尼崎脱線 事故調報告案漏らす 元委員がJR西の前社長に(毎日新聞)
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兵庫県尼崎市で05年4月に発生したJR福知山線脱線事故で、運輸安全委員会は25日、事故原因を調査した当時の航空・鉄道事故調査委員会(08年10月に運輸安全委に改組)の山口浩一・元委員(71)が、JR西日本の山崎正夫前社長に働きかけられ、調査状況の情報や報告書案を伝えていたと発表した。山口元委員は事故調で報告書案の修正を求める発言をしたが、報告書への影響はなかったという。事故調査委員会設置法では、委員の秘密保持義務があるが、罰則規定がなく、処分対象にはならない。
安全委などによると、山口元委員は06年5月以降、山崎前社長に面会するなどして、委員会の進ちょく状況を教えた。さらに、報告書が07年6月に公表される直前の07年4~5月ごろ、報告書案のコピーを1、2回、山崎前社長に渡した。
また、山崎前社長が報告書について「後出しじゃんけんであり、表現を柔らかくするか削除してほしい」と要求。山口元委員はそれに応じ、委員会で「現場カーブにATS(自動列車停止装置)があれば事故は回避できた」などとの記述を「後出しじゃんけんなのでいかがなものか」と発言していた。関係者によると、山崎前社長は山口元委員への飲食接待もしていたという。今回の漏えいは、事故に関する捜査で発覚。捜査当局が安全委に連絡したという。
前原誠司国土交通相は25日の閣議後会見で「亡くなった方々やご遺族に心からおわびを申し上げる」と謝罪。運輸安全委の後藤昇弘委員長は「国民のみなさま、被害に遭われた方々に不快の念を与え、残念で申し訳ない。おわび申し上げる」と陳謝した。
事故では乗客106人と運転士が死亡。事故調は07年6月、運転士がブレーキ操作を誤り、制限速度を約46キロ超過して現場カーブに進入したことが原因とする最終報告書を国交相に提出した。現場カーブにATSが設置されていれば、事故は回避できたと結論付け、「優先的に整備すべきだった」と指摘。運転士への懲罰的な日勤教育など、JR西の企業体質が事故に影響した可能性が高いとも指摘していた。
山崎前社長は事故現場を現在の急カーブに付け替えた当時、安全対策全般を統括する常務鉄道本部長だったとして神戸地検が今年7月、業務上過失致死傷罪で神戸地裁に在宅起訴している。山崎前社長は06年2月、社長に就任し、起訴を受けて今年8月、社長を辞任した。一方、山口元委員は1961年、国鉄に入社。主に運転畑を歩み、01年に非常勤の事故調委員に任命され、07年まで務めた。
安全委は情報漏えいを受け、委員などが原因に関係する恐れのある人とかかわりがある場合、委員会の会議へ参加停止できるなどの申し合わせをした。【平井桂月、長谷川豊、石原聖】
▽山崎正夫前社長の話 航空・鉄道事故調査委員会の調査に全面的に協力する中で、調査状況を把握し、迅速に対応するとの思いから報告書案などを事前にもらった。軽率で不適切な行為であったと反省しており、申し訳なく思っている。
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驚くべきことに、尼崎事故を巡って、今度は旧事故調(現・運輸安全委員会)元委員による調査報告書内容の漏洩が発覚した。今日午後7時のNHKニュースではこの事件がトップニュース扱いだった。107名が死亡した尼崎事故に対するメディアの関心は依然として高いが、それ自体は安全な鉄道づくりを進める上でよいことである。
さて、上記ニュースを含め、多くのメディアが「事故調委員には保秘義務が課せられているものの、罰則規定がない」などと報じているが、これはメディアによるミスリードではないか。確かに、旧事故調の法的根拠となっている
航空・鉄道事故調査委員会設置法を読む限りではそのような規定になっている。しかし、ことはそう単純ではない。
●贈収賄事件に発展の可能性も
政府が仕事をする上で、新たな役所を作りたいとき、または廃止したいときは全て「設置法」に基づいて行う。設置法を作ったり廃止したりするわけだ。逆に言えば、設置法に根拠のない組織は、いかに政府が正式の機関だと宣伝しても、官僚有志が集まった私的懇談会に過ぎないわけである。
尼崎事故の調査を行った当時の事故調は、上述の航空・鉄道事故調査委員会設置法及び国土交通省設置法に定められた正式な国の組織である。そして、その委員に任命されている者も公務員ということになる。設置法に委員を公務員とする旨の条文は置かれていないが、次の各条文から判断して、事故調委員が特別職国家公務員であることがわかる。
○航空・鉄道事故調査委員会設置法
第六条 委員長及び委員は、委員会の所掌事務の遂行につき科学的かつ公正な判断を行うことができると認められる者のうちから、両議院の同意を得て、国土交通大臣が任命する。
○
国家公務員法
第二条 国家公務員の職は、これを一般職と特別職とに分つ。
3 特別職は、次に掲げる職員の職とする。
九 就任について選挙によることを必要とし、あるいは国会の両院又は一院の議決又は同意によることを必要とする職員
事故調の委員というのは、この条文からわかるように国会同意人事である。そして、国会の同意がなければ就任させることができない官職を、国家公務員法は特別職国家公務員と定めている。
前置きが長くなったが、山崎前社長は特別職国家公務員である山口委員に対し、飲食接待を行いながら報告書の記述の変更を求めている。これは、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」(刑法第197条)という収賄罪の要件に該当する。そして、賄賂の収受があった場合、公務員が請託を実行するかどうかに関係なく収賄罪は成立するのである。尼崎事故は、今回の情報漏洩を巡って贈収賄事件への発展も想定される波乱の展開になってきた。
それにしても、両氏は元国鉄職員である。国鉄時代には国鉄職員も公務員の身分を与えられていたのだから、「元公務員」だった両氏が収賄罪の成立要件を知らなかったはずはない。にもかかわらず、山崎前社長が身の危険を冒してまで、なぜ報告書の記述を変えさせようとしたのか。
●やはり山崎前社長は知っていた?
やはり、山崎前社長は知っていたのだろう。「速度照査型ATSの不備」こそが尼崎事故の真の原因であることを。報告書の記述が山崎前社長とJR西日本にとって取るに足らない内容であれば、そのまま放置しておけばよいからである。逆に言えば、それがJR西日本にとって核心に迫る「痛い」内容だったからこそ、山崎前社長は贈賄罪に問われる危険を承知の上で証拠もみ消しに走ったのではないか。
●このままでは遺族が浮かばれない
この事件を伝えるNHK7時のニュースは、「4・25ネットワーク」の淺野弥三一さんの憤る姿を伝えた。「事故調は、尼崎事故の説明会にも出席せず、その理由を自分たちの政治的中立性を守るためだと説明した。だが、これのどこが政治的中立なのか」と淺野さんは静かに、しかしはっきりと憤りを表明した。当然だが、まやかしの事故調説明に対する憤りは理解できる。
そう言えば、2006年9月15日、当ブログ管理人が安全問題に関して国土交通省へ要請に行ったとき、国土交通省側は安全管理官付課長補佐、施設課課長補佐、事故調担当の官僚など4名が出席したが、その中でも最も尊大でこちらをバカにし切った態度だったのが事故調担当の官僚だった。「ちゃんと報告書読んでくれました? そのことなら○○ページに書いてありますよ」などと、およそ公僕とは思えない態度だった。今思えば、あの時の彼の尊大な態度こそ事故調の体質そのものなのかもしれない。もしそうであるならば、運輸安全委員会などという立派な看板をいくら掛けたとしても、組織の体質は変わらないだろう。日勤教育に代表されるJR西日本の企業体質を問うのも結構だが、その前にみずからの組織体質を改善する方が先ではないのか。
107名の犠牲者を出したこの事故に対し、中立的立場はあり得ない。殺人企業JR西日本の側に立つか、それとも遺族の側に立つかの二者択一があるだけだ。当ブログは、遺族の藤崎光子さんとお会いし、JRと闘う決意をした藤崎さんを見て、最後まで遺族の側に立つと決意した。残念ながら事故調は私とは反対側に立っているように感じる。政権交代を機に、運輸安全委員会の淀んだ空気も一掃しなければならない。そうでなければ犠牲者の遺族たちが浮かばれない。