福島原発事故をめぐって強制起訴された東京電力旧3役員の刑事訴訟。12月27日(木)の第36回公判(被害者代理人弁護士意見陳述)の模様を伝える傍聴記についても、福島原発告訴団の了解を得たので、掲載する。次回、第37~38回公判(被告側最終弁論)は3月12日(火)~13日(水)に開かれ、ここで事実上結審となる見込みである。
執筆者はこれまでに引き続き、科学ジャーナリスト添田孝史さん(写真は記者会見する被害者参加弁護士=2018年12月27日、司法記者クラブにて。サムネイル表示になっている場合、クリックで拡大します)。
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●東電の闇はどこまで解明されたのか
2018年12月27日に開かれた第36回公判では、被害者参加制度による遺族の代理人弁護士として、海渡雄一弁護士、大河陽子弁護士、甫守一樹弁護士が意見を述べた。
検察官役をつとめる指定弁護士らは刑事裁判のプロ。一方、この日意見をのべた代理人弁護士らは、東電株主代表訴訟や各地の運転差し止め訴訟にかかわる原発訴訟の第一人者だ。その視点から、公判における証言や証拠を分析した結果が示された。海渡弁護士は「私たちは、この事故は東京電力と国がまじめに仕事をしていれば防げたこと、その責任が明らかにされなければ死者の無念は晴らされないと考える」と述べ、指定弁護士と同様、禁錮5年の処罰を求めた。
●「ちゃぶ台返し」、2008年7月31日より前だった?
東電で津波想定を担当する土木調査グループの社員たちは、政府の地震調査研究推進本部(地震本部、推本)が予測する津波(15.7m)への対策が必要だという意見で一致し、具体的な工法等の検討を進めていた。それを被告人の武藤栄氏が、2008年7月31日に止めてしまった。津波対応の方針をひっくり返してしまったことから、7月31日は「ちゃぶ台返し」の日とも呼ばれてきた。
海渡弁護士は、「ちゃぶ台返し」は、本当はこの日より前だったのではないかという疑念を示した。7月31日とすると辻褄が合わない証拠がいくつもあるというのだ。
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会合41分後、手回しの良すぎるメール
その一つは、7月31日の会合が終わってから41分後に、酒井俊朗・土木調査グループGMが、日本原電や東北電力の担当者に送ったメール(注1)だ。
それまで東電は、日本原電や東北電力に対して、「地震本部の検討結果を取り入れざるを得ない状況である」(注2)と説明していた。
この方針が、この日の会合でひっくり返された。酒井氏は第8回公判で「今まで東電が実務レベルで説明していた結果と違う方向になったので、これはちょっと早く東北さんと原電さんに状況説明しないと、ものすごく混乱するなと思って、すぐにメールを出しました」と証言している。
海渡弁護士は、このメールを「手回しが良すぎる」と見た。メールでは、今後の方針のポイント、これから検討すべき事項について部下への指示などが具体的に書かれている。さらに、他社との会合候補日まで書かれているから、それに先立って社内で部下と日程を打ち合わせする時間も必要だったはずだというのだ。「事前に武藤氏の出していた結論を知り、事前に打ち合わせが済んでいて、事前に途中までこのメール作成を準備していたと考えないと、説明のつかないスピードである」と海渡弁護士は述べた。
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停止リスクを取り上げた会合があったはずだ
もう一つは、7月31日の会合は50分しかなく、停止リスクについては話し合われた形跡がないことだ。
酒井氏の上司である山下和彦・新潟県中越沖地震対策センター所長は、「ちゃぶ台返し」の状況について、以下のように説明している。
「耐震バックチェックの審査において、OP+15.7mの津波対策が完了していないことが問題とされた場合、最悪、保安院や委員、あるいは地元から、その対策が完了するまでプラントを停止するよう求められる可能性がありました。東電は、先ほどもお話ししたとおり、当時柏崎刈羽の全原子炉が停止した状況にあったことから、火力による発電量を増やすことで対応していましたが、その結果燃料費がかさんだため、収支が悪化していました。そのような状況の中で、1Fまでも停止に追い込まれれば、さらなる収支悪化が予想されますし、電力の安定供給という東電の社会的な役割も果たせなくなる危険性がありました。そのため東電としては、1Fが停止に追い込まれる状況はなんとか避けたいことでした」
「武藤本部長、吉田部長、私は口々に水位を少しでも低減できる可能性があるのであれば、まずそれを最初に検討するべきであると発言しました」
また、酒井氏も、ちゃぶ台返しの理由について「柏崎も止まっているのに、これで福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と日本原電の関係者に話していたとされる(安保秀範氏の検察調書、第23回公判)。
7月31日の前、停止リスクについて突っ込んだ話をした場があったに違いない。「重要人物がそろい、十分な時間をかけて議論できた場が存在する。それは7月21日の御前会議の場であった」と海渡弁護士は説明した。
●「津波」消された御前会議の議事メモ
方針転換は御前会議でなければならない理由は、もう一つある。2008年2月の御前会議で、地震本部の津波予測を取り入れて対策を進める方向は、いったん決まっていた。だからそれを変更するには、もういちど御前会議を通す必要があるのだ。
御前会議での検討結果であれば、酒井氏が7月31日に出したメールで「経営層を交えた現時点での一定の当社結論になります」と書いているのとも符号する。武藤氏単独の判断では、ここまで書けるかどうか、疑問があるからだ。
しかし、7月21日の御前会議の議事メモには、津波のことは書かれていない(注3)。出席していた(本人の証言、第8回公判)酒井氏の名前も、なぜか出席者のリストに無い。
海渡弁護士は「議事メモの津波に関する部分は、出席していた酒井氏の名前とともに削除されてしまったのかもしれない」「津波に関することは議事メモを残さないという社内方針が存在したとしか考えられない」と言う。
議事メモについては、2008年2月16日や2008年3月20日の御前会議でも疑惑があるという。関係者のメールや証言では、御前会議で津波問題が話し合われたことが明らかなのに、議事メモには残されていないからだ。
海渡弁護士は「御前会議の議事メモには情報隠蔽の疑いがある」と指摘する。
「ちゃぶ台返し」には武藤氏だけでなく、勝俣氏や武黒氏なども早い段階から関わっていて、それが隠されている可能性がある。
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2002年、高尾氏2つのうそ
「ちゃぶ台返し」問題とは別に、代理人弁護士が明らかにした証拠から、いくつか新しいこともわかった。
一つは、2002年8月に、原子力安全・保安院が東電の高尾誠氏を呼び出し、「福島沖も津波を計算すべきだ」と要請していたが、高尾氏が「40分間くらい抵抗」して、結局計算を免れていたことだ。2002年7月、地震本部が福島沖の大津波予測を公表した直後の出来事である。
東電の担当者が呼び出されたことは、別の裁判で被告になっている国が千葉地裁に提出した電子メールからわかっていた。ただし担当者の名前は白塗りで隠されていたので、「40分抵抗」したのが高尾氏だったことは初めてわかった(注4)。
この時、高尾氏は計算を免れるため、保安院に2つのうそをついた。
一つは、「土木学会の報告書では、福島〜茨城沖の海溝寄り領域において津波地震を発生しないと判断している。想定していない」と説明していたこと。実際には土木学会では福島沖で津波が起きるかどうか、検討していなかっただけで、「想定していない」というのは事実と異なる。今村文彦・東北大教授が別の裁判で証言している(注5)。
もう一つは、保安院からの宿題に、事実と異なる返答をしたことだ。
保安院は、地震本部の委員から経緯を聞いてくるように高尾氏に要請した。それに対して高尾氏は「どこでも津波地震が起きるという結論に委員は異論を唱えていた」と事実と異なる説明を保安院にしていた。実際には、この委員は過去の津波地震の発生場所について、意見していただけだった。
高尾氏は、2007年11月以降、津波地震対策を進めるため社内で奮闘していたことが、刑事裁判では明らかになっている。その背景には、2002年にうそで保安院を誤魔化したことへの悔いがあったのかもしれない。
●貞観津波の隠蔽工作
貞観津波への危機感を、東電が早い段階から持ち、リスクが表面化しないよう隠蔽を進めていたこともわかった。
東電が津波の検討を始めた2007年11月に、東電設計が最初に作った文書「福島第一・第二原子力発電所に対する津波検討について」(注6)には最新知見として
1)茨城県による房総沖地震津波
2)貞観地震津波
3)福島県の津波堆積物
が記入されていた。貞観津波は最初から検討対象で、地震本部の津波はその後、追加されたことがわかる。
2009年6月24日に開かれた保安院の審議会で、専門家から東電の貞観津波対応が不十分という指摘がされた。このことについて、酒井氏はその日のうちに、「津波、地震の関係者(専門家)にはネゴしていたが、岡村さん(岡村行信・産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長、地質の専門家)からコメントが出たという状況」と武藤、武黒両被告人にメールを送っていた。
「現在提案されている複数のモデルのうち、最大影響の場合10m級の津波となる(注7)。→地震動影響の資料の出し方について要注意(モデルが確定しているような言い方は避ける)」とも報告している(注8)。
甫守弁護士は「このメールの宛先は武藤と武黒であり、保安院のバックチェック審査で福島の津波がクローズアップされてきたのであるから、この時点でも役員が『そんな対応は安全第一とは到底いえない、きちんと対策を急ぎなさい』と指示すれば津波対策に取りかかるきっかけとなり得たはずである」と指摘した。
その後、岡村氏の指摘を反映して、東北電力は貞観地震のモデル2つを取り入れ、モデルの位置も地図に入れてバックチェック中間報告書を修正していた。一方で、東電は報告書を直さなかった(注9)。貞観津波のリスクが注目されないように、会社ぐるみで工作していたのだ。
●想定外津波への対応(津波AM)もしなかった
2006年5月11日に開かれた第3回溢水勉強会についても、新たな事実がわかった。
この回では、福島第一5号機に敷地高さより1m高い津波が襲来した場合の被害予測が報告された(注10)。小野祐二・保安院原子力安全審査課審査班長は「この結果を聞いて、確かJNESの蛯沢部長が『敷地を越える津波が来たら結局どうなるの』などと尋ね、東京電力の担当者が『炉心溶融です』などと答えたと記憶しています」(注11)と答えていた。
さらに蛯沢部長の発言のメモとして、「(4)水密性」「大物搬入口」「水密扉」「→対策」という記述が残されている。敷地を超える津波については機器が水没しないようにして炉心溶融を防ぐべきとの指導もしていた(注12)。
こんな溢水勉強会の内容は、逐一議事メモが作成され、その結果は、電力各社上層部にも報告されていた。2006年9月28日に開かれた電事連385回原子力開発対策委員会(武黒被告人が部会長)でも、報告されている。
この報告に添付された「保安院/JNESとの溢水勉強会への対応状況について」という文書には、代表的サイトの影響報告が詳細に記述され、福島が余裕が少なく極めて厳しいことがわかるようになっていた(注13)。
それにもかかわらず、武黒氏は「対応をとるべき」という保安院の要請について「必ずしもという認識ではなかった。可能であれば対応した方が良いと理解していた」と証言している(第32回公判)。
保安院の小野班長は、2008年10月6日の電力会社一斉ヒアリングの際に、設計想定を超える津波があり得ることを前提に具体的な対策を検討してほしいと各社に指示した。それにもかかわらず、その後の電力会社の説明が実質ゼロ回答だったことを受け、「『前回の一斉ヒアリングから半年も経って出した結論がこれか。電力事業者はコストをかけることを本当にいやがっている』と思うと、正直、電力事業者の対応の遅さに腹が立ちました」と供述していることもわかった(注14)。
東電は、耐震指針改訂によって必要となった津波想定水位の引き上げ(図の(1))を引き延ばしただけでなく、溢水勉強会の結果から要請されていた想定外津波への対応(図の(2)、津波アクシデントマネジメント)も、事故時まで全くやらなかったのだ。(2)は安いし、目立たないように工事できるから、停止リスクも回避できた。水密化、代替電源の用意など(2)の対策だけでも実施していれば、事故の被害は大きく軽減できただろう。
図 2つの津波対策
「被告人らが、津波対策の実施を決断し、必要な対策を部下にとるように指示していれば、この事故の発生は防ぐことはできた」(海渡弁護士)のである。
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注1)
被害者意見要旨p.76
「Subject:【会議案内:要返信】推本 太平洋側津波のバックチェックでの扱い
From:酒井俊朗
Date: 2008/07/31 11:01
原電安保GM
東北松本課長
東電酒井です。お世話になっております。
推本太平洋側津波評価に関する扱いについて,以下の方針の採用是非について早急に打合せしたく考えております。
・推本で,三陸・房総の津波地震が宮城沖~茨城沖のエリアでどこで起きるかわからない,としていることは事実であるが,
・原子力の設計プラクティスとして,設計・評価方針が確定している訳ではない。
・今後,電力大(電気事業連合会の共通課題、筆者注)として,電共研~土木学会検討を通じて,太平洋側津波地震の扱いをルール化していくこととするが,当面,耐震バックチェックにおいては土木学会津波をベースとする。
・以上について有識者の理解を得る(決して,今後なんら対応をしない訳ではなく,計画的に検討を進めるが,いくらなんでも,現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか,というニュアンス)
以上は,経営層を交えた現時点での一定の当社結論となります。
以上の方針について,関係各社の協調が必要であり,また各社抱えている固有リスクの観点で,一枚岩とならない可能性があると思います。
以上を踏まえて,早急に打合せをしたく考えます。8月4日午前・午後,8月5日午前で設定したいと思いますので,ご都合を御連絡お願いします(原電安保様:必要があればJAEAさんにも転送お願いします)。
電事連小笠原様:
・本件,初耳かもしれませんが,経緯としては『土木学会津波策定後,推本が太平洋側の津波評価を公表していますが,それによると,三陸沖の津波地震について,過去に発生していない,宮城沖南部~茨城沖北部にかけて,どこでも発生しうる」となっており,女川・福島・東海サイトで,土木学会津波評価を上回る可能性となります。
・当面,電事連大(電気事業連合会全体での取り組み、筆者注)でとはなりませんが,当社,経営層まで,話があがっており,何かの機会に,電事連高橋部長あたりの耳にも入るかと思いますので,情報を共有させていただきました。
以上
以下,社内向け:
・エリア8房総沖を福島沖へ持ってきた場合の数値計算による影響評価。
・エリア3とエリア8について重みを50:50とした場合の確率論的ハザードの見直し。
を東電設計に指示願います。」
注2)たとえば、東電、東北電力、日本原子力発電(原電)、JAEAなどが参加した2008年3月5日の会合で、東電は以下のように
説明している。
「東電福島は電共研津波検討会の状況、学者先生の見解などを総合的に判断した結果、推本(地震調査研究推進本部)での検討成果(福島県の日本海溝沿いでのM8を超える津波地震などが発生する可能性があるとの新しい知見)を取り入れざるを得ない状況である」
注3)被害者意見要旨p.69
注4)
東電の津波対策拒否に新証拠 原発事故の9年前「40分くらい抵抗」
注5)
「土木学会で安全確認」実は検討していなかった
注6)被害者意見要旨p.38
注7)
貞観津波の「モデル10」でパラメータースタディを実施すると、10mの敷地を超える高さになる。
注8)被害者意見要旨 p.93
注9)『東電原発裁判』p.68
注10)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3532877/www.nisa.meti.go.jp/oshirase/2012/05/240517-4-1.pdf
注11)
論告要旨2 p.123〜124
注12)被害者意見要旨p.110
注13)被害者意見要旨p.30
注14)被害者意見要旨p.110