福島原発事故をめぐって強制起訴された東京電力旧3役員の刑事訴訟。6月20日の第18回公判に続き、第19回公判が7月6日(金)に行われた。この公判の模様を伝える傍聴記についても、福島原発告訴団の了解を得たので、掲載する。次回、第20回公判は7月11日(水)に行われる。
執筆者はこれまでに引き続き、科学ジャーナリスト添田孝史さん。
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「プロセスは間違っていなかった」? ~第19回公判傍聴記
東海第二原発の津波対策(日本原子力発電のホームページから)
7月6日の第19回公判は、前回に引き続いて東電の金戸俊道氏が証人だった。弁護側の宮村啓太弁護士の質問に答えていく形で、2007年11月以降の東電社内の動きを再度検証した。
宮村弁護士は、東電の津波想定や対策についての動きを総括して、こう金戸氏に尋ねた。
宮村「一連の経過の中で、安全をないがしろにしたところはありますか」
金戸「一切無かったと思います」
宮村「合理的なものだったということですか」
金戸「プロセスとして間違っていなかったと思います」
本当に、安全で合理的なプロセスだったのか、検証したい。
◯確かにそうだよね、とも思いたくなるが…
宮村弁護士は以下のように東電の動きを整理した。
1)2007年11月、東電と東電設計が地震本部の長期評価(津波地震)について検討を始める
2)2008年3月、東電設計が計算結果を報告(15.7m)
3)2008年6月と7月、東電の土木調査グループは、津波地震の検討結果と対策について武藤元副社長と報告。武藤氏は、津波地震の波源について土木学会に検討してもらい、改訂された評価に従って対策をすると決める。
4)2008年秋以降、専門家に3)の進め方について説明。同意を得る。
5)2010年以降、土木学会の検討結果に応じた対策がとれるように、社内のWGで検討を始めた。
土木学会の専門家に数年かけてじっくり議論してもらい、新しい波源について確定する。津波対策はそれに応じて進める。対策をやらないわけではない、いずれはやる。
宮村弁護士のうまいプレゼンを聞いていると、それは本当に合理的で、十分安全なやり方のように思えてくる。しかし、いくつも問題点が隠されている。
◯「運転しながら新リスク対応」には期限があった
一つは、新たなリスクが見つかってから対策を終えるまでに、どれだけ時間をかけていいのかという点だ。
裁判官の質問に対し、金戸氏は、対策完了まで5年から10年かかっても問題は無いという認識を示し、「それは間違っていることではない」とも述べた。
本当に問題ないのか。
福島第一のような古い原発が新しい耐震指針を満たしているのか、運転しながら確認することについて、原子力安全・保安院は、さまざまな検討をしていた。
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「耐震設計審査指針改訂への対応(論点整理)」(2006年3月3日 原子力発電安全審査課)(注1)
「原則として、新しい知見は直ちに適用すべきとの考え方からすれば、猶予期間の考え方は成立するのか」
「バックチェックの法的位置づけ(伊方判例との関係、バックフィットではないのか、満足されなかった場合の運転継続を認めるのか)
「既存プラントの運転継続を認めるか(バックチェック終了までは指針適合性は不明→確認した上で判断)」
「バックチェック終了後、改造工事が必要となった場合の改造期間中の運転継続」
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東電を中心とした電気事業連合会も、何度も意見を送っていた。
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「指針改訂に対する基本スタンスと留意すべき点」(2006年2月6日)(注2)
「事業者は、運転継続しつつ対応することの妥当性を主張」
「適切な猶予期間を確保して、運転を継続しつつ計画的に対応していく必要あり」
「耐震指針改訂に伴う既設プラントバックチェックに要する期間について」2006年2月6日(注3)
バックチェックおよび補強工事には最長4〜5年、最短でも2年近くを要する見込みであり、プラントの運転を継続するには適切な猶予期間を規制当局に容認していただくことが不可欠である。
「耐震指針改訂にあたっての原子炉施設における対応について」2006年2月21日(注4)
国は、所要の期間を確保(最長3年程度)したうえで指針改訂を踏まえた耐震安全性確認を指示、事業者はこれを受け評価並びに所要の対応措置を積極的、計画的に実施。
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その結果、保安院は、伊方の判例(注5)なども考慮した上で、電事連に対して即時運転停止は求めないが、そのかわりに
1)余裕があることを確かめて一定の安全性を確保しながら
2)一定の期間(3年)内にバックチェックを終える
という合意がなされたと見られている。
東電は、2006年9月のバックチェック開始当初は、津波の想定を含めた最終報告を2009年6月までに終える予定だった。
2008年9月4日に、保安院から「新潟県中越沖地震を踏まえた原子力発電所等の耐震安全性評価に反映すべき事項について」が通知され、地震の揺れに地下構造が与える影響などを、より詳しく調べるよう求められた。
この後、東電は福島第一のバックチェック最終報告を延期することを2008年12月8日に発表する(注6)。ただし保安院の9月の通知以前から、東電は最終報告を先延ばしすることを決めていたようだ。酒井氏は2008年7月時点で「2009年6月はないと知っていた」と証言している(第9回公判)。この背景は詳しく知りたいところだが、まだ追及されていない。
2008年12月8日の延期発表では、東電は最終報告の時期を特定していなかった。ただし、それほど長い延長とは、保安院はとらえていなかったようだ。
保安院の名倉繁樹・安全審査官が、保安院の審議会メンバーに送ったと思われるメールが開示されている(注7)。
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2009年7月14日火曜日21:29
**先生
返信ありがとうございます。
東京電力が秋以降に提出する本報告に可能な限り知見を反映するよう指導していきます。
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5年から10年かけるのは、明らかに「想定外」なのだ。
◯「社会に説明しづらい」「他社の動きに危機感」との矛盾
新しいリスクに対応するプロセスに5年から10年かけても十分安全、合理的と金戸氏は証言した。一方、前回18回公判では、武藤元副社長が津波対策を先送りした「ちゃぶ台返し」を説明した資料が「津波に対する検討状況(機微情報のため資料は回収、議事メモには記載しない)と記載されていたことについて「外に漏れ出すと説明しづらい資料なので」と述べていた。安全で合理的なプロセスならば、なぜ説明しづらかったのだろうか、理解できない。
18回公判では、津波対策が進んでいないことに「フラストレーションがたまった」とも金戸氏は述べていた。これに関連し、検察官役の渋村晴子弁護士は「他社が対策を進めている情報が入っていて危機感があったのではないか」と質問。金戸氏は「そういうことです」と答えた。
東電のプロセスが安全で合理的であるなら、他社と比較されても危機感は持たないだろう。
金戸氏は、東電で活断層や津波の調査を担当する現役のグループマネージャーだ。東電は、新しいリスクへの対応に5年や10年かけても問題ないと今も考え、行動しているのだろうか。柏崎刈羽や東通の動きを見る上で、そこも気になった。
注1)
原子力規制委員会の開示文書:原規規発第18042710号(2018年4月27日)(以下、開示文書)の文書番号277 p.47
注2)開示文書 文書番号277 p.24
注3)開示文書 文書番号277 p.27
注4)開示文書 文書番号277 p.34
注5)四国電力伊方原発の安全性をめぐって争われた訴訟で、最高裁が1992年に出した判決。「周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にもおこらないようにすること」とし、規制については「最新の科学技術水準への即応性」が求められるとしていた。
注6)
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の改訂に伴う福島第一原子力発電所および福島第二原子力発電所の耐震安全性評価の延期について 2008年12月8日
注7)
開示文書 文書番号 231 RE【保安院】福島評価書案 p.1