(この記事は、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2021年9月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。なお、筆者の判断により「鉄道・公共交通/交通政策」カテゴリでの掲載としました。)
●吹き始めた「強烈な逆風」
7月19日、東京都大田区・世田谷区の住民24人が、JR東海を相手取り、リニア中央新幹線事業の差し止めを求める訴えを東京地裁に起こした。昨年10月、東京都調布市の住宅街の道路上で起きた陥没事故と同じような事故がリニア新幹線工事によっても起きるのではないかと考え、提訴に踏み切ったのだ(注1)。
東京外かく環状道路(外環道)の事業主体である東日本高速道路(NEXCO東日本)は、陥没現場の直下で同社が進めている外環道工事に伴い、地下トンネルを掘り進むために使用されているシールドマシンの振動が陥没原因であることを認めながらも、「特殊な地盤条件下での特別な工事が要因」であるとして、壁の亀裂や扉が閉まらなくなるなどの建物被害を受けた住民に対して、転居するよう一方的に通告したため、住民との間で紛争に発展している。
そもそも「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」(民法207条)と定められており、土地所有者には「上空や地下を勝手に使用されない権利」がある。にもかかわらず、このような工事が住宅地の真下で進んでいるのは、2000年制定の「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(大深度法)による。3大都市圏に限定してはいるものの、鉄道、道路、電線など公共性の高い施設・設備を建設しようとする事業者に対し、通常は使用されることのない地下40メートル以下の「大深度地下」の利用を、土地所有者の許可を受けないまま認める特例法だ。
3大都市圏では極度の過密化により、道路・鉄道・電線などのインフラを建設しようにも、すでにあらゆる場所が使用し尽くされ、建設場所もなくなりつつあった。それでも日本のゼネコン業界は公共事業による飽くなき利潤追求のため、空中や地下の利用解禁に向けた新たな法整備を政府に対して求めるようになった。1988年6月28日に閣議決定された「総合土地対策要網」の中で『土地の有効、高度利用の促進-市街化区域内農地、工場跡地等の低・未利用地の利用促進および空中・地下の利用の促進をはかること』とする基本方針の下、『有効な土地利用を実現していくためには、土地利用、土地活用を前提とした土地所有という考え方、いわば所有権と利用権(使用権)との思想的分離が必要』と提起された。大深度法の制定はこうした「要求」に応えたものだ。
外環道建設工事現場の真上の住宅地を襲った陥没事故は、利潤追求のための都市空間利用が限界を超えたことを示すものといえる。今回、リニア差し止め訴訟を起こした住民らの危惧にはそれなりの根拠がある。原告団長の三木一彦さんは「外環道で陥没事故が起き、誰の目にも大深度地下のトンネル工事の危険性が明らかになった。取り返しのつかない事故が起きる前に、なんとしてもリニア工事を止めたい」と提訴の理由を説明する。
リニアをめぐっては、6月の静岡県知事選で水問題の解決を訴える現職・川勝平太知事が4選(前号既報)。7月、静岡県熱海市を襲った集中豪雨では大規模な土石流が発生。開発業者が行っていた盛り土が流出した可能性が指摘されている。全区間の7割が地下を通るリニア事業では、熱海市の現場とは比較にならない膨大な建設残土が発生するとされており、その量は「諏訪湖が埋まってしまうほど」だといわれる。これだけの量の残土をどこに持って行くのかは元々決まっておらず疑念を持たれていたが、さらに盛り土流出の懸念が加わった。
新型コロナウィルス感染拡大が始まり、公共交通機関の利用客が激減した2020年以降は事業の必要性そのものに疑問が出される状況になっている。ここ数年、リニアに関して出版される本はどれも事業に批判的なもの、疑問を呈するものばかりだ。リニア推進の本も出版されているのに筆者が知らないだけではないかと思い、インターネットを検索してみたが、推進の立場の出版物は事業認可前後の時期に出たものが大半でここ数年のものはまったくといっていいほど見られなかった。リニアは八方ふさがり状態になっており、大逆風が吹き始めている。
筆者は国鉄分割民営化によるJR不採用問題以来30年以上にわたって、あらゆる問題でJRと闘い続けているが、これほど強い追い風を感じるのはJR福知山線脱線事故以来といえる。リニア事業を阻止に追い込む展望はかつてないほど開かれている。
●鉄道政策変更の方向性を議論
7月24~25日に開催された「平和と民主主義をめざす全国交歓会」(ZENKO)では、毎年設けられているJR・リニア問題分科会が今年も例年通り行われた。「NO!リニア・新幹線 生活路線と安全守るため今すぐ鉄道再国有化を」と銘打った分科会には、会場13人、ZOOMで4人の計17人が参加した。
新型コロナ感染拡大で「密」回避の動きが強まる中で、満員電車は「密」の象徴となり、多くの鉄道会社は利用者が半減、経営が急速に悪化している。再国有化を明確にしたのはそうした情勢変化の反映だ。
基調提案では、2023年に鉄道再国有化の実施を決め、1960年代に廃線にした一部路線の復活を決めた英国の例も紹介。「新自由主義と闘い、企業の都合で切り捨てられる医療・教育・福祉・公共交通を市民の要求に応じて拡充・強化が可能な共有財産に変える」という分科会の基本方針を明らかにした。
今春「リニアの通る町」長野県大鹿村に大阪市から移住した北川誠康さんが現地で撮影した写真を元に報告。膨大な残土投棄や樹木伐採など、巨大な自然破壊につながるリニア新幹線建設の阻止を訴えた。リニア建設阻止の闘いを進めるリニア・市民ネット大阪は事業認可(14年)直後の15年に発足。リニアに関する勉強会を15回実施した他、自治体への要望書提出や国政選での各候補者への公開質問状提出などの取り組みを報告した。春日直樹さんは「地方の役人は上から言われ、内容もよく知らないまま実施しているだけ。ダメなものには黙っていないでダメといわなければいけない」。闘う意思表明だ。
また、JR東海への要請も行ったが門前払いだったこと、金沢まで開業し敦賀延伸に向け工事中の北陸新幹線も、強権的な進め方が共通していることも報告された。北陸新幹線工事はトンネル事故が発覚し中断しているが、ずさんで強権的な事業の手法がこのような事故を生んだといえる。
●ローカル線をめぐって、全国23知事が鉄道事業法見直しを要求
新型コロナ感染拡大に伴い、全国的に公共交通期間、特に地方路線は苦境の中にある。こうした中、三江線が廃止となり、その後も北海道と同様、ローカル線が根こそぎ廃線の危機に直面している中国地方では、丸山達也・島根県知事が昨年10月29日の記者会見で「国交相の許可も要らず、鉄道会社の届出1つでローカル線が廃止できる鉄道事業法はおかしく、見直しが必要」と発言した(注2)。
さらに、今年8月に入り、芸備線(注3)が廃線危機にさらされている広島県の湯崎英彦知事が共同発起人代表となり、届出だけで鉄道路線の廃止ができる現行鉄道事業法の見直しを求める「地方の鉄道ネットワークを守る緊急提言」をとりまとめた。この提言には全国23道県知事が賛同し、8月2日、赤羽一嘉国交相に対し、オンラインで湯崎知事が要望を直接伝えた。1999年の鉄道事業法改悪で鉄道路線の廃止が許可制から届出制に変わって以降、地方路線廃止阻止へこれだけ大規模な動きが出たのは初めてであり注目される。北海道ローカル線の廃線阻止に向けても大きな追い風である。
鉄道事業法には、23知事が問題とした届出だけで路線が廃止できる規定のほか、鉄道事業開設予定者に事業収支見積書の提出を求める規定もある。このような鉄道事業法の規定について「新自由主義的」だとして見直しの必要を指摘したのは安全問題研究会だ。ZENKO分科会で、同会は今年早々とりまとめたJR再国有化法案(日本鉄道公団法案)の概要説明も行った。コロナで急速に経営が悪化した全国の鉄道網維持のため、早急な再国有化が不可欠だ。同時に、不要不急どころか有害無益の代表事例であるリニア事業は直ちに中止しなければならない。
<参考>「地方の鉄道ネットワークを守る緊急提言」に賛同した知事(注4)
●国交省との要望交渉に参加した共同発起人
広島県知事 湯﨑 英彦(共同発起人代表)、鳥取県知事 平井 伸治、島根県知事 丸山 達也、徳島県知事 飯泉 嘉門、香川県知事 浜田 恵造
●提言への賛同者
北海道知事 鈴木 直道、青森県知事 三村 申吾、岩手県知事 達増 拓也、宮城県知事 村井 嘉浩、秋田県知事 佐竹 敬久、山形県知事 吉村 美栄子、福島県知事 内堀 雅雄、新潟県知事 花角 英世、富山県知事 新田 八朗、石川県知事 谷本 正憲、福井県知事 杉本 達治、山梨県知事 長崎 幸太郎、長野県知事 阿部 守一、滋賀県知事 三日月 大造(元JR西日本、JR連合出身)、鳥取県知事 平井 伸治(共同発起人)、島根県知事 丸山 達也(共同発起人)、岡山県知事 伊原木 隆太(共同発起人)、広島県知事 湯﨑 英彦(共同発起人代表)、山口県知事 村岡 嗣政(共同発起人)、徳島県知事 飯泉 嘉門、香川県知事 浜田 恵造、愛媛県知事 中村 時広、高知県知事 濵田 省司
注1)リニア工事差し止めを トンネル予定地の上の住民ら24人がJRを提訴 東京地裁(
2021.7.19「東京新聞」)
注2)
2020年10月29日 丸山達也・島根県知事記者会見「鉄道事業法について」
注3)中国山地を走る三江線(廃止)、木次線、芸備線、福塩線、姫新線の5線は、国鉄再建法制定当時、基準となる1977年度の輸送密度が2000人未満であったことからいったん第2次特定地方交通線へ選定されたが、国鉄再建法施行令に規定する除外条項(芸備線、福塩線、姫新線→ピーク時の輸送密度が1000人を超えるため、三江線、木次線→並行道路未整備のため)に該当するとして特定地方交通線から除外された経緯がある。
注4)
香川県ホームページ
(2021年8月21日)