり、日本労働弁護団会長を務めました。

 担当した労働事件は数え切れず、労働者の権利闘争の歴史を刻んだ重要事件も多数に及びます。その一端は、近著「労働弁護士「宮里邦雄」55年の軌跡 」(2021年 論創社)にまとめられています。官公労働者の労働基本権や政治活動の自由が争われた事件や採用内定取消が争われた三菱樹脂事件、1970年代には沖電気整理解雇事件、1980年代には東芝府中人権裁判なども担当しました。1987年の国鉄の分割民営化をめぐる問題に国労弁護団の中心となって取り組み、全国で取り組まれた労働委員会での闘いとこれに続く裁判闘争を長期にわたって持続し、解決に至ったことは特筆に値する功績であったと思います。

 また、ビルメンテナンス労働者の夜間拘束時間の労働時間性が争われた大星ビル管理事件、オペラ合唱団員の労働者性が争われた新国立劇場運営財団事件、定年後再雇用者の労働条件が争われた長澤運輸事件など、新しい労働運動の課題に常に挑戦を続けました。

 他方で、沖縄出身者として、沖縄の米軍基地に関する問題にも関心を寄せ、とりわけ、国が沖縄県を訴えた代理署名拒否事件において、沖縄県を代理しました。

 また、2005年から2007年までの3年間、 東京大学法科大学院客員教授としてロースクール生の労働法と法曹倫理の教育に取り組み、近時は労働者の権利についての基礎的な法知識や権利意識の弱さを痛感し、労働者としての「権利教育」に力を注ぎ、全国の講演会・セミナーに力を入れていました。

主な経歴

1939年 大阪市生れ、沖縄宮古島育ち
1958年 琉球政府立宮古高校卒業(現沖縄県立宮古高校)
1963年 東京大学法学部卒業
1965年 弁護士登録。東京弁護士会所属。
1987年~1989年 中央大学法学部非常勤講師
1997年~2005年 日本労働法学会理事
2001年~2003年 早稲田大学法学部大学院非常勤講師
2005年~2007年 東京大学法科大学院客員教授(労働法、法曹倫理)
2002年~2012年 日本労働弁護団会長

主な著書

・「労働委員会-審査・命令をめぐる諸問題」(労働教育センター)
・「労働法実務解説12 不当労働行為と救済-労使関係のルール」(旬報社)
・「労働組合のための労働法」(労働教育センター)
・「ロースクール演習労働法」(共著)
・「労働法実務解説6 女性労働・パート労働・派遣労働」(共著、旬報社)
・「改訂版 労使の視点で読む最高裁重要労働判例」(共著、経営書院)
・「就活前に読む 会社の現実とワークルール」(共著、旬報社)
・「実務に効く労働判例精選(第2版)」(編著、有斐閣)
・「はたらく人のための労働法(上)、(下)」(労働大学出版センター)
・「憲法の危機をこえて」(共著、明石書店)
・「改訂版 労使の視点で読む最高裁重要労働判例」(共著 2013年 経営書院)
・「挑戦を受ける労働基本権保障――一審判決(大阪・京都)にみる産業別労働運動の無知・無理解 (検証・関西生コン事件1)」(共著 2021年 旬報社)
・「労働弁護士「宮里邦雄」55年の軌跡 」(2021年 論創社)

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日本共産党がローカル線維持のための政策提言「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために」を発表

2022-12-14 22:07:58 | 鉄道・公共交通/交通政策
日本共産党は、12月13日、ローカル線維持のための政策提言「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために」を発表しました。この提言に、同日の「しんぶん赤旗」5面の全面が割かれています。

共産党は、JR北海道の「維持困難線区」公表を受け、2017年4月にも「鉄道路線廃止に歯止めをかけ、住民の足と地方再生の基盤を守るために――国が全国の鉄道網を維持し、未来に引き継ぐために責任を果たす」を発表していますが、この中では「中長期的課題」としていた公共交通基金(公共交通を維持するための安定財源)構想が、今回の提言ではより具体的になっています。

現在のJR6社体制を基本的にそのままとしている点など、この政策提言には不十分な点があり、また、安全問題研究会が公表したJR再国有化法案(日本鉄道公団法案)とはまだ距離があります。

それでも、国会に議席を持つ国政政党から「線路全面国有化」による上下分離の導入を柱とした政策提言が行われたことには大きな意味があります。現状の完全民営路線から比べると大きな前進となるものであり、安全問題研究会は、この提案に支持を表明するとともに、当研究会の「日本鉄道公団法案」を対置し切磋琢磨しながら、お互いの政策提案が多くの国民の支持を得て実現するよう、協力したいと考えます。

なお、以下、「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために」の全文をご紹介しますが、図表などは省略しています。全体をご覧になりたい方は、日本共産党のホームページに掲載されています。また、印刷に適したPDF版も用意されているようです。

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全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために
2022年12月13日 日本共産党の提言

 今年は鉄道150年です。新橋―横浜から始まった日本の鉄道は、国民生活の向上、経済、産業そして文化の発展に大きく寄与してきました。ところが、この記念すべき年に、鉄道路線の大規模な廃止など、全国鉄道網をズタズタにしてしまうような動きが起きています。

 国土交通省の「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」は、地方路線の廃止や地元負担増にむけたJRと関係自治体との「協議会」を国が主導して設置し、3年で「結論」を得るなどとする「提言」を7月に出しました。国交省は、これに基づく法案を通常国会に提出する準備をしています。

 「JR各社は、都市部や新幹線、関連事業の収益によって不採算部門を含めた鉄道ネットワークを維持する」という国鉄の分割・民営化時の原則が維持できなくなったことを理由にしています。分割・民営から35年が経過し、その基本方針である「民間まかせ」では全国鉄道網は維持できないことを認めたのです。それにもかかわらず分割・民営の総括もせず、鉄路廃止をどんどんすすめ、全国鉄道網をズタズタにしてしまう、地方経済、地域社会のいっそうの地盤沈下を政府主導ですすめてしまう、こんな道を進んでいいのかが問われています。「民間まかせ」を見直し、国が責任を果たす改革をすすめ、全国鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐことこそ、国の取るべき道ではないでしょうか。

1、鉄路廃止のレールを敷いてはならない
(1)政府が先頭にたって鉄路を廃止し、全国鉄道網をズタズタにすることは許されない
 【国鉄民営化時を上回る廃線となる危険】

 「提言」では、「輸送密度1000人未満、ピーク時の1時間あたり輸送人員500人未満」の線区(2019年度実績で61路線100区間)で、JRと沿線自治体の「協議」の場の設置が義務付けられます。

 国交省は「廃止ありき、存続ありきという前提を置かずに議論」などとしています。しかし、斉藤国交大臣は「かなりの部分は鉄道として残ると思う。半分以上は残すことになるのではないか」(中国新聞インタビュー)と述べています。半分程度(50区間程度)は廃線になる危険があるということです。国鉄民営化を前後して廃線になったのは45路線ですから、それに匹敵するか、それ以上の大規模な廃線になる恐れがあるのです。

 しかも、今度は、いわゆる「ローカル線」だけでなく、羽越本線の酒田―羽後本荘、山陰本線の城崎温泉―鳥取などの区間も「協議」対象になります。全国鉄道網がズタズタになり、旅客だけでなく貨物輸送・物流にも大きな打撃になりかねません。

 【「廃線か、負担増」を地方に迫り、地域の公共交通を失いかねない恐れ】

 政府・国交省が押し付ける「協議」では、「廃線にしたくなければ地元負担を増やせ」と、利用者・住民には料金値上げ、関係自治体にはJRの「赤字」を埋めるための「財政負担」を求めることになります。対象となる自治体の多くは財政力も小さく、過疎や地域経済の疲弊に苦しんでおり、"廃線か、財政破綻か"の「悪魔の選択」を迫られることになってしまいます。この間、地方では鉄路を維持するために、官民力をあわせたさまざまな努力がされてきましたが、こうした努力も無に帰しかねません。

 その一方で、「提言」が「国の支援策」としているのは、鉄路存続の場合でも、BRT(バス専用道などを使用するバス)や路線バス転換の場合でも、「新たな投資」や「追加的な投資」への支援のみで、まともな経営支援は行いません。地方からは"慢性的な人手不足などから、鉄路廃止後の代替交通を自治体や地元交通業者のみの負担で運行することは持続可能性に大きな課題があり、地域の公共交通そのものを失いかねない"という危惧も表明されています。

 整備新幹線の並行在来線の存続も地方に押しつけてきましたが、北海道新幹線の並行在来線は廃線に追い込まれようとしています。「民間まかせ」とともに、「地方まかせ」でも、全国鉄道網を維持することはできないことも明らかです。

 【コロナ危機に便乗した鉄路廃止・地元負担押しつけは政治的にも道義的にも許されない】

 「提言」は、「コロナ以前の利用者まで回復することが見通せず、事業構造の変化が必要」としていますが、JR各社の現在の赤字はコロナ危機が主たる要因です。2022年度は東日本、東海、西日本が大幅な黒字転換となるなど、収益は大きく回復する傾向にあります。「コロナ後の回復」がどの程度になるか見通せない現状で、地方に廃線や、値上げと自治体負担を求めることは、コロナ危機に便乗した地方切り捨てと言わざるを得ません。

 一方で、政府はJR東海とともに、リニア新幹線建設を「国家プロジェクト」などと推進していますが、2045年の東海道新幹線の利用者数はコロナ前より1・5~1・8倍になるという「需要見通し」は再検討もしていません。コロナ危機のもとで広がった「オンライン会議」や「テレワーク」の影響は、地方路線よりリニアや新幹線の方がはるかに大きいはずです。東京―大阪間を約1時間半短縮するために新幹線の4倍もの電力を消費するとされるエネルギー浪費型のリニア新幹線は中止し、地域公共交通への支援を強めるべきです。

(2)いま鉄路の廃止をすすめていいのか――地方再生、気候 危機への政治の姿勢が問われる
 交通権・移動する権利を保障することは国の責務であり、鉄道網はその重要な分野です。同時に、現在ある全国鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐことは、それだけにとどまらず、これから日本社会がどのような方向にすすむのか、国の基本姿勢にかかわる重要な課題です。

 第一に、鉄道は、地方再生への大切な基盤です。

 鉄道は、通勤・通学、通院、買い物をはじめ生活に必要な移動手段です。また観光や地域の産業振興にとっても大事な基盤です。「採算性」や「市場原理」をふりかざし、地方の公共サービス、公的施設を縮小・廃止してきたことが、人口減少・若い世代の流出を激化させるという悪循環をつくってきました。鉄道廃止はその典型です。地域の「地盤沈下」をもたらし、地方再生の大切な基盤を放棄してしまうことになります。

 鉄路を維持・活性化させることは、地方再生を本気で追求する政治の責任を果たすことであり、地方の疲弊・衰退を国が先導してすすめ、大都市と地方の格差を拡大させ、地方を住みにくくしてきた政治を反省する大きな一歩になります。

 第二に、全国鉄道網は、脱炭素社会をめざすために失ってはならない共有の財産です。

 単位輸送量あたりのCO2排出量は、旅客輸送で、鉄道は、乗用車の13%、航空機の17%、バスの30%、貨物輸送では、鉄道は、自家用貨物車の1・5%、営業用貨物車の8・0%、船舶の44%と、圧倒的な優位にあります。EUでは「グリーン・ニューディール」など、脱炭素社会に向けたとりくみに、鉄道の利用拡大が大きく位置づけられています。

 鉄道から自動車・トラックへの転換は、気候危機打開、脱炭素社会に向けた逆行です。全国鉄道網の維持・活性化を脱炭素社会に向けた重要な柱に位置づけ、気動車のハイブリッド化や蓄電池車など、鉄道事業の省エネ化、低排出化を進めることとあわせて、鉄道利用を拡大することが求められます。

2、全国鉄道網の維持・活性化に国が責任を果たすために――日本共産党の提案
 政府・国交省は、JRに移行した路線は維持するという、国鉄分割・民営化の制度設計が維持不能になり、国民への約束が果たせなくなったことを認めました。そうであれば、分割・民営の35年間を総括し、全国鉄道網とJRをどうするか、国はどのような責任を果たすべきか、国民的な議論と検討が不可欠です。

 全国知事会も、国交省・検討会の「提言」を受けて、「分割・民営化が地方に与えた影響、分割方法の妥当性、国鉄改革の精神等を改めて検証し......基幹的線区以外の線区も含めた全国的な鉄道ネットワークを維持・活性化するための方向性について示すこと」を国に求めています。

 ところが、政府・国交省は、分割・民営の総括も、全国鉄道網の今後についての議論さえせず、地方の赤字路線だけ切り出して、地元自治体とJRとの「協議」を義務づけることに終始しています。破たんした「民間まかせ」から、全国鉄道網を維持・活性化させるために、国が何をするのか、どのように責任を果たすのかを示すことが求められています。日本共産党は、この立場から、以下の緊急対策と中長期的な対策を提案します。そして、全国鉄道網を維持・活性化させるために、鉄道事業者や自治体関係者を含め、幅広いみなさんに国民的な討論をよびかけます。

(1)全国鉄道網を維持・活性化するための緊急の対策を
 地方路線の廃止を止めることは緊急の課題になっています。

 【北海道、四国、九州は、もともと分割に経営上の無理があり、国が路線維持のために必要な財政支援を行う】

 北海道、四国、九州の3社は、分割・民営化の時点で赤字になることがわかりきっていました(九州は不動産事業等で黒字化しているが鉄道事業は赤字)。経営安定基金を積んで、その運用益で赤字を補塡(ほてん)する仕組みにしましたが、この運用益だけでは鉄道事業を維持できなくなっています。三島会社(JR北海道、四国、九州)の鉄道事業の経営難は分割方針の破綻であり、国が路線存続に責任を持つのは当然です。

 とくに、JR北海道は大規模な廃線と大きな自治体負担を関係自治体に迫っています。国は経営安定基金の運用益を増やす「追加支援」を行いましたが、きわめて不十分です。JR北海道の全線を維持するための財政支援を行うべきです。

 また、気候危機打開のためにも、鉄道による貨物輸送を「市場まかせ」のままにすることはできません。国交省は「トラック輸送から環境負荷が小さい鉄道に転換させる」モーダルシフトを推進しており、この点からも国がJR貨物に対する必要な支援を行うべきです。

 【巨額の内部留保をもち、黒字回復が見込まれるJR本州3社の鉄道路線を維持する】

 JR東日本、東海、西日本の本州3社は、コロナ危機で赤字に転落しましたが、行動制限がない2022年度には黒字回復することが見込まれています。しかも、3社ともに巨額の内部留保を抱えています。「不採算路線を含めて維持する」とした民営化時のルール=約束を果たせなくなったという条件はありません。当面、すべての路線を維持するのは当然です。

 【鉄路廃止を届け出制から許可制に戻す】

 政府は、鉄道事業法を変え、鉄道廃止の手続きを認可制から事前届け出制に規制緩和しました。国は何の責任もとらず、住民や自治体関係者の声も無視した鉄道路線の廃止を可能にしてしまいました。28道府県知事連名の「未来につながる鉄道ネットワークを創造する緊急提言」(2022年5月)でも「鉄道事業法における鉄道廃止手続きの見直し」が要望されています。この規制緩和は撤回すべきです。

表・JR旅客各社の損益状況、JR本州3社の内部留保

(2)全国鉄道網を将来にわたって維持し活性化させるための三つの提案
 今後の鉄道のあり方については、破綻した「民間まかせ」にかわる持続可能なシステムへの転換が必要です。

1、JRを完全民営から"国有民営"に改革する――国が線路・駅などの鉄道インフラを保有・管理し、運行はJRが行う上下分離方式に
 全国鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐためには、「民間まかせ」「地方まかせ」を根本から改め、国が責任を果たすことが不可欠です。完全民営のJRの鉄道網を国有民営に改革します。国が鉄道インフラを保有・管理することで、鉄道事業を安定させ、運行は、現行のJRが引き続き行います。

 35年が経過し、株式の売却、関連事業とその資産などJR各社の経営や資産の状況は異なっていることもあり、上下分離で国の関与と責任を明確にすることが、もっとも合理的な道になっていると考えます。整備新幹線は、国の鉄道建設・運輸施設整備支援機構が建設・保有し、JRに貸し付ける形態なので実質的に上下分離がすでに導入されており、全国鉄道網の維持・活性化の方式として十分活用できます。

 国が線路や駅などのインフラを保有・管理する上下分離は、欧州の鉄道事業では当たり前の形態で、完全民営は日本だけと言っても過言ではありません。欧州では、自動車や航空機など他の交通機関との公正な競争条件としても道路や空港と同じように線路や駅というインフラは国が責任をもつという考え方も重視されています。

2、全国鉄道網を維持する財政的な基盤を確保する――公共交通基金を設立し、地方路線・バスなどの地方交通への支援を行う
 全国鉄道網を維持・活性化するためには、国が財政確保のシステムをつくることが必要です。「公共交通基金」を創設し、運行を担うJRの地方路線とともに、地方民鉄やバスを維持するも含め、地方の公共交通を支援します。

 財源は、ガソリン税をはじめ自動車関連税、航空関連税などの一部を充てるとともに、新幹線や大都市部などでの利益の一部を地方の公共交通維持に還流させ、交通の面でも生じている大都市と地方の大きな格差と不均衡を是正します。

3、鉄道の災害復旧制度をつくり、速やかに復旧できるようにする
 災害で不通になった道路や橋が復旧されないことなど考えられませんが、鉄道は災害による廃線が相次いでいます。災害で不通となった鉄道を廃線に追い込んだり、復旧に手を付けずに放置することは、被災地の復興を妨害し、災害による地域の疲弊を加速させることになります。

 国が「災害復旧基金」を創設し、被災した鉄道の復旧に速やかに着手できるようにします。地方民鉄、第三セクター鉄道を含む、すべての鉄道事業者を対象に赤字路線等の災害復旧に必要な資金を提供します。「基金」には、すべての鉄道事業者が経営規模・実態に応じて拠出するとともに、国が出資します。

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<地方交通に未来を(8)>鉄道150年、メディアは危機をどう伝えたか

2022-12-10 23:15:11 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 日本の鉄道が150年の節目を迎えるに当たり、私が注目していたものがある。メデイアがこの節目をどう伝えるかである。もともとたいした期待はかけずメディア報道を見守っていたが、結果は悪い意味で私の予想通りだった。鉄道150年という節目は、こうした問題を掘り下げるにはちょうどいい機会であるにもかかわらず、ローカル線の危機に関する言及は、少なくとも全国放送のテレビに関する限り、皆無だったと思う。

 NHKは、全国鉄道の旅シリーズをBSで連続放送したが、これは単なる鉄道カメラマンが撮影した地域ごとの車窓風景を追うだけで新味がなく、これなら民放BSで放送されている「いい旅・夢気分」などの番組のほうが、旅に出たいと思わせる演出がされているだけマシだと思う。

 NHKで多少なりとも面白いと思えたのは、10月15日に放送された「鉄道博物館 お宝フィルムが語る知られざるニッポン」で、鉄道博物館に眠っている過去の鉄道記録映画から名シーンをピックアップするというものだが、ここで取り上げられた映像のほとんどはインターネット上にアップされており、私はそのほとんどを見ている。鉄道が果たしてきた歴史的役割の大きさを、鉄道に詳しくない一般の人たちに認識させる効果はある程度あったと思われるが、ここから危機にある鉄道をどのような未来につなげるかという意味の言及は、スタジオのコメンテーターからもほとんど行われなかった。

 民放各局は、レギュラーの鉄道番組を通常通り淡々と流すのみで、150年という節目の特番もなく、この話題をあえて避けていることは明らかだった。どう言及したらいいか誰もわからず、結局は通常番組を流す以外にないとの無難な営業判断だろう。

 『国労本部は1987年3月31日に当時の国労会館の講堂で集会を開き、その前にも日比谷野音で大集会をやりましたが、それらは一行も報道されませんでした。ジャーナリズムであれば、あした国鉄が分割・民営化される一方で、反対集会が開かれたことを報道すべきだったと思います。とにかく、反対意見は一切報道しないというマスコミの姿勢だったのです。このとき、これからの新聞、マスコミは国策に対して全然抵抗できないことを、僕は肝に銘じました』。

 国鉄「改革」から20年目に当たる2007年、「国鉄改革20年の検証 利権獲得と安全・地域破壊の20年――公共鉄道の再生に向けて――」と銘打って行われた座談会で、ルポライター鎌田慧さんがこのように発言している。座談会の記録集では、この鎌田さんの発言部分に「歴史の変わり目に機能しなくなるマスコミ」との小見出しがつけられている。私の目には、メディアはこの頃からすでにずっと機能していないように映るが、考えてみれば、歴史はある瞬間を境に突然変わるように見えたとしても、実際には、毎日少しずつ変化しているのだ。メディアが歴史の変わり目に機能しないということは、すなわち日々機能していないというのと同じことで、そこに期待をかけること自体がやはり間違っているのだというべきであろう。時代はこの座談会からさらに20年流れたが、ここで打ち出された公共交通の再生などまるで実現できていない。

 インターネットメディアでは、ローカル線問題の現状を追ったもの、ローカル線の維持に向けて論陣を張る心強いライターの記事もある一方、地域の実情も過去の経緯も無視して、一方的にローカル線の整理を求めるものもあった。だが、赤字線整理を求める陣営は、日頃鉄道になど言及したことがなく、興味・関心があるとも思えないライターばかりで、私の目から見れば「二線級以下」の人材ばかりだ。その中でも最悪のローカル線廃止論者である小倉健一・イトモス研究所所長に至っては、自分のツイッターでしきりに統一協会擁護発言を繰り返している「トンデモ言論人」であり、恥を知れと言いたい。




 唯一の救いは、そうした論者たちが執拗にローカル線廃止を煽っても、世論の賛同をそれほど得られていないことである。これがインターネット上だけの特殊事例でないことは、NHKが今年5月に行ったローカル線に関する世論調査からも明らかだ。「国や自治体が財政支援をして維持すべき」「廃線にして、バスなどに切り替えるべき」がともに44%ずつと真っ二つに割れた。半分がバス転換容認であることに危機感を覚える一方、7~8割が廃線を容認すると思っていた私にとって、半分が維持を求めたことは嬉しい誤算だった。「鉄道が廃止されたら町が寂れる。高校生が町から出て行き、お年寄りは病院に通えなくなる」という地元住民の数値化できない「肌感覚」も、「自称専門家」が繰り出す輸送密度などのもっともらしい数字と同じ程度には世論に支持されているとわかったことは、今後に向けた希望といえる。普段は空気のように見えなくさせられている医療などの公共サービスが、新型コロナ感染拡大という最も肝心な局面で利用できなかった「失敗」を通じ、新自由主義に対する「反省」が広がっているのだとしたら結構なことである。

 政財官界からも、鉄道150年に当たって何かのメッセージが発せられたという話はついに聞かなかった。鉄道を縮小させ、社会の片隅に追いやってきた彼らが発するメッセージを持たなかったことに驚きはない。結局、支配層、エスタブリッシュメントと呼ばれる人たちの中から発せられた、鉄道150年に関するメッセージで傾聴する価値があるのは次のものくらいだろう。

 『鉄道は、人々の交流や物流を支える大切な輸送手段の一つで、輸送量当たりの二酸化炭素排出量の少ない、環境への負荷が小さい交通機関としても注目されています。鉄道の安全性や利便性を向上させ、将来の世代につなげていくことは、重要なことと考えます。鉄道に関係する皆さんのたゆみない努力が実を結び、わが国の鉄道が難しい状況を乗り越え、引き続き人々に親しまれながら、暮らしと経済を支えていくことを期待します』。

 これは、鉄道開業150年記念式典での天皇の「おことば」である。本欄で紹介する価値を持つ鉄道150年メッセージが天皇の「おことば」しかない現状は悲しむべきことである。天皇制に対しては本誌読者にもいろいろな立場があると思うが、この言葉はきわめて抽象的ながらよく練られており、鉄道が置かれている現状を的確に表している。さしあたり、私たちが取り組まなければならないのは「人々に親しまれる」鉄道を取り戻すこと、「安全性や利便性を向上させ、将来の世代につなげていくこと」であろう。

 同時に私は、鉄道150年だからこそ市民にもあえて苦言を呈したい。ローカル線もまた公共交通だという認識を持てず、日頃は乗りもしないまま、イベント時だけの「乗れる鉄道模型」程度にしか思っていない日本の市民が大半であるように私にはみえる。NHKに「廃線にして、バスなどに切り替えるべき」と答えた半数の市民には今こそ意識変革を求めたい。

(2022年12月10日)

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全国のJRが赤字区間を公表~JRの「これまで」と「これから」

2022-11-05 23:24:24 | 鉄道・公共交通/交通政策
(以下の記事は、11月3日(木・祝)、札幌学院大学で開催された日本科学者会議北海道支部主催「2022年北海道科学シンポジウム~北海道の地域振興の道は? -JR問題と原発問題から考える-」での発表に先だってまとめた「予稿」をそのまま掲載しています。このシンポジウムでは、原発問題を小田清・北海学園大学名誉教授、JR問題を当ブログ管理人が担当しました。)

 人口の多い大都市圏を抱え、これまで経営的に順調と思われてきた鉄道事業者に、コロナ禍で異変が起きている。JR北海道だけは、すでに2016年11月、「自社単独では維持困難」な10路線13線区を公表しており、まもなく6年が経過する。しかし、2022年に入って以降、JR東海を除く全JRが赤字区間を公表するに至っている。鉄道事業者がどのように表面を言い繕おうとも、赤字路線・区間の公表は廃止に向けた最初の意思表示であり、日本の鉄道史を紐解くと、その後はほとんどが廃線に至ってきた。この歴史を繰り返してはならない。

 私たちはそのために何をすべきか。現状分析と今後の方途を考える。結論を初めに述べておくと、筆者は今後、鉄道が生き残るためにはこれまでと異なる新たな役割の付与が必要であり、それは3つの「K」(環境・観光・貨物)にあると考える。本稿ではこのうち環境と貨物について述べる。

1. 環境対策、人手不足対策としての鉄道
(1)CO2排出量削減の手段としての鉄道


 日本では、全CO2 排出量の1/5 を運輸部門が占め、運輸部門のCO2 排出量の86.2 %を自動車が占める。鉄道は自動車に比べ、輸送量当たりCO2 排出量が旅客輸送で 7 分の 1 、貨物輸送ではなんと 55 分の 1である。「環境に優しい」鉄道の特性は、旅客輸送より貨物輸送の分野でこそ発揮されるといえる(「2018年度交通政策白書」より)。当研究会の独自試算でも、貨物輸送を自動車(2t車)から鉄道(500t列車)に転換した場合、列車1 本当たり輸送量は小型トラック 1 台当たりと比較して 250 倍に増えるのに、そのために必要なエンジン出力はトラック1台(100馬力)から国鉄DD51型ディーゼル機関車(2200馬力)に代えたとしても22 倍にしか増えない。

 持続可能な環境を作るには車を減らすことが必要である。貨物輸送のモーダルシフトにより CO2 排出を大幅に減らすことが可能になる。

(2)トラック運転手減少対策としての鉄道

 トラック運転手減少対策としても、モーダルシフトは避けて通れない課題である。国がこの危機を予想していたのに対策を講じなかったことを示す資料がある。「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討報告書」(2008年9月、国交省自動車交通局貨物課資料)である。これによれば、3つの予測パターンのうち、最も好況で推移した場合、基準年度(2003年)における全国の必要運転手数は823,704人から2015年には892,020人に増加するが、運転手供給数は逆に742,190人に大幅に減少。149,830人もの運転手不足が見込まれると予測している。国は、こうした事態を7年も前から見越していたのである。

 トラック運転手の有効求人倍率を見ると、コロナ前は2.7 倍(2016年12月)もあった。2.7 件の募集に1人しか応募がないことを意味する。人手不足、過重労働、事故、遅配の「物流危機」が、コロナ後に再び問題となることは確実である。

 過疎化のため全国に先駆けて危機が進む道内はさらに危機的状況である。トラック運転に必要な大型二種免許保有者は 2001~2016年の15 年間で 15 %(ほぼ年1 %ずつ)減少。免許保有者の8割を50 歳以上が占める。「3K」職場の上、低賃金では若者は就きたがらず、今後も減少は必至だ。

 運ばれる貨物の変化も背景にある。かつては産業用製品など「重厚長大、少品種、同一方向」への輸送が中心で、物流業界にとって利幅が大きかったが、最近は宅配便など「軽薄短小、多品種、多方向」への輸送がメインを占めるようになった。その結果、手間ばかりかかる割にはまったく儲からないという状況が生まれている。トラック運転手の低賃金是正が叫ばれながら実現しない背景に、こうした物流業界を取り巻く環境の変化がある。

 「モーダルシフト」(貨物輸送の道路から公共交通への転換)は筆者が若い頃からもう半世紀近くいわれているが実現していない。荷主から発地の貨物駅まで、着地の貨物駅から最終配達先までは結局、自動車が必要であり、「それなら全区間、自動車でいい」という物流業界の「自主性」に任せきりにしていた行政の怠慢が原因である。

 これまでと同じように、運転手を長期間拘束する長距離輸送の分野をトラック任せにしていては、減る一方のトラックドライバーの適正配置は今後、不可能となる。中長距離輸送は鉄道や海運を中心とする。トラック輸送は最寄りの港や貨物駅と配達先まで(または荷主から)の「ラスト・ワンマイル」だけを担う。そのような方向に物流政策を転換させる必要がある。

 JR貨物発足当時、専用トラックを直接貨車に乗せて運ぶピギーバック輸送が行われていた時期がある(トラックを鉄道貨車に乗せられるサイズに収めた結果、少しでも積載量を増やすため天井が丸みを帯びた形状になり、それが豚の背中(Piggie Back)に似ていたことからこの名がついた)。CO2 を減らし、運転手不足時代に備えるため、その価値を再確認する時期に来ている。

<写真>ピギーバック輸送(撮影:岩堀春夫さん)


 交通問題専門家・上岡直見さんは「JRに未来はあるか」(緑風出版)の中で、JR貨物が道路輸送を代替することで年間1兆4千億円の外部経済効果を生んでいると指摘する。この場合の外部経済効果とは、大気汚染・気候変動・騒音・交通事故・道路混雑の緩和を意味する。国鉄末期、国は鉄道貨物安楽死論に等しい議論の下、国鉄の貨物輸送を大幅に縮小させたが、一度手放した貨物駅跡地は再利用されているため、もう一度貨物駅を復活させたくてももはや不可能である。『国鉄分割民営化と、それにともなう鉄道貨物システム縮小は後世に悔いを残す愚策』(同書)であった。

2.新たな役割(復活する役割)―貨物輸送

 青森~函館~札幌間は、貨物列車が旅客特急列車の約2倍の本数を誇る。津軽海峡を越えて輸送される貨物は1日当たり25,500 tに上る。青函トンネルでは、新幹線が貨物列車のために減速運転するほどである。現在、新幹線のスピードアップのため青函トンネル区間で貨物輸送をやめる案が検討されているが、これだけの量をトラック(10t車)で置き換えた場合、青函区間では1日当たり車両延べ2,550 両、運転手もそれと同じ延べ2,550人が新たに必要になる。前述の通り、運転手は減る一方なのに、これだけの数の運転手も車両もどこにあるというのだろうか。

 コロナ前まで、外国人観光客に湧いていた日本では、観光バスもトラックも不足し、車両不足で宅配便が配達できない、バスに至ってはバス会社がメーカーに車両を発注しても納車に最大1年待ちの事例すらあった。「荷物があるのに誰も運んでくれないまま、北見で穫れたタマネギが腐っていく」――これが私たちの望む「未来」なのだろうか。

 道内では、食料品輸送において鉄道貨物の果たす役割は大きい。「JR北海道に対する当会のスタンスについて」(2017年5月、北海道経済連合会)によれば、道内~道外の輸送シェアのうち豆類50%、野菜類47.6%、タマネギに至っては67.6 %を鉄道が占める。2016年、北海道に4つの台風が上陸し、首都圏でタマネギなど野菜が高騰、ポテトチップスが棚から消え「ポテチショック」といわれた。

 一方で、「日本一の赤字線」といわれた美幸線の1974年度における営業係数(100円を稼ぐために必要な費用)は3,859円であるのに対し、最も儲かる路線である東京・山手線の1980年度における営業係数は48円。経費の倍以上の儲けが出る路線であった。国鉄時代は東京が北海道の鉄道を支える代わり、北海道が東京の「食」を支えていたのである。

 国鉄分割民営化で東京は地方の鉄道を支えなくなる一方、地方に対する東京からの「収奪」構造は変わらず残った。農林水産省が毎年公表している都道府県別食料自給率では、北海道は200%を超えるのに対し、東京はわずか1%である。首都圏の「食」を誰が支えているのか。地方からの収奪を当然の前提と考えている首都圏とその住民に、そろそろわからせるときが来たのではないだろうか。

 再び全国に視点を戻す。「令和2(2020)年度宅配便(トラック)取扱個数(国土交通省調べ)」によると、宅配便輸送量は、調査開始した1985年以降「右肩上がり」で推移している。乗客が減る一方でも荷物は増える一方であり、人が乗らなくても貨物がある。大量輸送、定時輸送、安定輸送に向く鉄道は貨物輸送にこそ活路がある。

 鉄道貨物を復活する上で障害もある。現行JRは、旅客列車は上下一体で、貨物は上下分離という変則的な形態である。線路を保有する旅客会社が自社優先でダイヤを編成するため、貨物列車が有利な時間帯に列車を設定できず、自動車に対して競争力を失っている現状がある。線路を持つ旅客会社が赤字線の廃線を提起しても、線路を借りる立場のJR貨物は対抗できないことが、北海道内の「5線区」や函館本線「山線」協議の過程で浮き彫りになってきている。

 線路をJR旅客会社の所有から国または自治体の所有に変更すれば、旅客・貨物が同じ条件となる。旅客列車より貨物列車を走らせる方が有利と考えられる路線、時間帯にはそのようなダイヤ編成も可能になる。ガラガラの線路も旅客列車が赤字というだけでの廃線は不可能となり、貨物列車を走らせ有効活用する方向に変わる可能性も生まれる。

 単線などの理由で列車本数を増やせない地方線区では、かつてのように1本の列車に客車と貨車を連結する「混合列車」の復活もひとつの方法だ。その際、JRの枠組みは今のままでよいか再検討も必要である。混合列車を復活するためには貨物が別会社の現行JRから、上下分離のほか、国鉄時代のように客貨一体に戻すことも必要であろう。

 2021年12月、徳島県と高知県を結ぶ阿佐海岸鉄道の一部区間(高知県側)で、世界初のDMV(鉄陸両用車両)の運行が始まった。この車両の開発は、もともとJR北海道が手がけたが、資金難で頓挫し、その後、四国で実現したものである。観光輸送に特化する形での運行だが、観光は水物でありコロナなどの有事に弱いことが明らかになった。むしろ、このような車両は貨物輸送にこそ向いている。宅配便を集荷して車両ごと道路から線路に乗る。目的地の駅で再び線路から道路に下りる。線路と道路の境界駅で、鉄道運転士とトラック運転手が車両ごと引き渡しをすれば、荷物の積み替えもなく効率的な輸送が可能になる。

<写真>阿佐海岸鉄道のDMV(当ブログ管理人撮影)


 新幹線貨物の検討も始まっている。JR発足時と異なり今は新幹線が函館~鹿児島をカバーしており、客貨一体に戻せば新幹線で貨物輸送ができる。「函館で獲れた新鮮なイカをその日の夕方に鹿児島の繁華街・天文館の料亭で食べる」などということが、可能な時代がすでに来ている。乗客が減る一方のローカル線に明るい話題は少ないが、貨物輸送には明るい未来がある。

 JR九州初代社長の石井幸孝さんは、鉄道を「平時の旅客、有事の貨物」と表現する。確かに、少子高齢化、コロナ禍、ウクライナ戦争と内憂外患の有事である。これらは国内・国際情勢の構造的要因が複雑に絡み合う形で引き起こされており、有事は当分、続くであろう。貨物のために線路を残せば、人も利用できる。これからの鉄道は「貨物が主、乗客は従」くらいの発想でよいし、それくらいの大胆な発想の転換が必要である。

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かつてない哀しみの中で迎えた鉄道150年 再生か衰亡か? 今岐路に

2022-10-25 22:46:03 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2022年11月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●「災害がなくてもすでにズタズタ」技術も散逸し……

 「汽笛一声新橋を はや我が汽車は離れたり」……鉄道唱歌にも歌われている日本初の鉄道が、新橋~横浜間に開業してから今年10月14日で150年になる。だが、日本各地に祝賀ムードは全くない。毎年、10月のこの時期になるとイベントを開催していた鉄道会社も、災害多発による業績悪化に加え、「非常識鉄道ファンの暴走」ばかりの現状に嫌気がさしたのか、ここ5年ほどはほとんどイベントも開催されなくなった。

 かくいう筆者も、国鉄分割民営化の時点で鉄道、特にローカル線の衰退は予想していたものの、このメモリアルイヤーをこれほどまでの哀しみをもって迎えなければならないとは正直、予想を超えていた。もしも今、国鉄がそのまま残っていれば、国鉄主催で様々なイベントが企画されたであろうし、「鉄道150周年記念国鉄全線10日間フリーきっぷ(1セット10万円)」発売くらいのことは行われ、全国の駅は利用客でごった返していたに違いないと想像すると、35年前に行われた「改革」とやらの罪深さが改めて浮き彫りになる。

 国鉄「改革」を今でも成功だと思っている人たちは、今の鉄道危機は会社分割のせいではないと主張するに違いない。この点について、アジア各国の鉄道を乗り歩き、レポートしている自称「アジアン鉄道ライター」高木聡さんはこう鋭く指摘する。『(国鉄改革の結果)国土の骨格たる鉄路を守ることができなかった。地域ごとに鉄路は分断され、整備新幹線開業による並行在来線化でそれはますます顕著になっている。災害が起きずとも、既に日本の鉄道はズタズタだ。一見、線路はつながっているように見えても、JR各社のみならず、最近は路線ごとに別々の信号やオペレーションのシステムを有し、国鉄型車両が減少し、各社独自設計のものが増えた結果、各線を相互に乗り入れることも難しくなりつつある』。1990年代以降、日本製鉄道車両の海外輸出が減り、ここ10年くらいは海外鉄道への車両輸出をめぐる入札でも日本企業は連戦連敗を続けている。これも『国としての技術が各社に散逸』した結果であり『少なからず国鉄解体も絡んでいる』と高木さんは断言する(注1)。

 実際、日本では1990年代から2000年代初めにかけ、国鉄再建法の成立で工事凍結となっていた建設予定線の「凍結解除」に伴うローカル新線開業が続いた時期もあった(秋田内陸縦貫鉄道、智頭急行、阿佐海岸鉄道、土佐くろしお鉄道の延伸など)が、この時期を例外としてローカル線は縮小の一途をたどった。ローカル線向け鉄道車両メーカーはどんどん撤退し、新潟鐵工のように倒産してしまった企業さえある。日本の車両メーカーは新幹線と大都市圏の電車に得意分野が偏っており、海外の鉄道会社が求める需要にマッチしていないため、思うように売り込みができないでいる。

 こうした事態は国鉄分割民営化が議論された1980年代からある程度予想されていた。研究開発・安全管理部門と鉄道の現場部門が同じ国鉄の組織内にあるからこそ、日常の鉄道運行で得た知見、事故の経験や教訓が研究開発部門や安全管理部門にも共有され、安全対策の向上や「さらなる高み」を目指した研究開発に生かされる。現場部門がJR各社、技術開発部門が鉄道総合技術研究所(JR総研)に分割されることで、こうした情報共有ができなくなるのではないかと危惧された。

 つい最近も、フリーゲージトレイン(注2)の開発に失敗した結果、博多~長崎間全面開通のめども立たないまま、西九州新幹線が武雄温泉~長崎間だけの「孤島」の形で開業せざるを得なかった。新幹線のような時速200kmを超える高速度でのフリーゲージトレインの実用化例は世界的に見ても存在せず、できないことをできると強弁して開発を強行しているのではないかと危ぶむ識者の声も当初からあった。こうした事態は現場部門と技術開発部門が連携していれば防げた可能性もあり、筆者はこの失敗も国鉄のままなら考えられなかったと思う。JR総研自体、研究発表をやめたわけではないものの、一般メディアで話題に上る姿ももう何十年も見ていない(これには、科学リテラシーを持つ記者がほとんどいないというメディア側の問題も大きい)。

 ●一気に騒がしくなったローカル線

 ローカル線に関しても『コロナ禍を機に、日本国内の鉄道はさらに「見直し」が進んでいるが、鉄道会社任せ、地方自治体任せで国の積極的な介入が見られない。それどころか、線路を剥ぐこと、細分化していくことしか考えていないように見える』と高木さんは指摘する。これは大半の市民が感じていることでもある。

 最近の鉄道や公共交通に関する議論を見ていると、公共交通が市民に頼りにされておらず、特に地方鉄道は移動手段として選択肢の1つにすらなっていないように感じられる。鉄道は「SLやイベント列車が走るときに乗りに行くもの」「外国人観光客が乗るもの」になってしまっており、地元住民の日常移動はすべて車。ひどい人になると、自宅の前にバス停があることすら知らなかったというケースも珍しくない。

 筆者は、2006年にヨーロッパ数カ国を回ったが、地域の拠点駅や公共施設の周辺には自動車乗り入れを禁止している都市も多い。公共交通をどんなに便利にしても「ドアツードア」の自動車には勝てないのだから、これからのまちづくりはヨーロッパのようにあえて「車を不便にする」方向に切り替えるべきである。

 『各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の輸送の安全の確保及び災害の防止のための施設の整備・維持、水害・雪害等による災害復旧に必要な資金の確保について特別の配慮を行うこと』――1987年11月、国鉄改革関連8法案が参院で可決・成立した際の附帯決議にこのような1項目がある。「鉄道ジャーナル」11月号に、地方の人から「鉄道は雨や風ですぐ止まり、大事な用事では使えない」と言われる、と鉄道の現状を憂える株式会社ライトレール・阿部等社長のコメントが掲載されている。こうした事態を招いたのは附帯決議を政府が放置したからだ。自民党にとって道路は票になるが鉄道はならないからだと、この間、多くの人に聞かされた。国民が切実に存続を願っている社会インフラを朽ち果てるまで放置しながら、票と金のためなら悪魔やインチキカルト宗教とも平然と手を組んで恥じない自民党。この際、国鉄のように自民党も「分割・民営化」し、従わない者は「自民党清算事業団」にでも送った方が日本のためになる。

 前述した高木聡さんの論考でも明らかなように、鉄道を知悉する人材が分割民営化によって育たなくなった。鉄道を再建しようにも、そのための人材が払底していることを筆者は最近痛感する。150年前の鉄道黎明期、多くの人材がヨーロッパ諸国に学んだように、今こそ鉄道再建に成功している海外の知見に率直に学ぶときだと考える。

 情けないのはJRの労働組合や鉄道ファンも同じである。鉄道縮小は労働組合にとっては職場が縮小すること、鉄道ファンにとっては趣味活動の対象が縮小することを意味しているのに、全く鉄道再建を求める声が上がらない。報道されるのは内輪の論理に汲々とする労働組合、非常識な「撮り鉄」の話題ばかりで嫌になる。

 鉄道150年。メモリアルイヤーを通じて見えてきたのは、鉄道衰退から再建へ向け道筋を描く困難さである。狭い列島に小さな鉄道会社ばかりがひしめき、技術・人材から列車運行に至るまで何もかもバラバラの現状。ほとんどが問題意識も持てないJR労組、趣味活動に逃げ込み非常識な行動を繰り返すだけの「マニア」、動こうとしない政治・行政、鉄道なんて自分は乗らないからどうでもいい一般市民……「複合的要因」が重なり合う鉄道衰退の困難な背景が見えたからだ。それだけに「こうすれば再建できる」という特効薬もありそうになく、苦悩だけが深まっている。

 ローカル線見直しの動きは続いている。JR西日本に続いて、7月28日にはついにJR東日本までが赤字線区を公表。翌29日、朝日・毎日・読売の全国主要3紙の1面トップをローカル線問題が飾った。これに先立つ7月25日には、国交省「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」によるローカル線問題に関する提言も公表され、ローカル線周辺が一気に騒がしくなってきた。

 全国に先駆けて、2016年11月に北海道で「自社単独では維持困難」10路線13線区が公表されてから早くも5年半。北海道の「地域問題」に押し込められ、道外ではどんなに訴えても理解してもらえなかったローカル線問題がようやく全国課題になるのだと思うと、身が引き締まる思いがする。北海道ではローカル線維持を求める闘いはすでに終局ムードだが、全国レベルで言えば、ようやくスタートラインに立つのだ。

 ●「鉄道40年周期説」

 ところで、日本の鉄道の歴史を紐解いていくと「ある法則」が見えてくる。

 今年は1872年に日本初の鉄道が開業してからちょうど150年に当たる。新橋(現・汐留)~横浜で開業したのは官設鉄道だったが、その後は民間による鉄道建設を政府が認めたことによって、現在の全国鉄道網を形作る主要幹線の多くが民間の手によって建設された。

 日露戦争で日本はなんとか勝つには勝ったが、鉄道会社の境界駅で貨物が何日も運ばれないまま放置されるという事態が頻繁に起きた。この事態を重く見た軍部が、バラバラに別れていた鉄道会社の統合を強く主張する。1906年3月27日、第22回帝国議会衆院本会議は、西園寺公望内閣提出の鉄道国有法案を強行採決で成立させた。「鉄道時報」は裁決時の衆院本会議場の様子を「怒号叫喚」と報じている。

 次の変化は敗戦後に訪れる。侵略戦争遂行に官営鉄道が果たした役割を問題視したGHQ(連合国軍総司令部)が、鉄道の意思決定を政府から切り離すよう要求した。当時、官営でなければ民間企業の形態しか知らなかった日本政府は民営化を計画するが、敗戦後の経済混乱で全国民がその日暮らしの状況の中、金のかかる鉄道の経営に乗り出す民間企業など現れるはずもない。結局、米国で採用されていた公共企業体方式の導入をGHQに提案された日本政府は、他に妙案があるわけでもなくこれを受け入れる。1949年6月1日、日本国有鉄道発足式では、当時の運輸大臣が職員に対し、諸君はこれから運輸省の役人ではなく「パブリック・コーポレーション」の社員として職務に当たるよう訓示している。

 そして、本誌の大方の読者が記憶している次の大変革は1987年4月1日の国鉄分割民営化である。1872年の鉄道開業から1906年の全面国有化まで34年、ここから1949年の公共企業体発足まで43年。公共企業体が再度分割民営化される1987年までが38年。日本の鉄道は、おおむね40年周期で経営形態を大きく変えてきたことがわかる。私はこれを「鉄道40年周期説」と名付けたいと思う。

 日本全体で見ても、明治維新のどん底(1868年)から日露戦争勝利(1905年)まで37年。太平洋戦争敗戦(1945年)でどん底に落ちた日本は1985年に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われる頂点に立つ。山から次の山まで、谷から次の谷までが80年であることから、歴史家の半藤一利さんは生前これを「日本80年周期説」と呼んだ。しかし、山と谷を40年周期で繰り返している点では鉄道と同じ40年周期であるとの評価もできる。要するに鉄道の経営形態の変革は、日本社会全体の山と谷による40年周期を数年遅れで追っているのである。

 1985年を頂点とする半藤説に従うと、日本社会が迎える次のどん底は2025年となる。原発事故、コロナ、ウクライナ戦争と苦難が続く中、日本人の人心荒廃と劣化を目の当たりにすることが増え、確かにここ数年は閉塞感、終末感がかつてなく強まっている。なぜ80年周期なのかについて、半藤さんは多くを語らないまま旅立ったが「人間は、……与えられた、過去から受け継いだ事情のもとで(歴史を)つくる」(「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」マルクス)という歴史書の記述を意識するなら、人生80年といわれる今日、ちょうどその長さに匹敵する時間を単位として歴史が次の局面に移行するのだと考えてもそれほど大きくは外れていないだろう。

 鉄道に話を戻すと、もうひとつ重要な点がある。民営鉄道から国有化へは、会社境界駅での滞貨に業を煮やした軍部主導で変化した。官設鉄道から公共企業体への変化は、国家意思と軍事輸送を分離するよう求めるGHQの意向が大きかった。国鉄分割民営化は、モータリゼーションの進行によって鉄道貨物の地位が急低下する中、財界主導で起きた。過去、40年周期で3回起きた鉄道の経営形態の変化からは、いずれも(1)旅客ではなく貨物輸送の行きづまりを直接の契機としている、(2)軍部、GHQ、財界など、その時代において鉄道当局が抗うことのできない絶対権力者からの「天の声」によって行われる一方、鉄道当局みずからは受け身で一度も主導的役割を果たしていない――という2点が見える。

 もし歴史が繰り返すなら、鉄道40年周期説における「次」の節目、すなわち2027年頃を目標として、JRグループの「次」をめざす動きがよりはっきりしてくるだろう。本稿で取り上げた一連の出来事も「次」への予兆と見て間違いない。今回も事態は旅客輸送よりも貨物輸送、鉄道当局自身よりも外的要因によって動くだろう。

 このように分析すると「次」がどのような形を取って私たちの前に現れるかが見えてくる。旅客輸送は上下一体、貨物だけが上下分離という変則的な分割形態の是正が「次」の主要テーマになる。上下一体を維持するか「下」のみにとどまるかは別として、地域6社分割の弊害を是正する方向での変化となるであろう。主導権を誰が握るかはまだ見えないが、少なくとも国交省やJRグループ自身でないことだけは確かだ。これ以上の廃線を避けたい地方、災害で鉄道が運休するたびに荷物が停滞して被害を受けている物流業界、脱炭素を求める「外圧」、ウクライナ戦争を受け鉄道による軍事輸送のオプションを残したい防衛省などの意向が複雑に絡み合い、事態は進行していくと予想する。

 ●元国労闘争団員も「路線存続をあきらめない」

 こうした中、筆者は、9月22日18時から北海道新得町で開催された「根室本線の災害復旧と存続求める意見交換会」(主催―根室本線の災害復旧と存続を求める会)に参加した。根室本線は、2016年の台風災害以来、東鹿越(ひがししかごえ)~新得で今もバス代行が続き、この区間を含む富良野~新得の廃線が提起されている。

 意見交換会は、コロナ禍による中断を挟みながら年1~2回開催されている。地元住民の廃線反対の意思を確認する重要な場だ。

 会の事務局長を務める佐野周二さんは、国鉄分割民営化の際JRに採用されなかった元国労帯広闘争団員。被解雇者が雇用・年金・解決金を求め、国鉄の法的後継法人、日本鉄道建設公団を提訴した「鉄建公団訴訟」の原告だった。佐野さんにとって根室本線の廃線提起は、自分の雇用を奪うことで発足したJR北海道が今度は地元の足を奪おうとする「第2の攻撃」だ。

 意見交換会では、平(ひら)良則代表が「JRは復旧のため何もせず、私たちが諦めるのを待っているだけ。彼らが諦めるのを待っているなら私たちは諦めない」と決意表明した。

 労組動員もなかったが、参加者は50人近くに上り、前回を上回った。貨物輸送や観光輸送に鉄路を役立てようとの意欲的「対案」も参加者から出された。

 JRが2016年11月に廃線提起した5線区のうち廃止届が出されていないのはここだけ。「住民と行政が連携しないと本当に廃線になる」(参加者)との危機感は強い。一方、他の4線区がすべて盲腸線(行き止まり路線)だったのに対し、この区間の廃線はつながっている線路を断ち切って直通できなくするもので影響は比較にならない。

 意見交換会に先立つ22日14時半から、北海道十勝総合振興局(帯広市)に根室本線存続と災害復旧を求める要請行動を行った。JR同様に何もしていない道庁の眠りを覚ますため、要請書には「JRを指導することは道の基本的責務」と書き込んだ。40分近くに及んだ要請。振興局は神妙な面持ちで「道庁本庁に上申する」と約束した。

 国鉄闘争終結から10年。元支援者(筆者)と鉄建公団訴訟原告が再び連帯する闘いの形を作った。

 意見交換会では安倍国葬反対署名が28筆集まった。根室本線は10・5億円あれば復旧できるのに、安倍国葬に16億も使う政府。地元の怒りは噴出して当然だ。

注1)「日本の鉄道」はもはや途上国レベル? 国鉄解体の功罪、鉄路・技術も分断され インフラ輸出の前途も暗い現実(Merkmal)

注2)フリーゲージトレインとは、軌間可変式電車;標準軌(新幹線や一部私鉄に採用されている1485mm軌間)と、狭軌(JR在来線に採用されている1067mm軌間)を直通できる車両のこと。

(2022年10月22日)

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<地方交通に未来を(7)>かつてない哀しみの中で迎えた鉄道150年

2022-10-13 22:30:04 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 「汽笛一声新橋を はや我が汽車は離れたり」……鉄道唱歌にも歌われている日本初の鉄道が、新橋~横浜間に開業してから今年10月14日で150年になる。だが、日本各地に祝賀ムードは全くない。毎年、10月のこの時期になるとイベントを開催していた鉄道会社も、災害多発による業績悪化に加え、「非常識鉄道ファンの暴走」ばかりの現状に嫌気がさしたのか、ここ5年ほどはほとんどイベントも開催されなくなった。

 かくいう筆者も、国鉄分割民営化の時点で鉄道、特にローカル線の衰退は予想していたものの、このメモリアルイヤーをこれほどまでの哀しみをもって迎えなければならないとは正直、予想を超えていた。もしも今、国鉄がそのまま残っていれば、国鉄主催で様々なイベントが企画されたであろうし、「鉄道150周年記念国鉄全線10日間フリーきっぷ(1セット10万円)」発売くらいのことは行われ、全国の駅は利用客でごった返していたに違いないと想像すると、35年前に行われた「改革」とやらの罪深さが改めて浮き彫りになる。

 国鉄「改革」を今でも成功だと思っている人たちは、今の鉄道危機は会社分割のせいではないと主張するに違いない。この点について、アジア各国の鉄道を乗り歩き、レポートしている自称「アジアン鉄道ライター」高木聡さんはこう鋭く指摘する。『(国鉄改革の結果)国土の骨格たる鉄路を守ることができなかった。地域ごとに鉄路は分断され、整備新幹線開業による並行在来線化でそれはますます顕著になっている。災害が起きずとも、既に日本の鉄道はズタズタだ。一見、線路はつながっているように見えても、JR各社のみならず、最近は路線ごとに別々の信号やオペレーションのシステムを有し、国鉄型車両が減少し、各社独自設計のものが増えた結果、各線を相互に乗り入れることも難しくなりつつある』。1990年代以降、日本製鉄道車両の海外輸出が減り、ここ10年くらいは海外鉄道への車両輸出をめぐる入札でも日本企業は連戦連敗を続けている。これも『国としての技術が各社に散逸』した結果であり『少なからず国鉄解体も絡んでいる』と高木さんは断言する(注)。

 実際、日本では1990年代から2000年代初めにかけ、国鉄再建法の成立で工事凍結となっていた建設予定線の「凍結解除」に伴うローカル新線開業が続いた時期もあった(秋田内陸縦貫鉄道、智頭急行、阿佐海岸鉄道、土佐くろしお鉄道の延伸など)が、この時期を例外としてローカル線は縮小の一途をたどった。ローカル線向け鉄道車両メーカーはどんどん撤退し、路面電車メーカー・新潟鐵工のように倒産してしまった企業さえある。日本の車両メーカーは新幹線と大都市圏の電車に得意分野が偏っており、海外の鉄道会社が求める需要にマッチしていないため、思うように売り込みができないでいる。

 ローカル線に関しても『コロナ禍を機に、日本国内の鉄道はさらに「見直し」が進んでいるが、鉄道会社任せ、地方自治体任せで国の積極的な介入が見られない。それどころか、線路を剥ぐこと、細分化していくことしか考えていないように見える』と高木さんは指摘する。これは大半の市民が感じていることでもある。

 最近の鉄道や公共交通に関する議論を見ていると、公共交通が市民に頼りにされておらず、特に地方鉄道は移動手段として選択肢の1つにすらなっていないように感じられる。鉄道は「SLやイベント列車が走るときに乗りに行くもの」「外国人観光客が乗るもの」になってしまっており、地元住民の日常移動はすべて車。ひどい人になると、自宅の前にバス停があることすら知らなかったというケースも珍しくない。

 筆者は、2006年にヨーロッパ数カ国を回ったが、地域の拠点駅や公共施設の周辺には自動車乗り入れを禁止している都市も多い。公共交通をどんなに便利にしても「ドアツードア」の自動車には勝てないのだから、これからのまちづくりはヨーロッパのようにあえて「車を不便にする」方向に切り替えるべきである。

 『各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の輸送の安全の確保及び災害の防止のための施設の整備・維持、水害・雪害等による災害復旧に必要な資金の確保について特別の配慮を行うこと』――1987年11月、国鉄改革関連8法案が参院で可決・成立した際の附帯決議にこのような1項目がある。「鉄道ジャーナル」11月号に、地方の人から「鉄道は雨や風ですぐ止まり、大事な用事では使えない」と言われる、と鉄道の現状を憂える株式会社ライトレール・阿部等社長のコメントが掲載されている。こうした事態を招いたのは附帯決議を政府が放置したからだ。自民党にとって道路は票になるが鉄道はならないからだと、この間、多くの人に聞かされた。国民が切実に存続を願っている社会インフラを朽ち果てるまで放置しながら、票と金のためなら悪魔やインチキカルト宗教とも平然と手を組んで恥じない自民党。この際、国鉄のように自民党も「分割・民営化」し、従わない者は「自民党清算事業団」にでも送った方が日本のためになる。

 前述した高木聡さんの論考でも明らかなように、鉄道を知悉する人材が分割民営化によって育たなくなった。鉄道再建の人材が払底していることを筆者は最近痛感する。150年前の鉄道黎明期、多くの人材が英国やプロイセン(ドイツ)に学んだように、今こそ鉄道再建に成功している海外の知見に率直に学ぶときだと考える。

 情けないのはJRの労働組合や鉄道ファンも同じである。鉄道縮小は労働組合にとっては職場が縮小すること、鉄道ファンにとっては趣味活動の対象が縮小することを意味しているのに、全く鉄道再建を求める声が上がらない。報道されるのは内輪の論理に汲々とする労働組合、非常識な「撮り鉄」の話題ばかりで嫌になる。

 鉄道150年。メモリアルイヤーを通じて見えてきたのは、鉄道衰退から再建へ向け道筋を描く困難さである。狭い列島に小さな鉄道会社ばかりがひしめき、技術・人材から列車運行に至るまで何もかもバラバラの現状。ほとんどが問題意識も持てないJR労組、趣味活動に逃げ込み非常識な行動を繰り返すだけの「マニア」、動こうとしない政治・行政、鉄道なんて自分は乗らないからどうでもいい一般市民……「複合的要因」が重なり合う鉄道衰退の困難な背景が見えたからだ。それだけに「こうすれば再建できる」という特効薬もありそうになく、苦悩だけが深まっている。

注)「日本の鉄道」はもはや途上国レベル? 国鉄解体の功罪、鉄路・技術も分断され インフラ輸出の前途も暗い現実(Merkmal)

 (2022年10月10日)

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