台風26号は各地に大きな爪痕を残しましたが、皆様のところはいかがでしたでしょうか。被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
今日は五感世界について、もう少し補足してみたい。
大概、この五感世界に皆,自信を持っているようで確かに見た、聞いた、これが現実だと思い込んでいる。ところが澤木興道老師の言葉に次のようなのがある。
「よう真実、真実というが俺の見た真実でしかない」
目で見た現実というのは、自分の目の癖で自分の視点からその時の光線加減によって物の表面を見たに過ぎない。
光線が目に飛び込んでも近視、遠視、老眼、乱視等眼に異常があると網膜に像が正常に結ばれない。網膜にも盲点があり剥離があったり、脳への伝達路にも脳の情報処理にも必ずしも正常と言えない。
五感というものは思っているほど確かなものではない。
そして、自分の都合に合わせて見たいものに焦点を合わせるようなことを日常茶飯に行っているのだから、まあ、いい加減なものでしかない。
それに外界の状況は把握する時、どうしても物理的壁が立ちはだかっている。たとえば、落雷を例にとってみると、まず稲妻が光り時間をおいて雷鳴が轟く、その認識にはどうしてもタイムラグが出てきてしまう。
光った時が落雷の瞬間かというと光線といえども届くまでには時間がかかっているし、網膜に結んだ像を脳に送り認識に至るまで頭の中で時間がかかっている。
太陽を見た場合だと、見えている太陽は8分ちょっと前のものだし、その時現実の太陽は既に位置を変えてしまっている。
今ある太陽は絶対見ることはできない。その位置するところは想像するしかない。
そんな太陽や雷が自分の体験する太陽であり雷である。それは自分の外の現実をいえるものではなく自分が作り出した内なる現実なのである。
そんな自己世界を生きるしかないのである。そんないい加減なものは駄目だ、何とか真実の世界を知ろうとするともうそこに自分の手が加わったものになってしまっているのである。