(1)武田薬品工業は、2011年、研究部門(医薬研究本部PRD)の機能と人材を大阪とつくばから湘南の1か所に集約した。
2013年6月28日・・・・武田の定時株主総会から2日後、湘南研究所(神奈川県)の講堂に研究所所属の管理職258人が招集された。PRD1,200人(国内)のトップ丸山哲行・本部長は、社内の名称「幹部社員」に対してプレゼンテーションを始めた。
話の大半は、革新的な新薬を創出するには組織改革が必要で、適材適所の体制にしたい、というもので、「幹部社員」には想定内のものだった。しかし、プレゼンの最後に「マネジメントのポストを約20%削減する」と伝えられた瞬間、会場に緊張が走った。現258ポストのうち50ポストを減らす・・・・。
(2)マイクをバトンタッチされた人材開発室長が詳細な説明に入った。
幹部社員ポストについてジョブポスティング(社会公募)を実施する。この会議終了後、席に戻るとパソコンにメールが届いている。メールには幹部社員しかアクセスできないURLが張り付けられていて、クリックすると新しい組織図を見ることができる。幹部社員は組織図にあるポストから自分が希望するポストに応募する。選考は夏のうちに終了し、11月から新組織体制が開始される、うんぬん。
Q:あぶれた者はどうなるのか?
A:PRD以外でポジションを探します。
(3)(2)と同じ日、PRD所属の全社員に「強靱な新組織体制」を年内に始動するというメッセージをしたためた文書2枚が配布された。
幹部ポスト削減については、「幹部社員ポジションの再配置による組織効率化」とボカした文言が記されていた。幹部社員による椅子取り合戦が始まることを知る一般社員は、少なかった。
(4)PRD所属社員が異変に気づいたのは8月ごろだ。毎年数人が退職する頃だ。この年は、ジョブポスティングにおける第一弾の選考結果が出た頃だ。
第一弾は6月28日に始まった。7月4日までに、副部長級のリサーチマネージャー(RM)やグループマネージャー(GM)の公募申請が受理された。
書類選考、面接を経て、7月18日までに選考結果が応募者に通知され、8月1日に選考結果に伴う人事異動が発令された。
RMは個室を与えられることが多く、新任者へ個室を明け渡す旧RMの姿を目にした社員たちに動揺が走った。
(5)7月18日から、第二弾として、200数十人(RMやGMの選考に漏れた幹部社員を含む)を対象に、課長級の主席研究員と主席部員のポスト公募が始まった。選考結果は、9月9日以降に通知された。
(6)(5)でもあぶれた幹部社員には、異動先候補となる他部署のポストが提示された。しかし、そのほとんどが厳しい条件付きだった。特定の専門知識や経験が求められ、全員が異動できるだけの十分なポストは用意されていなかった。
異動もかなわない彼らに提案されたのは、割増金を受け取る早期退職だった。
社外に行くあてのある幹部社員たちは、続々と会社を去って行った。
行き先のない者には、年内まで引き継ぎと称する席が維持された。ただし、年明け以降は会社からの要請がない限り出社するに及ばない、と告げられた。通勤のための定期券も与えられなかった。在籍期限の3月末までは転職活動を行うよう指示された。
(7)人員削減は、当初の目標以上の「成果」をあげた。この1年間にPRDを去った社員数は100人超だ(推定)。
人員削減を盛り込んだ組織最適化プロジェクトが内々に始動したのは、2012年後半のこと。外資系製薬会社出身の日本人が中心になって、PRDの各所に対して食事会などを通じたヒアリングが幾度となく行われた。情報収集を通じて上層部は、終了すべきプロジェクト、リストラ対象となる幹部社員を絞り込んでいったらしい。「削減したポストと幹部社員の選別は的を射ていた」【PRD所属社員】
(8)それまでにも、研究の生産性を向上させるために組織が改革されていた。
(a)2011年、疾患領域ごとに予算やリソースを持たせて意思決定の責任を明確化した「ドラッグ・ディスカバリー・ユニット(DDU)」を創設した。
(b)2012年、外部の研究機関から優秀な研究者を招いて共同研究する「湘南インキュベーションラボ」を始めた。
(9)(8)が具体的な成果を出すまでには時間がかかる。もっと切り込んだ組織改革が必要であった。
ジョブポスティングは組織を硬直化させずにチャレンジ精神を生む手法の一つだ。結果を出せないプロジェクトの打ち切りや人員削減も経営にすれば当然考えられる選択肢だ。早期退職者に対する割増金は最大で給与60か月分と十分に手厚かった。
それら一つ一つは妥当だった、とも言える。
しかし、やり方に問題があった。ジョブポスティングに絡ませて首切りし、その行為をひた隠しにした。ために、「会社で何か問題を起こしたのではないかと疑われ、転職活動がままならなかった幹部社員(ポスト喪失)もいる。
(10)「人員削減を目的とした取り組みは、PRDを含めて国内では実施していないし、今後も予定していない」と武田広報はいう。
PRDにおける人員削減プロジェクトで実働部隊となったのはPRDの人材開発室だった。
製造部門(医薬製造本部)にも、2013年7月、人材開発室が新設された。
なぜ公明正大に早期退職募集を行わないのか。
他部門の社員も、人事異動の情報を通じて人員削減に気づいているが、詳細不明のため不信感がつのるばかり。
公に人員を削減して社内のモチベーションを落としたくない、という思いが働いたとすると、目論見は大ハズレ。別の理由があるならば、それこそ問題だ。
□白井真粧美・大矢博之・佐藤寛(本誌)「研究所で管理職が大量に退職 ひた隠しにされた首切りの全貌 ~新薬が生めない国内基盤の弱体化~」(「週刊ダイヤモンド」2014年6月28日号)
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2013年6月28日・・・・武田の定時株主総会から2日後、湘南研究所(神奈川県)の講堂に研究所所属の管理職258人が招集された。PRD1,200人(国内)のトップ丸山哲行・本部長は、社内の名称「幹部社員」に対してプレゼンテーションを始めた。
話の大半は、革新的な新薬を創出するには組織改革が必要で、適材適所の体制にしたい、というもので、「幹部社員」には想定内のものだった。しかし、プレゼンの最後に「マネジメントのポストを約20%削減する」と伝えられた瞬間、会場に緊張が走った。現258ポストのうち50ポストを減らす・・・・。
(2)マイクをバトンタッチされた人材開発室長が詳細な説明に入った。
幹部社員ポストについてジョブポスティング(社会公募)を実施する。この会議終了後、席に戻るとパソコンにメールが届いている。メールには幹部社員しかアクセスできないURLが張り付けられていて、クリックすると新しい組織図を見ることができる。幹部社員は組織図にあるポストから自分が希望するポストに応募する。選考は夏のうちに終了し、11月から新組織体制が開始される、うんぬん。
Q:あぶれた者はどうなるのか?
A:PRD以外でポジションを探します。
(3)(2)と同じ日、PRD所属の全社員に「強靱な新組織体制」を年内に始動するというメッセージをしたためた文書2枚が配布された。
幹部ポスト削減については、「幹部社員ポジションの再配置による組織効率化」とボカした文言が記されていた。幹部社員による椅子取り合戦が始まることを知る一般社員は、少なかった。
(4)PRD所属社員が異変に気づいたのは8月ごろだ。毎年数人が退職する頃だ。この年は、ジョブポスティングにおける第一弾の選考結果が出た頃だ。
第一弾は6月28日に始まった。7月4日までに、副部長級のリサーチマネージャー(RM)やグループマネージャー(GM)の公募申請が受理された。
書類選考、面接を経て、7月18日までに選考結果が応募者に通知され、8月1日に選考結果に伴う人事異動が発令された。
RMは個室を与えられることが多く、新任者へ個室を明け渡す旧RMの姿を目にした社員たちに動揺が走った。
(5)7月18日から、第二弾として、200数十人(RMやGMの選考に漏れた幹部社員を含む)を対象に、課長級の主席研究員と主席部員のポスト公募が始まった。選考結果は、9月9日以降に通知された。
(6)(5)でもあぶれた幹部社員には、異動先候補となる他部署のポストが提示された。しかし、そのほとんどが厳しい条件付きだった。特定の専門知識や経験が求められ、全員が異動できるだけの十分なポストは用意されていなかった。
異動もかなわない彼らに提案されたのは、割増金を受け取る早期退職だった。
社外に行くあてのある幹部社員たちは、続々と会社を去って行った。
行き先のない者には、年内まで引き継ぎと称する席が維持された。ただし、年明け以降は会社からの要請がない限り出社するに及ばない、と告げられた。通勤のための定期券も与えられなかった。在籍期限の3月末までは転職活動を行うよう指示された。
(7)人員削減は、当初の目標以上の「成果」をあげた。この1年間にPRDを去った社員数は100人超だ(推定)。
人員削減を盛り込んだ組織最適化プロジェクトが内々に始動したのは、2012年後半のこと。外資系製薬会社出身の日本人が中心になって、PRDの各所に対して食事会などを通じたヒアリングが幾度となく行われた。情報収集を通じて上層部は、終了すべきプロジェクト、リストラ対象となる幹部社員を絞り込んでいったらしい。「削減したポストと幹部社員の選別は的を射ていた」【PRD所属社員】
(8)それまでにも、研究の生産性を向上させるために組織が改革されていた。
(a)2011年、疾患領域ごとに予算やリソースを持たせて意思決定の責任を明確化した「ドラッグ・ディスカバリー・ユニット(DDU)」を創設した。
(b)2012年、外部の研究機関から優秀な研究者を招いて共同研究する「湘南インキュベーションラボ」を始めた。
(9)(8)が具体的な成果を出すまでには時間がかかる。もっと切り込んだ組織改革が必要であった。
ジョブポスティングは組織を硬直化させずにチャレンジ精神を生む手法の一つだ。結果を出せないプロジェクトの打ち切りや人員削減も経営にすれば当然考えられる選択肢だ。早期退職者に対する割増金は最大で給与60か月分と十分に手厚かった。
それら一つ一つは妥当だった、とも言える。
しかし、やり方に問題があった。ジョブポスティングに絡ませて首切りし、その行為をひた隠しにした。ために、「会社で何か問題を起こしたのではないかと疑われ、転職活動がままならなかった幹部社員(ポスト喪失)もいる。
(10)「人員削減を目的とした取り組みは、PRDを含めて国内では実施していないし、今後も予定していない」と武田広報はいう。
PRDにおける人員削減プロジェクトで実働部隊となったのはPRDの人材開発室だった。
製造部門(医薬製造本部)にも、2013年7月、人材開発室が新設された。
なぜ公明正大に早期退職募集を行わないのか。
他部門の社員も、人事異動の情報を通じて人員削減に気づいているが、詳細不明のため不信感がつのるばかり。
公に人員を削減して社内のモチベーションを落としたくない、という思いが働いたとすると、目論見は大ハズレ。別の理由があるならば、それこそ問題だ。
□白井真粧美・大矢博之・佐藤寛(本誌)「研究所で管理職が大量に退職 ひた隠しにされた首切りの全貌 ~新薬が生めない国内基盤の弱体化~」(「週刊ダイヤモンド」2014年6月28日号)
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