語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【米国】サンオノフレ原発の核廃棄物移転を訴えた地域住民が“勝った”理由

2017年10月21日 | 社会
 (1)カリフォルニア州サンディエゴからほど近い、絶好のサーフスポットがある美しい海岸沿いにサンオノフレ原子力発電所がある。
 原発のすぐ横にあるビーチでは、家族連れやサーファーたちが水しぶきと歓声を上げて楽しむ。その海岸からわずか数十メートルの距離の土地に保管されているのが、1600トン近い高濃度核廃棄物だ。
 サンオノフレ原発自体は5年前に稼働を休止したが、地震や津波によって核廃棄物が海や周辺地域に流れ出すのを恐れていた住民たちは、原発を運営する電力会社、南カリフォルニア・エジソン社を訴え、原発の敷地にある核廃棄物を他所に移してほしいと要求した。
 そして8月末にエジソン社が、全ての核廃棄物を他所に移す努力を約束する和解が成立した。
 「この国の原発が、核廃棄物を他所に移すと約束したのは歴史上初めて。勝訴に等しい和解だ」と話すのは、訴訟を起こした市民団体、シチズンズ・オーバーサイト代表のレイ・ルッツ氏だ。核廃棄物を移す場所の候補地は、アリゾナ州などの人の住まない砂漠地帯になりそうだという。

 (2)しかし、なぜ巨大な電力会社を相手に、地域住民が“勝てた”のか。ルッツ氏は米国で大きく報道された福島原発事故の影響もあるとしながら、こう語った。「実はエジソン社も高濃度の核廃棄物をあんな所に置いたままで、万一の時、責任を問われたくなかった。そもそも、米エネルギー省が核廃棄物を引き取るはずだったが、その約束は実行されなかったし」。
 “あんな所”と彼が表現する場所を実際に歩いてみた。原発の建物と核廃棄物保管場所のすぐ横には高速道路のⅠ-5が走り、ひっきりなしに車が往来する。週末には道路は海水浴客で大渋滞だった。さらに原発や核廃棄物保管場所とⅠ-5の間には線路が敷かれ、列車が走っている。
 「これだけ人通りの激しい場所に高濃度の核廃棄物を置いてること自体クレイジーでしょ」と語るのは、住民のマッジ・トレスさん(67歳)だ。原発から37キロメートル地点に住む彼女は「地震や津波で放射能汚染が起きたら、20年近くローンを払い続けたわが家の価値はゼロになる。自宅だけが引退した私の唯一の財産なのに」と言う。
 エジソン社は核廃棄物移転に掛かる費用を400万ドルまで支払うことを約束したが、エジソン社の懐は痛まないはずだとトレスさんは言う。「廃炉にする費用も、核廃棄物処理の費用も、月々の電気代に上乗せされていて、ずっと私たち消費者が払ってきたから」。

 (3)和解に際し、エジソン社の社長は「政府や株主と協力して他所に(廃棄物の)ストレージを造る指揮を執る」とコメントを出した。
 小学校教師だったトレスさんは、1970年代に小学4年生の生徒たちを連れてサンオノフレ原発を社会科見学で訪れたことを思い出す。「ピエロに扮装したマジシャンが出てきて、子どもたちに『放射能は空気中に消えるから安全だよ』と言ったのが忘れられない」。
 地元サーフライダー財団のジェニファー・サベージさんはこう語る。「一刻も早く海岸線から放射能汚染の危険をなくしてほしい。有数のサーフスポットであるサンオノフレのビーチを楽しむサーファーの健康を守るためにも」。

□長野美穂(ロサンゼルス在住ジャーナリスト)「サンオノフレ原発の核廃棄物移転を訴えた地域住民が“勝った”理由」(「週刊ダイヤモンド」2017年10月21日号)
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