漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

音符「楽ガク・ラク」<元はクヌギの木>と「薬ヤク」「櫟レキ」「礫レキ」「轢レキ」「爍シャク」「鑠シャク」

2024年09月15日 | 漢字の音符
  増訂しました。
[樂] ガク・ラク・たのしい・たのしむ  木部 lè・yuè・yào・lào
 
解字 甲骨文は「木(き)+二つの糸束」に従う。すでに白を加えた字体もある。甲骨文字辞典は「字源は諸説あるが、甲骨文字には地名の用法しか見られないため明らかにすることは難しい」とする。金文は白が加わった樂になった。意味は[簡明金文詞典]によると、すでに、①音楽。②享楽。喜悦。③人名、になっている。金文の字体に木を加えた櫟レキは「クヌギの木」の意味である。甲骨文で地名の意味だったのは、クヌギの生えている土地の名と私は推定するが、なぜ金文で突然、音楽・享楽の意味になったのか? その理由のひとつは発音が異なる字となったことである。クヌギの発音が櫟レキに対し、樂はラク・ガクになった。樂ラクと櫟レキはラ行であることから、レキ⇒ラクへの変化は起こりやすい。ラクの借音(発音を借りて他の意味を表す)の方法で「たのしい」意味への変化がおこり、その後ガクの発音で音楽の意味になったのではなかろうか。
 篆文もほぼ同じ形を引き継いでいるが、[説文解字]は「五聲(声)と八音の緫名(総称)。(上部は)鼓鞞コヘイ(太鼓と小鼓)を象(かたど)り。木は鼓を掛ける虡(台)也(なり)」とするのは、音楽の意味になった後の「こじつけ」である。清末・民国の学者・羅振玉は「絲に従い木の上に坿(つ)ける。(楽器の)琴と瑟シツ之(の)象也(なり)。或は白を增す。以て調弦之器を象る」と解説しているが、これも楽器の意味とするこじつけである。
 私見では、木の上の「幺白幺」は、真ん中の白がドングリ、左右の幺幺は天蚕がつくる糸束すなわち繭(まゆ)である。詳しい説明は櫟レキをご覧いただきたい。
意味 Ⅰ:ガクの音。(1)音のしらべ。「音楽オンガク」「楽譜ガクフ」(2)かなでる。「楽人ガクジン」「楽器ガッキ」 Ⅱ:ラクの音。(3)たのしい(楽しい)。たのしむ(楽しむ)。こころよい。「快楽カイラク」「安楽アンラク」(4)[国]らく(楽)。①たやすい。「仕事が楽だ」②千秋楽センシュウラク(相撲・歌舞伎など興業の最終日)の略。

イメージ
 「借音(当て字)」
(楽)
  元の意味である「くぬぎ」(櫟)
  クヌギの実(ドングリ)は「こつぶ・小さい」(礫・轢)
 「形声字」(薬・爍・鑠)
 音の変化  ガク・ラク:楽  シャク:爍・鑠  ヤク:薬  レキ:櫟・礫・轢

くぬぎ
 レキ・ヤク・くぬぎ  木部 lì・yuè

クヌギ(「さがの樹木図鑑」より)
解字 「木(き)+樂(くぬぎ)」の会意形声。樂は、もともとクヌギの意味であったが地名に用いられていた。クヌギは大木になる木であり目立つことからクヌギのある場所として地名になっていたと思われる。しかし、金文から樂が音楽・楽しい意味となったので、木をつけて元の意味を表した。故に、この字には木が二つある。[説文解字]は「木也。木に従い樂の聲(声)」とするが、[同注]は「櫟木也。秦の人謂う。柞櫟サクレキを櫟と爲す」とし、柞サク(ナラ・クヌギなどの総称)と結び付けて説明している。

皇后さま皇居で伝統の「山つけ」(ANNnewsCH)
(2018/5/2毎日新聞)皇后さまは2日、皇居内の養蚕施設で「天蚕(てんさん)」と呼ばれる野生種のカイコの卵を、餌となるクヌギの枝に取り付ける「山つけ」をされた。皇室では明治以降、代々の皇后が春から夏にかけて養蚕の作業を続けている。来年4月末に天皇陛下が退位されるため、皇后さまの養蚕は今年が最後になる。

緑色をしている天蚕
意味 (1)くぬぎ(櫟)。ブナ科コナラ属の落葉樹。高さ15m、径60㎝をこえる大木になる。橡・櫪とも書く。屋内で蚕を飼育する家蚕(かさん)が行われる以前から、野外でクヌギの葉にヤママユガ(天蚕の成長した蛾。葉に卵を産み付ける)を付けて飼育する方法が行われていた。その場合はクヌギの幹を根もとの少し上で切り、そこから若枝を輪生させて用いる。実はドングリとよばれ、直径2センチほどの球形、あく抜きをすると食べられる。日本の縄文時代に食用とされた。それ以外は薪や炭の原料となるが無用の材とされていた。「櫟樗レキチョ」(クヌギとニワウルシ。ともに大きいが役に立たない木。転じて、役に立たない人)「苞櫟ホウレキ」(うっそうとしたクヌギ林)(2)[国]いちい(櫟)。いちいがし。イチイ科の常緑高木。(3)地名。初出は金文。「櫟陽レキヨウ」(秦の都だった都市。陝西省の渭水北岸にあった)

クヌギの実「しろうと自然科学者の自然観察日記」より
 レキ・つぶて  石部 lì
解字 「石(いし)+樂(=櫟。くぬぎの実)」の会意形声。ころころした小粒の櫟の実のような石。
意味 つぶて(礫・飛礫)。こいし。いしころ。石つぶて。小石を投げること。「礫石レキセキ」(河原などの小さな石)「砂礫サレキ」(砂と小石。また、つぶて)「礫岩レキガン」(礫が堆積して砂などとともに堅い岩のようになったもの)「瓦礫ガレキ」(①瓦の破片と小石。②価値のないもの)「飛礫ヒレキ」(つぶて)
 レキ・ひく  車部 lì
解字 「車(くるま)+樂(=礫。石ころ」の会意形声。車が通るとき車輪により石が砕けて小さくなること。また、車が通る音。
意味 (1)ひく(轢く)。ふみにじる。「轢死レキシ」(車輪に轢かれて死ぬ) (2)きしる(轢る)。きしむ。すれあう。「軋轢アツレキ」(人の仲が悪くなること)

形声字
 ヤク・くすり  艸部 yào 
解字 「艸(草木)+楽(ラク⇒ヤク)」の形声。[説文解字]は「病を治す艸(くさ)也(なり)」とし薬草をいう。草木を材料に調合した漢方系のクスリ。
意味 (1)くすり(薬)。「薬草ヤクソウ」「薬餌ヤクジ」(薬と食べ物)「薬石ヤクセキ」(薬と鍼はり[石針])(2)化学効果をおこす粉末状のもの。「火薬カヤク」「弾薬ダンヤク
 シャク・とかす  金部 shuò
解字 「金(金属)+樂(ラク⇒シャク)」の形声。金属をとかすことを鑠シャクという。[説文解字]は「金を銷(とか)す也(なり)。金に従い樂の聲(声)。(発音は)書藥切(シャク)」とする。
意味 (1)とかす(鑠す)。とろかす。金属をとかす。「鑠金シャクキン」(2)光かがやく。「鑠鑠シャクシャク」(3)「矍鑠カクシャク」とは、年老いてなお意気盛んなさまをいう。
 シャク・ひかる・とかす  火部 shuò 
解字 「火(ひ)+樂(ラク⇒シャク)」の形声。火のように光ることを爍シャクという。また鑠シャク(とかす)に通じ、火でとかす意味がある。
意味 (1)ひかる(爍る)。「灼爍シャクシャク」(明るく照り輝くさま)「閃爍センシャク」(きらめき輝くこと)(2)とかす。「焦爍ショウシャク」(やけとける)
<紫色は常用漢字>

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