(1)3月5日朝、ソウル(韓国)で、マーク・リッパート駐韓米大使が、自称「愛国者」男に斬りつけられた(テロ事件)。リッパート大使は顔を80針縫う大怪我を負った。ナイフがもう少し深く刺さっていたら、頸動脈に達して生命が危険になっていた。
<リッパート米大使襲撃事件を受けて、大統領府の金寛鎮(キム・グァンジン)国家安全保障室長が5日、国家安保会議を緊急開催、今後の対策と対応を協議した。李完九(イ・ワング)首相は関係当局に対し、米国など各国の大使館・施設の警備と要人の警護に万全を期すよう指示した。
聯合ニュースによると、「主要外交官に対する深刻な襲撃事件でテロ行為ともいえる」(検察関係者)との判断から、捜査指揮はソウル中央地検の公安1部が担当。キム・ギジョン容疑者の犯行動機のほか、共犯者の有無など背後関係について捜査を進めている。
キム容疑者は2010年、日本大使にコンクリート片を投げつけた前科があるにもかかわらず、今回、米国大使に近づくことができた。
捜査当局の発表によると、キム容疑者は政治団体代表としてこの日の朝食会が開かれるとの案内を受けていたほか、米国大使館から警備要請がなかったとしている。だが、ただでさえ米韓関係がぎくしゃくする中、米要人への襲撃を防げなかったのは韓国当局の失態であり、責任問題に発展するのは避けられない。>【注1】
(2)キム容疑者は、記者団に対して、米韓合同演習への反対がテロの動機だ、と語っている。
しかし、それを額面どおりに受け止めてはならない。
韓国では最近、反米気運が急速に高まっている。そのきっかけになったのが、2月27日のシャーマン米国務次官(政治担当)の発言だ。
<シャーマン氏は特定の国を名指しせずに「国家主義的な感情が依然、利用されている」とし、政治指導者がかつての敵を中傷することで国民の歓心を買うことがないように求めた。>【注2】
冷静に分析すれば、シャーマン次官の発言は日中韓3国の指導者に対して向けられている。それにもかかわらず、韓国の政府もマスメディアも、シャーマン次官が日本寄りの立場から韓国を批判したものと見ているのだ。
事実を事実として客観的に認識できない韓国の政治的空気が、リッパート大使に対するテロ事件発生の背後にあった。
(3)最近、韓国のナショナリズムが病的徴候を示し始めている。
近現代人にとって、ナショナリズムは宗教のような機能を果たすことがある。日本でも、韓国でも、アフリカでも、自らが所属する民族(国家)のために命を捧げる行為は崇高だと受けとめられている。
ただし、ここに落とし穴がある。民族のために自らの命を捨てる覚悟をした人は、躊躇せずに他人の命を奪う傾向があるのだ。
(4)ナショナリズムとテロリズムが結び付くと厄介なことになる。
リッパート大使を襲撃したキム容疑者も、大韓民国、あるいは北韓(北挑戦)国民をも含む韓国(朝鮮)民族のために自らの命を捧げる気構えを持っている。
韓国におけるナショナリズムとテロリズムの結びつきは、日本にとっても脅威となる。
【注1】記事「朴大統領は「留守中」…またも「安全不感症」 警備要請なく逮捕男に「案内」」(産経ニュース 2015年3月5日)
【注2】記事「「日中韓首脳会談につながること期待」 米国務次官、歴史問題の解消を促す」(産経ニュース 2015年2月28日)
□佐藤優「米大使襲撃の背景にある韓国の空気 ~佐藤優の人間観察 第105回~」(「週刊現代」2015年3月28日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~」
「【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~」
「【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~」
「【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~」
「【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~」
「【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~」
「【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した」
「【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~」
「【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~」
「【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~」
「【佐藤優】米国とイランの接近 ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~」
「【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~」
「【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~」
「【佐藤優】の実践ゼミ(抄)」
「【佐藤優】の略歴」
「【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~」
「【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由」
「【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~」
「【佐藤優】戦争の時代としての21世紀」
「【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~」
「【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~」
「【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~」
「【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ」
「【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~」
「【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~」
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
<リッパート米大使襲撃事件を受けて、大統領府の金寛鎮(キム・グァンジン)国家安全保障室長が5日、国家安保会議を緊急開催、今後の対策と対応を協議した。李完九(イ・ワング)首相は関係当局に対し、米国など各国の大使館・施設の警備と要人の警護に万全を期すよう指示した。
聯合ニュースによると、「主要外交官に対する深刻な襲撃事件でテロ行為ともいえる」(検察関係者)との判断から、捜査指揮はソウル中央地検の公安1部が担当。キム・ギジョン容疑者の犯行動機のほか、共犯者の有無など背後関係について捜査を進めている。
キム容疑者は2010年、日本大使にコンクリート片を投げつけた前科があるにもかかわらず、今回、米国大使に近づくことができた。
捜査当局の発表によると、キム容疑者は政治団体代表としてこの日の朝食会が開かれるとの案内を受けていたほか、米国大使館から警備要請がなかったとしている。だが、ただでさえ米韓関係がぎくしゃくする中、米要人への襲撃を防げなかったのは韓国当局の失態であり、責任問題に発展するのは避けられない。>【注1】
(2)キム容疑者は、記者団に対して、米韓合同演習への反対がテロの動機だ、と語っている。
しかし、それを額面どおりに受け止めてはならない。
韓国では最近、反米気運が急速に高まっている。そのきっかけになったのが、2月27日のシャーマン米国務次官(政治担当)の発言だ。
<シャーマン氏は特定の国を名指しせずに「国家主義的な感情が依然、利用されている」とし、政治指導者がかつての敵を中傷することで国民の歓心を買うことがないように求めた。>【注2】
冷静に分析すれば、シャーマン次官の発言は日中韓3国の指導者に対して向けられている。それにもかかわらず、韓国の政府もマスメディアも、シャーマン次官が日本寄りの立場から韓国を批判したものと見ているのだ。
事実を事実として客観的に認識できない韓国の政治的空気が、リッパート大使に対するテロ事件発生の背後にあった。
(3)最近、韓国のナショナリズムが病的徴候を示し始めている。
近現代人にとって、ナショナリズムは宗教のような機能を果たすことがある。日本でも、韓国でも、アフリカでも、自らが所属する民族(国家)のために命を捧げる行為は崇高だと受けとめられている。
ただし、ここに落とし穴がある。民族のために自らの命を捨てる覚悟をした人は、躊躇せずに他人の命を奪う傾向があるのだ。
(4)ナショナリズムとテロリズムが結び付くと厄介なことになる。
リッパート大使を襲撃したキム容疑者も、大韓民国、あるいは北韓(北挑戦)国民をも含む韓国(朝鮮)民族のために自らの命を捧げる気構えを持っている。
韓国におけるナショナリズムとテロリズムの結びつきは、日本にとっても脅威となる。
【注1】記事「朴大統領は「留守中」…またも「安全不感症」 警備要請なく逮捕男に「案内」」(産経ニュース 2015年3月5日)
【注2】記事「「日中韓首脳会談につながること期待」 米国務次官、歴史問題の解消を促す」(産経ニュース 2015年2月28日)
□佐藤優「米大使襲撃の背景にある韓国の空気 ~佐藤優の人間観察 第105回~」(「週刊現代」2015年3月28日号)
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【参考】
「【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~」
「【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~」
「【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点」
「【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~」
「【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~」
「【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~」
「【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~」
「【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~」
「【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した」
「【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~」
「【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~」
「【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~」
「【佐藤優】米国とイランの接近 ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~」
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「【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~」
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「【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~」
「【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~」
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「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
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「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
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「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
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「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
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「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
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「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」