(1)英国では、EUからの離脱が選択された2016年6月の国民投票以降、移民の流入が減少傾向にある。2016年4月から17年3月までの1年間の移民の純流入(流入-流出)数は246,000人となり、その前の1年間(15年4月~16年3月)の327,000人から大きく減少した。
出身国別の内訳を見ると、ポーランドなど04年以降にEUに加盟した中東欧諸国からの流入鈍化が顕著である。加えて、中東欧出身者の英国からの転出も増加した結果、17年3月までの1年間の純流入数は5万人と、その前の1年間から半減した。
(2)移民の流入減少の背景。
(a)出稼ぎ先としての英国の魅力が低下したこと。昨年の国民投票以降、景気の先行きに不透明感が漂い続けていることに加え、ポンドも大きく減価したためだ。足元のポンドの対ユーロ相場は1ポンド=1.1ユーロ前後と、国民投票前と比べておよそ15%下落している。
(b)英国のEU離脱後に、在英EU市民が法的にどのような立場に置かれるかが不明確なこと。最悪の場合、現在は認められている英国での居住・就労の権利が失われる恐れがあるため、新たに英国への移住を考えるEU市民が減少しているほか、在英EU市民の帰国や他のEU加盟国への移住が増えている模様だ。
(c)中東欧出身者などに対する嫌がらせの増加も伝えられており、いわゆるヘイトクライムへの心配も少なからず影響しているようだ。
(3)中東欧からの移民は、英国で低賃金労働に従事するケースが多く、英国接客業協会によると、レストランのウエーターの75%、ホテルの客室係の37%をEU出身労働者が占める。また、農業や食品加工業も安価な移民労働力に対する依存度が高い。移民の流入減少を受け、すでに農業関係者からは人手の確保に支障が出始めているとの声が上がっている。
(4)こうした中、EU離脱後の移民受け入れ制度に関する政府文書が新聞にリークされ、さらなる動揺が広がった。
(a)移民制度を所管する内務省の内部文書とみられるこのリーク情報では、EUからの移民の大幅な流入制限を検討中であることが明らかになった。制度の厳格化は低技能労働者の移住について特に顕著で、在留期間を原則最長2年に制限することや(高技能労働者は5年)、在留資格に一定の収入要件を設けることなどが盛り込まれている。家族の呼び寄せ許可に関しても、現在よりはるかに厳しい要件を課す方針となっている。
(b)英国人労働者の優先的な採用を企業に促すため、EU出身者を雇用する企業に一定の金銭的負担を求める案も含まれている。現在でも、EU外から高技能労働者を採用する企業には1人当たり年間最大1,000ポンドの負担が課せられるが、EU出身者にも類似の制度が適用されることになる。
(c)こうした厳格化案に対して、農業や飲食業は猛反発し、壊滅的な結果をもたらしかねないと抗議の声を上げた。
(d)政府は、リーク文書に関するコメントは控え、正式案は今年中に公表されると述べるにとどめた。その内容が厳しいものであった場合、産業界からのさらなる反発を呼ぶだけでなく、EU側の態度硬化を招き、離脱交渉を一段と難航させる恐れもある。
□高山真(三菱東京UFJ銀行経済調査室ロンドン駐在)「英国のEU離脱選択で中東欧からの移民が激減/人手不足で農業は窮地に」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月7日号)
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【参考】
「【欧州】ドイツ自動車業界を襲うディーゼル締め出し判決 ~EV普及の契機となるか~」
「【欧州】身近で頻発するテロで苦境に陥る欧州の観光業 ~ISが戦術を転換~」
「【中国】住宅を入手しやすい「新一線都市」が人気 ~地方の生活水準が向上~」
「【欧州】総工費8兆円超の英高速鉄道プロジェクト ~高まる期待と漂う懸念~」
「【欧州】スペイン経済は大打撃、欧州金融危機の再来か ~カタルーニャ独立~」
「【欧州】のゴミ箱扱いに憤慨する東欧諸国 ~深まるEUの東西分裂~」
「【英国】の地政学的優位性がBrexitで喪失 ~領内で高まる独立気運~」
「【欧州】北欧も難民入国規制強化へ ~形骸化するシェンゲン協定~」
「【スウェーデン】文化多元主義の限界 ~移民問題~」
出身国別の内訳を見ると、ポーランドなど04年以降にEUに加盟した中東欧諸国からの流入鈍化が顕著である。加えて、中東欧出身者の英国からの転出も増加した結果、17年3月までの1年間の純流入数は5万人と、その前の1年間から半減した。
(2)移民の流入減少の背景。
(a)出稼ぎ先としての英国の魅力が低下したこと。昨年の国民投票以降、景気の先行きに不透明感が漂い続けていることに加え、ポンドも大きく減価したためだ。足元のポンドの対ユーロ相場は1ポンド=1.1ユーロ前後と、国民投票前と比べておよそ15%下落している。
(b)英国のEU離脱後に、在英EU市民が法的にどのような立場に置かれるかが不明確なこと。最悪の場合、現在は認められている英国での居住・就労の権利が失われる恐れがあるため、新たに英国への移住を考えるEU市民が減少しているほか、在英EU市民の帰国や他のEU加盟国への移住が増えている模様だ。
(c)中東欧出身者などに対する嫌がらせの増加も伝えられており、いわゆるヘイトクライムへの心配も少なからず影響しているようだ。
(3)中東欧からの移民は、英国で低賃金労働に従事するケースが多く、英国接客業協会によると、レストランのウエーターの75%、ホテルの客室係の37%をEU出身労働者が占める。また、農業や食品加工業も安価な移民労働力に対する依存度が高い。移民の流入減少を受け、すでに農業関係者からは人手の確保に支障が出始めているとの声が上がっている。
(4)こうした中、EU離脱後の移民受け入れ制度に関する政府文書が新聞にリークされ、さらなる動揺が広がった。
(a)移民制度を所管する内務省の内部文書とみられるこのリーク情報では、EUからの移民の大幅な流入制限を検討中であることが明らかになった。制度の厳格化は低技能労働者の移住について特に顕著で、在留期間を原則最長2年に制限することや(高技能労働者は5年)、在留資格に一定の収入要件を設けることなどが盛り込まれている。家族の呼び寄せ許可に関しても、現在よりはるかに厳しい要件を課す方針となっている。
(b)英国人労働者の優先的な採用を企業に促すため、EU出身者を雇用する企業に一定の金銭的負担を求める案も含まれている。現在でも、EU外から高技能労働者を採用する企業には1人当たり年間最大1,000ポンドの負担が課せられるが、EU出身者にも類似の制度が適用されることになる。
(c)こうした厳格化案に対して、農業や飲食業は猛反発し、壊滅的な結果をもたらしかねないと抗議の声を上げた。
(d)政府は、リーク文書に関するコメントは控え、正式案は今年中に公表されると述べるにとどめた。その内容が厳しいものであった場合、産業界からのさらなる反発を呼ぶだけでなく、EU側の態度硬化を招き、離脱交渉を一段と難航させる恐れもある。
□高山真(三菱東京UFJ銀行経済調査室ロンドン駐在)「英国のEU離脱選択で中東欧からの移民が激減/人手不足で農業は窮地に」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月7日号)
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【参考】
「【欧州】ドイツ自動車業界を襲うディーゼル締め出し判決 ~EV普及の契機となるか~」
「【欧州】身近で頻発するテロで苦境に陥る欧州の観光業 ~ISが戦術を転換~」
「【中国】住宅を入手しやすい「新一線都市」が人気 ~地方の生活水準が向上~」
「【欧州】総工費8兆円超の英高速鉄道プロジェクト ~高まる期待と漂う懸念~」
「【欧州】スペイン経済は大打撃、欧州金融危機の再来か ~カタルーニャ独立~」
「【欧州】のゴミ箱扱いに憤慨する東欧諸国 ~深まるEUの東西分裂~」
「【英国】の地政学的優位性がBrexitで喪失 ~領内で高まる独立気運~」
「【欧州】北欧も難民入国規制強化へ ~形骸化するシェンゲン協定~」
「【スウェーデン】文化多元主義の限界 ~移民問題~」