冒頭から私事で恐縮だが、私には同じ鉄道趣味を持つ友人として、親しいつきあいをさせていただいている方が何人かいる。濃密なつきあいの方がいる一方で、インターネット上だけのつきあいの方もいる。インターネット上でのつきあいが長くなってくると、「この人はどんな顔、どんな姿をしているのだろう」と思い始め、やがて会ってみたくなるのは、ネットがなかった時代のペンフレンドの場合となんら変わらない。かくしてネットだけのつきあいだけだった人たちが実際に顔を合わせる場を設けようということになる。こうした催しは「オフ会」と呼ばれ、若い人たちの間ではもはや日常的になりつつある。
さて、昨日、鉄道関係の「オフ会」に久しぶりに参加してきた。目的は、JR東海バスが10月15日限りで廃止する飯田駅(長野県・飯田線)~中津川駅(岐阜県・中央本線)間の高速バス「いいなかライナー」号の乗り納めをし、併せてJR東海主催の「さわやかウォーキング」で日頃運動不足気味の肉体に気合を入れようという健康的なものである。飯田と中津川を結んで走るからいいなかライナー。センスはイマイチだがわかりやすい名称ではある。
初対面の人への挨拶もそこそこに、中津川駅前からいいなかライナーに乗る。このバスは中央自動車道経由だから所要1時間程度で、飯田着は10時過ぎ。仲間と連れだって飯田線の電車で桜町駅(飯田の隣)まで行き、ウォーキングの参加受付をして歩き始める。元善光寺などの観光地を歩いて回りながら、3時間程度とされていたコースを2時間で歩き終えた。「3時間」はお年寄りなど、足の遅い人を基準に算出されているに違いない。
ゴール地点は元善光寺駅で、オフ会もここで解散となる。私は、帰宅するにはとりあえず飯田駅へ出るより方法がないので、再び飯田線の電車で飯田駅へ移動したのだが…。
飯田駅には自動券売機が2台の他はみどりの窓口が1つあるだけである。が、ここの駅員が酷すぎた。もし私が主催して「全国JR“迷”駅員コンテスト」を開いたとしたら、まず優勝間違いなしだろう。「鉄道ファンへの目覚めは3歳の時」と公式説明している私が長年見てきた中でも、あるいは最低レベルかもしれない。
まず、1つしかない窓口を「整理中 しばらくお待ちください」の看板で塞いだまま開けてくれない。帰路には電車でなく再び「いいなかライナー」を使う予定だったが、このバスの乗車券もみどりの窓口扱いのため、ここが開いてくれないとどうしようもないのだ。発車時刻まで時間があったので、仕方なく喫茶店で時間をつぶし、バスの発車時刻20分前に再び窓口へ行ってみる。今度は窓口こそ塞がれていなかったが、やはり同じ若い男性駅員がメモ用紙に書かれた数字の羅列をにらみつけながらマルス(発券端末装置)と格闘しており、私がこれ見よがしに窓口の前に立っても事情説明はおろか「いらっしゃいませ」の一言もない。機械の調子が悪いなら「調整していますので申し訳ありませんがしばらくお待ちください」の一言がどうして言えないのだろうか。私は、しょうがない駅員だと思いながら、20分あるのでもう少しだけ待ってみようととりあえず駅周辺を散策した。
戻ってきてみると、まだ状況に進展は見られないばかりか、窓口に4人ほど先客が並んでいた。チラと時計を見やると発車まで10分。そろそろまずいなと私は焦り始めた。いったいこの駅員は何をしているのだろうか。指定券はともかく、乗車券は発券できなければ「乗車駅証明書」を乗客に手渡して車内精算してもらう方法だってあるのだから、そのようにすればよいだけの話だ。指定券でも、近くにマルスが動く営業中の旅行会社があるなら紹介するなり、指定席を望む乗客には車掌に連絡して調整用席(指定席券のダブルブッキングなどのトラブルに備えて窓口発売せず車掌預かりになっている余りの席)を割り当ててもらうなり、方法はいくらでもあるはずだ。
そうこうしているうち、とうとう私が乗る予定だった「いいなかライナー」が出ていくのが見えた。先客4人に動きはなく、先頭の客すらさばけないままの時間切れだ。私は、これは駄目だと思い、飯田~名古屋間直行バスへのルート変更を決意。このバスは長野県南部をエリアとするバス会社「信南交通」の運行で、乗車券も電話予約である。電話すると、応対に出た若い(と声の感じから思われる)女性係員は素早く予約してくれ、初めて利用する私の「発車の直前だが切符はどこで買えばいいか」「到着時間は何時か」という質問にも迅速に対応してくれた。電話を切ってから通話時間を確認すると3分51秒。どこかの駅員と大違いである。
予約を終え、とりあえずほっとした私が駅に戻ってきてみると、例の駅員はまだ4人の先客をひとりもさばけていない。近づいてやりとりを聞いてみるとさらに驚いた。「企画切符と普通乗車券を組み合わせて行きたいのですが、乗車券は通しで発行してもらえるんですか」という初歩的質問に答えられず、わざわざ奥に座っている責任者に聞きに行っている。JRから給料をもらっているプロの駅員が全く信じられない事態だ。企画切符と普通乗車券を通しで発行できないことくらい、サザエさん家のタマでも知っているだろう。
この間20分。ようやく行列の先頭の客に説明を終え、応対を終了したと思ったら、この駅員、行列の次の客でまたまたつまずいた。今度は飯田駅を16時31分に発車予定の、天竜峡行き列車に乗る初老の男性客だ。「今度の天竜峡行きに乗りたいが、天竜峡から先の列車は何分で乗り継ぎですか」という初歩的質問である。ところがこの駅員は、机の上に置いてある時刻の一覧表をただ凝視するだけで、すぐに答えが出てこない。
さすがの私も怒りを通り越して笑いがこみ上げてきた。カバンから時刻表を取り出す。飯田線は東海道本線から分岐する路線だから、東海道本線の後ろあたりに載っている。飯田線の全列車の一覧表を見ている駅員に対し、こちらは時刻表をいちいちめくって探さなければならないはずなのに検索は私の方が早かった。「この列車に乗ると、天竜峡着が16時58分。天竜峡発の列車は18時01分です。待ち時間は1時間3分もありますから、天竜峡駅周辺を少し散策でもされたらいかがですか」と、私が代わりに答えてやった。
「そうですか。わかりました。ありがとう」と言ってその男性は窓口を離れた。切符はすでに買っているらしく、ただ時刻を聞きたいだけだったのだ。件の駅員は決まりの悪そうな顔をしていたが、この程度の質問にも即答できないとは全く信じがたい事態である。
ここまでやりとりしたところで、予約したバスの発車時刻が迫ってきたため私もその場を離れることにした。結果的に、信南交通バスに切り替えた私の判断は正しかったらしく、みどりの窓口扱いの列車やバスにこだわっていたらまた間に合わなかったに違いない。この調子では件の駅員が窓口待ちの行列をさばくのにいったい何か月かかるだろうか。
この事件が起きた飯田駅はJR東海の駅である。東海といえば、昨年春、私が山口県・小野田線で開かれる旧型電車のさよならイベントに参加するため、そこまで往復する切符を買おうとしたときにも似たような出来事があった。私が求めたのは山陽本線・厚狭(あさ)駅までの乗車券と寝台特急「あさかぜ」に乗るための特急券・B寝台券だった。「あさかぜ」は厚狭には停車しないため、特急券・B寝台券は宇部までとし、宇部~厚狭間は普通列車で移動する予定にしていたのだ。JR東海管内某駅で切符を買おうとしたとき、応対した若い男性駅員は「あさ? それどこの駅ですか?」と私に聞き返したのである。もちろん私は買う側だからこの質問には答えられるが、それにしても君たちはJRから給料をもらっているプロではないのか?
もちろん私も「プロだからすべて理解せよ」などというつもりはない。しかし、いまのマルス端末が、「あ」と入力すれば「あ」で始まる駅名をすべてリストアップしてくれることは私たち鉄道ファンでも知っている。プロの自覚があるならとりあえず「あ」と入力し、リストアップされた駅の中から「この中のどれでしょうか」と聞くくらいできるだろう。おまけに私は「あさかぜ」の寝台券と一緒に使う乗車券を求めたのだ。「あ」の中でも、北陸や北海道の駅ということはあり得ないわけで、そうした駅をふるい落とせば対象はおのずから絞られてくる。最後まで迷う駅はほんのいくつかのはずだから、「○○と○○のうちどこでしたか」と聞くくらいのことはできてほしい、と願うのは私の無い物ねだりなのだろうか?
とにかく最近、駅員のレベルが低すぎる。それなのに恐ろしくなるほど危機感がない。この際だからはっきり言おう。JRの社員は利用客の目をもっと恐れるべきである。役員室でふんぞり返るだけで現場の実態など知ろうともしない職制より、現場での利用客の観察眼の方が何倍も怖いことを知るべきだ。プロとしての恥を恥とも思わないような無自覚に今すぐ別れを告げなければならない。
同時に、JR各社の社員教育を考え直す必要もある。いまの「低レベル駅員」たちを見ていると、利用客からの質問に答えるための業務知識以前に、調べようともしない「無気力社員」が蔓延している。調べても聞いてもわからないなら仕方ない。他の乗客はどうだか知らないが、私自身はそんな人にまで怒鳴り散らすほど鬼ではないと思っている。ただ、努力の姿勢を見せてほしい。一生懸命仕事をしているという鉄道マンの誇りだけでも示してほしい。列車の安全を確認するために、まばたきすらも恥とするほどの輝かしい国鉄魂を取り戻してほしいのだ。
飯田駅で見かけた究極の低レベル駅員のせいで、私のさわやかな秋の小旅行がもう少しで後味の悪いものになるところだった。だが、最後にひとつ良いことがあって救われた。飯田駅の立ち食いうどんスタンド「伊那谷」で食べたうどんが、麺に独特のコシがあってとてもおいしかったのだ。
「伊那谷」は、私が訪れた時間帯はおばあちゃんがひとりで切り盛りをしていた。待ちわびたうどんができたときの「待たせてすまんね」というおばあちゃんの心のこもった言葉が私の胸に染みた。切符の1枚も発券できず、客の質問にもロクに答えられなかった件の若い飯田駅員は「ありがとうございました」の声だけは大きかったのだが、気持ちのこもらない百の「ありがとうございました」よりも、このひとことの方が深く染み入るのはなぜだろう。月並みだが、やっぱり旅は心なのかもしれない。
(2004/9/26・特急たから)