気象庁 台風の温帯低気圧化、遅らせて発表 「防災への喚起」「正しい情報を」(産経新聞)
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気象庁が一元的に扱うことになっている台風情報のうち、台風から温帯低気圧に変わった時間を、同庁が故意に遅らせて発表していたことが明らかになり、波紋を呼んでいる。気象庁は「温帯低気圧に変わったとたん世間の関心が薄れ、防災上の注意もそがれる。必要な措置だ」と主張するが、一方で気象予報士や民間気象会社からは、「事実を曲げて発表すべきではない」とする批判の声も出ている。利用者が求めるのは防災への注意喚起か、それとも正しい情報か-。(豊吉広英)
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◆「意図的とは…」
問題が明らかになったのは、10月29日に気象庁で行われた、民間気象情報会社など予報業務許可事業者に対する、台風解析の技術や予測の技術についての講習会の席。出席者から出た「最近、『台風が温帯低気圧となった』とする発表のタイミングが遅いようだが」との質問に対し、気象庁は「早い段階で台風が温帯低気圧になったと発表すると、防災対応に支障が出ることがある」として、あえて遅らせて発表していることを明らかにした。
一般的な天気予報なら、気象予報士や気象予報会社は、気象庁と異なる予報や見解を示すことは可能だが、台風情報などの防災情報は、緊急時に無用な混乱を防ぐために気象庁の情報に一元化する必要がある。そのため、「台風はすでに温帯低気圧になった」と判断しても、気象庁が台風とする限り、そのまま伝えなければならない。
「いままで何となく感じていたが意図的に遅くしていたというのは…。防災のためなら何でもしていいのかという気持ちはある」。質問をした日本テレビ気象キャスターで気象予報士の岩谷忠幸さんはこう話す。
◆「警戒ゆるむ」
「防災のため」とする気象庁。その根拠としているのが、平成17年度に有識者を集めて行われた「台風情報の表示方法等に関する懇談会」だ。
懇談会は、「『台風が温帯低気圧になった』と発表された段階で警戒がゆるむことが多い。温帯低気圧に変わった後も、台風に相当する被害が発生したケースがある」とした上で「災害の恐れがなくなるまでは、温帯低気圧の情報を台風情報として継続して発表することは有効」と提案。これを受け、気象庁は19年の台風から、暴風を伴い災害を及ぼすような場合、温帯低気圧に変わっても台風として情報の発表を継続することを決めたという。
気象庁予報課の村中明主任予報官は、「気象庁が意図的に事実を曲げているとみられるのは心外」とした上で「台風から温帯低気圧になると、急激にマスコミが報道をしなくなる。気象庁は報道機関ではないので、多くの人々に情報を伝えるツールを持たないが、それでも気象庁として危険な現状を伝え、災害を防ぐ必要がある」と説明する。
◆さらなる議論を
ただ、気象庁から情報を受ける側としては、納得がいかないようだ。気象情報会社「ウェザーマップ」(東京)の社長でTBSでも気象解説を行う森田正光さんは、「気象庁はあくまでも精度の高い正しい情報を発するべきだ。その上で、さまざまな気象上の危険性をわれわれが訴え、一般的な国民の知識レベルを増加させるというのが本来の姿では」と指摘する。
こうした指摘については、村中予報官も「温帯低気圧の危険性を周知することは大事。その結果、『正しい情報』を流すことができるのが一番」と同意。「どういう情報提供の形がいいのか、さまざまな角度で議論をしていただければ」と話している。
■台風と温帯低気圧 熱帯の海上で発生した「熱帯低気圧」のうち、低気圧内の最大風速が17メートル以上になったものが「台風」。北上に伴って温かく湿った空気の台風に、上空から寒気が流入すると前線が発生し、渦が崩れ、中心にある暖気核がなくなるなど、次第に台風本来の性質を失うことで「温帯低気圧」に変わる。「台風が衰えたもの」と言われることが多い温帯低気圧だが、台風より広い範囲で強い風が吹くことも多く、低気圧として発達し、大きな被害をもたらすこともあるため、台風同様に注意が必要とされる。
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これは難しい問題だと思う。気象庁の気持ちもわからないでもない。台風が温帯低気圧になった瞬間、マスコミで報道もされなくなるということはよくあることだ。
引用した記事の最後でも解説されているが、そもそも熱帯低気圧・台風と温帯低気圧とはメカニズム的にどのように違うのか、台風が温帯低気圧になるとはどういうことを意味するのかを解説しておこう。
・熱帯低気圧/台風
海水温が摂氏28度以上の海域で、主に暖かい水蒸気の集まりが上昇気流を生ずるようになったものが熱帯低気圧である。これ以下の水温では発生することも発達することもない。1時間あたりの平均風速が毎秒17.2メートル以上となった熱帯低気圧が特に台風と呼ばれる。気象庁では、台風と区別するため台風以外の熱帯低気圧は全て「弱い熱帯低気圧」と呼ぶことにしている。
・温帯低気圧
温帯地域で、暖かい空気と冷たい空気がぶつかる地点で、冷たい空気の上に乗り上げようとする暖かい空気が上昇気流となることによって発生する。どれだけ勢力が強くなっても台風と呼ばれることはない。
熱帯低気圧と温帯低気圧の概略は以上のとおりである。これ以外にも、以下のような違いがある。
・前線の有無
温帯低気圧は前線を伴うことがあるのに対し、熱帯低気圧は前線を持たない。なぜなら、前線というのは暖かい空気と冷たい空気が触れあう地点にできるものであり、暖かい空気だけでできている熱帯低気圧には冷たい空気との接触点が存在しないからである。
以上の説明で、熱帯低気圧と温帯低気圧の違いがおわかりいただけたことと思う。両者は構造が根本的に違うのであり、「台風が弱まって温帯低気圧になる」という説明が全くのでたらめであることもご理解いただけるだろう。
ところで、当ブログ管理人は台風以外の熱帯低気圧の全てを「弱い熱帯低気圧」と呼ぶ気象庁の方針には賛成できない。なぜなら、ある熱帯低気圧が台風であるかないかは、1時間の平均風速が毎秒17.2メートル以上かそれ未満かだけが基準とされており、雨量に至っては基準すらないからだ。例えば、1時間に100ミリのゲリラ豪雨を降らせるような激しい水蒸気を持つ熱帯低気圧でも、1時間の平均風速が17.2メートルに満たなければ気象庁は「弱い熱帯低気圧」と呼ぶ。だが、これらの熱帯低気圧は単に台風でないという意味でそう呼ばれているに過ぎないのであり、実際には決して弱いとは言えないものもある。当ブログ管理人は、これらの熱帯低気圧の呼称は、単に熱帯低気圧でかまわないと思う。
では、台風が温帯低気圧に変わるとはどのようなことを意味するのか、そしてそれはどのような過程をたどるのか。
上でも述べたように、台風は熱帯低気圧の一種であり、水温が28度を下回ると発生することも発達することもできない。日本近海では、夏の最盛期を除き、水温は28度を下回っていることがほとんどだから、日本近海まで北上してきた台風には外部から冷たい空気が入り込み、次第に台風自身も冷え始める。台風内部の温度が低下していくと、台風は次第に崩壊を始め、勢力も衰退してゆく。
ところが、冷たい空気の流入で台風の崩壊が進んでいくと、今度は台風の中心部に入り込んだ冷たい空気の上に、暖かい空気が乗り上げ始める。この時、強烈な上昇気流が発生し、温帯低気圧発生の条件が整う。
台風は、このような過程を経て温帯低気圧へと変化を遂げるのである。温帯低気圧となることにより、水温が28度以下の地域の気象条件にも適応したことになり、逆に発達していくこともある。しかし、既にそれは温帯低気圧に変化しているから、どんなに勢力を強めてももはや台風と呼ばれることはない。
台風が温帯低気圧となった後、しばしば大きな被害を出すのは、こうした過程がきちんと理解されていないからである。「台風が温帯低気圧になる=弱まる」と思いこんでいるメディアがあるとしたら、直ちにその誤りを認め、正しい報道をしてほしい。
最後にもうひとつ考えておかなければならない問題がある。台風が温帯低気圧に変わったという判断をいつの時点で下すかということだ。
気象というのは長い時間を経て徐々に変化していくもので、ある瞬間を境に突然そうなるわけではない。台風の温帯低気圧化にしても、上で述べたように、冷たい空気の流入に伴って徐々にその過程は進行していくのである。
その中で、上で述べた「台風の中心部に入り込んだ冷たい空気の上に、暖かい空気が乗り上げ始め」て「温帯低気圧発生の条件が整」ったとき、というのが一応の結論ということになるだろう。これがいつの時点になるかは、気象学の専門家(気象予報士クラス)であればおのずと見当がつくはずである。そうした学問的な知見を踏まえ、気象庁には正確な情報の提供に努めてもらいたい。