2021年9月17日(金)北海道出張5日目最終日、寂しい単身赴任先へ帰宅すべく
活気溢れる朝の札幌駅に至った。
乗車するは札幌8時32分発の函館行き 北斗6号だ。
ホームに出たら旭川行きのライラックが見えた。
北斗6号はこれである。列車は定刻に札幌を出発、車中ウトウトして
気づいたら洞爺に停まっていた。
洞爺を過ぎて左手風景
そのうち噴火湾が見えてきた。
北海道駒ヶ岳を見て
その後大沼公園に到着、次が降車する新函館北斗だ。
さて、ウクライナ関連ニュースの多くは大本営発表ではないかと感じさせるロシア国内の報道であるが
ロシアのコメルサント紙記者を経てLenta.ruというインターネット新聞の編集長となったが解雇されたガリーナ ティムチェンコという女性がラトビアに立ち上げたMeduzaというインターネット新聞が報じた記事、3月3日につるした拙ブログネタ、ロシア紙ノーバヤガゼータが報じたダマされたというロシア兵の記事に似ていたのでご紹介する。自動翻訳なので誤訳があるかもしれぬがご容赦賜りたく、以下概略。
ロシア国防省とウラジミールプーチンは、徴兵はウクライナで戦わないと言っているが、これは完全にウソである。ここに、息子がウクライナで捕らえられた父親の独白があります。 シャルフィ オブドビチェク取材
息子ですが、彼は健康上の理由で徴兵猶予されていましたが、その後健康が回復したため2021年6月に徴兵され、運転兵兼整備兵としてチタで訓練を受け、その後ナロフォミンスクへ。それから演習に参加し始めたようで、ヴォロネジ、ベルゴロド、クルスクと移動しました。
今年の2月22日に電話で話した時には志願書類にサインしろと言われたが軍には残りたくなかったと拒否したのだが、いつの間にかサインしたことになっていたそうです。息子は演習に行くと言っていました。-父、ソビルジョン・ムスタファエフ
彼は本当に徴兵された兵でした。私(筆者記:記者?)は捕虜になったロシア兵らののビデオを見てみましたが、志願したと言ってましたが彼らは真実を知らされておらず、それは演習ではなく戦争だったのです。
↓ウクライナ軍の捕虜となったダムール・ムスタファエフ青年の動画
Мустафаев Дамур Собиржанович, 18.02.1999г. Новосибирск в/ч5198, пленный
筆者はロシア語を解さぬので、何を言っているのかわからぬし、本人の意思で話しているのか、脅されてしゃべっているのかも判断できぬ。
しかし顔出しで動画サイトに出ているので本物のロシア兵捕虜ではあろう、偽のロシア兵捕虜ならすぐにばれるはずで、ウクライナ軍もそんな小細工はせぬだろう。
そして彼の父親の独白が真実であるならば、プー沈とその一味は大ウソつきという事になるが、果たして真実はいかに。
ともあれムスタファエフ青年をはじめ、ロシア兵捕虜が人道的に扱われ、無事家族のもとに戻れるようにと思うのである。
活気溢れる朝の札幌駅に至った。
乗車するは札幌8時32分発の函館行き 北斗6号だ。
ホームに出たら旭川行きのライラックが見えた。
北斗6号はこれである。列車は定刻に札幌を出発、車中ウトウトして
気づいたら洞爺に停まっていた。
洞爺を過ぎて左手風景
そのうち噴火湾が見えてきた。
北海道駒ヶ岳を見て
その後大沼公園に到着、次が降車する新函館北斗だ。
さて、ウクライナ関連ニュースの多くは大本営発表ではないかと感じさせるロシア国内の報道であるが
ロシアのコメルサント紙記者を経てLenta.ruというインターネット新聞の編集長となったが解雇されたガリーナ ティムチェンコという女性がラトビアに立ち上げたMeduzaというインターネット新聞が報じた記事、3月3日につるした拙ブログネタ、ロシア紙ノーバヤガゼータが報じたダマされたというロシア兵の記事に似ていたのでご紹介する。自動翻訳なので誤訳があるかもしれぬがご容赦賜りたく、以下概略。
ロシア国防省とウラジミールプーチンは、徴兵はウクライナで戦わないと言っているが、これは完全にウソである。ここに、息子がウクライナで捕らえられた父親の独白があります。 シャルフィ オブドビチェク取材
息子ですが、彼は健康上の理由で徴兵猶予されていましたが、その後健康が回復したため2021年6月に徴兵され、運転兵兼整備兵としてチタで訓練を受け、その後ナロフォミンスクへ。それから演習に参加し始めたようで、ヴォロネジ、ベルゴロド、クルスクと移動しました。
今年の2月22日に電話で話した時には志願書類にサインしろと言われたが軍には残りたくなかったと拒否したのだが、いつの間にかサインしたことになっていたそうです。息子は演習に行くと言っていました。-父、ソビルジョン・ムスタファエフ
彼は本当に徴兵された兵でした。私(筆者記:記者?)は捕虜になったロシア兵らののビデオを見てみましたが、志願したと言ってましたが彼らは真実を知らされておらず、それは演習ではなく戦争だったのです。
↓ウクライナ軍の捕虜となったダムール・ムスタファエフ青年の動画
Мустафаев Дамур Собиржанович, 18.02.1999г. Новосибирск в/ч5198, пленный
筆者はロシア語を解さぬので、何を言っているのかわからぬし、本人の意思で話しているのか、脅されてしゃべっているのかも判断できぬ。
しかし顔出しで動画サイトに出ているので本物のロシア兵捕虜ではあろう、偽のロシア兵捕虜ならすぐにばれるはずで、ウクライナ軍もそんな小細工はせぬだろう。
そして彼の父親の独白が真実であるならば、プー沈とその一味は大ウソつきという事になるが、果たして真実はいかに。
ともあれムスタファエフ青年をはじめ、ロシア兵捕虜が人道的に扱われ、無事家族のもとに戻れるようにと思うのである。