ニアミス管制官は有罪確定へ 空の安全、重い職責(産経新聞)
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空の安全を担う管制官の責務に、警鐘を鳴らす最高裁決定が出た。平成13年の日航機ニアミス事件で最高裁が、管制官の刑事責任を認めた。26日には北海道・旭川空港上空で、全日空系機が管制官の誤誘導により地表に異常接近するトラブルが発生したばかり。一つ間違えば大惨事になりかねない管制ミスだが、一向に無くならない。増加する飛行便数に、管制官の増強が追いついていないことなどが背景にありそうだ。(原川真太郎)
乗客ら計100人が負傷した13年の日航機ニアミスの発生後、国土交通省は再発防止のため、管制官と航空機衝突防止装置(TCAS)の指示が相反した場合、TCASを優先させることを徹底。通信制御システムを新調するなど、管制のハード面での安全対策もあわせて進めてきた。
だが、ソフト面での強化は必ずしも十分とはいえない現実がある。国交省航空局によると、国内の管制の延べ取り扱い年間件数は、11年の約396万機から21年は約491万機と、約24%増加している。しかし、管制官の数は1763人から1996人と、約13%増にとどまっている。
26日に旭川空港上空で発生したトラブルの場合、この空域の管制を担当する管制官は2人いた。1人が高度約3千メートルまでしか降下できないエリアで約1500メートルへ降下するよう誤指示を出したことに、もう1人は気づいていなかった。
空港との連絡調整など別の業務に当たっており、誤指示が出されていることがチェックできなかった可能性があるという。国交省の担当者は「個々の管制の内容を別の管制官が百パーセントチェックするのは、現状では困難」と指摘する。
今月21日に新滑走路運用が始まった羽田空港の管制をめぐっては、より複雑な管制技術が必要とされている。これまで並行する2本の滑走路だけだったのが、今後は方向の異なる4本の滑走路を同時に運用する場面が出てくるためだ。
ある現役管制官は「限られた人員で膨大な数の航空機をさばかなくてはならず、安全装置などの機械によるシステムに支えられながら日々やっているのが現状」と緊張を話す。
羽田の拡張など、重くなる一方の管制官の負担を減らそうと、国交省は全国の空の交通状況を一元的に管理している「航空交通管理センター」(福岡市)を通じて、航空機の無用な空中待機を減らして空を「渋滞」させないよう措置をとっている。しかし、ミスの発生を完全に抑え切るまでには至っていないのが現実だ。
■責任と原因 バランス課題
管制官個人にニアミス事故の刑事責任を負わせるべきかどうか-。1、2審で揺れた結論は、最高裁で「有罪」と判断された。検察審査会が責任の所在のありかを法廷に求めようとする流れもあり、管制官ら重い職責を担う個人の過失に対する刑事責任追及の動きが加速する可能性もある。
決定は、管制官と航空機衝突防止装置(TCAS)の指示が食い違った場合の優先順位が、平成13年の事件当時は明確でなかったことなど、被告に有利な事情も検討。しかし、「責任のすべてを負わせるのが相当ではないことを意味するにすぎない」と、業務上過失傷害罪の成立には影響しないと結論づけた。
また、宮川光治裁判長は補足意見をつけ、「刑事責任を問わないことが、現代社会における国民の常識に適(かな)うものであるとは考えがたい」と指摘した。
兵庫県明石市で13年に起きた歩道橋事故に絡み、検察審査会は検察が不起訴とした県警明石署の元副署長を業務上過失致死傷罪で「起訴すべきだ」と議決した。議決書では「有罪か無罪かではなく、市民感覚の視点から、裁判で事実関係と責任の所在を明らかにする点に重点を置く」との立場を打ち出した。
管制官の刑事責任追及には、関係者が保身から虚偽の証言をする可能性があり原因究明を阻害するという見方や、技術で人為的ミスをカバーするシステムのもとで責任を個人に帰結させるのはなじまないとする意見も根強い。
ただ、航空機事故など、結果が重大なケースでは、宮川裁判長の指摘する「国民の常識」や、検審の言う「市民感覚」に照らし、過失や因果関係を認定するハードルが下がる可能性も否めない。「責任追及」と「原因究明」をいかに相反しないように実現するか、バランスが問われている。(酒井潤)
◆机上の判断 遺憾
籾井(もみい)康子被告の話「決定は航空機の動きすら理解しておらず、残念。高度の専門分野に属する本件事案にあって、裁判官が航空管制の現場やコックピットを体験せずに、机上の想像で危険性の判断をしたことは遺憾。管制官の萎縮(いしゅく)が懸念され、社会的悪影響を及ぼす誤判を是正すべく、闘っていきたい」
【用語解説】日航機ニアミス事故
日航機ニアミス事故 平成13年1月31日午後3時55分ごろ、静岡県焼津市上空で羽田発那覇行き907便と釜山発成田行き958便が接近。管制官が958便と間違えて907便に降下を指示した。直後に航空機衝突防止装置(TCAS)が907便へ上昇を、958便に降下をそれぞれ指示したが、907便の機長は逆に降下したため両機がさらに接近。両機の距離は約10メートルしかなかった。907便が衝突を回避しようと急降下し、乗客ら計100人が負傷。東京地検は被害届を出した乗客57人分について、管制官を起訴した。
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公共交通での事故に対する「一罰百戒」は、ほとんどの場合、うまくいかない。事故の原因に迫ることなく個人の刑罰だけを先行させることに意味があるとは思えないからだ。ただし、JR西日本における歴代4社長のような経営トップの場合、話は別である。
この事故は、管制官の過重労働による「航空管制の現場崩壊」と捉えるべきであり、最大の原因は国土交通省にある。日本航空破たんの一因ともなった無計画な航空路線の拡大の一方、管制官は必要な増員がなされないまま業務量だけが拡大していった。
「個々の管制の内容を別の管制官が百パーセントチェックするのは、現状では困難」とわかっているなら、なぜ増員しないのか。定員上無理だというなら、なぜ組織定員や人件費予算の拡大を求めようとしないのか。国土交通省の怠慢のツケが一方的に現場だけに押しつけられ、その結果、たった一度のミスで刑事責任を問われて管制官が職を失うなんて、そんな理不尽を当ブログはとても容認できない。
当然ながら、航空管制官も多くが加盟している
全運輸労働組合(旧運輸省系職員で構成)は、この最高裁決定に関する
抗議声明(PDF版)を発表している。当ブログは航空は専門外であり、この声明について詳しく論評することは避けるが、今回の最高裁決定が「現場へ萎縮効果をもたらす」という主張は理解できる。今後同様の事態が起きた場合、刑事処罰を恐れた関係者が真実を証言しなくなり、かえって真相究明から遠ざかる恐れが十分に考えられる。
管制官がきわめて専門性が高く、失職した2名の後任者さえ補充が困難であることも考えれば、今回の一罰百戒的処分は適切とは到底言えないのである。
今回の決定は、5人の裁判官中4人の多数意見で、桜井龍子裁判官が「過失責任は問うことはできない」とする反対意見を述べたことは、わずかな望みといえる。当ブログと安全問題研究会は、航空管制の体制を十分整えることなく、無計画な航空路線の拡大に突き進み、管制官を疲弊させた国土交通省の責任を追及するとともに、今後の空の安全のため、航空管制官の増員を求めていく。