学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

随筆 クモのある部屋

2007-08-28 22:12:28 | Weblog
夜。往来を行く車も少なくなり、虫の音がいっそう聞こえるようになった。虫の音はどこか淋しげで、早くも秋のわびしさがそこはかとなく感じられる。時折吹く風もきわめて涼しく、そんな風にススキがそよそよとなびいている。季節が夏から秋に変わるときほど、さびしいものはない。それまで賑わっていた何かが少しずつ消えうせてしまうような感覚がある。

今、部屋の中にいるのは私と一匹の虫である。その虫は、残念ながら美しい音色を奏でることはない。なにしろ、クモなのだから。天井に張り付いたきり、ほとんど動かない。人間と同じでクモも動かない方が楽なのかもしれない。ただ、人間の場合は、それを怠惰という。

私はクモが嫌いである。私の実家は、夏場になると異様にクモが繁殖する。そのたびごとに私はクモを退治していた。だが、あるとき突然退治するのがいやになってしまった。あまりに増殖しすぎて、もう勝手にしたらいい、と私は根負けしたのだった。以来、クモを見るたびに心持が悪くなる。

そういえば、子供の頃に呼んだ昔話で「夜のクモは縁起が悪い」と書いてあったのをふと思い出した。なんでも夜に現れるクモの正体は、妖怪なのだそうだ。妖怪が、家を偵察に来ているという話である。そう考えると、我が部屋もいよいよ妖怪に狙わるはめになったらしい。しかし、狙われる理由がわからない。

天井のクモが少しずつ動き出した。ゆらりゆらりと揺れながら、糸をたどって、カーテンのほうへ向かっている。どうも偵察がすんだらしい。どんな報告がなされるのか知る由もないが、きっとろくなことは言うまい。

こうして再び部屋には私一人が残された。私の心持を悪くするクモではあるが、いなくなればなったで、少し寂しい感もある。ここで動いているのは、私だけ。人間、心細いと虫にすら友情を求めたがる。