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真っ白のキウイ、NZキウイ保護の希望の星に

2011-07-19 | 先住民族関連
afpbb.com 2011年07月18日 14:55 

発信地:マウントブルース/ニュージーランド
【7月18日 AFP】ニュージーランド北島のプカハ(Pukaha)自然保護区には、息をひそめて白いキウイの登場を待ちわびる数百人の人々の姿があった。先住民族のマオリ(Maori)人たちにとって、この鳥は神聖な存在でもある。
 白色のキウイが登場すると、群衆からは一斉にため息がこぼれた。そのため息は、マオリ人たちのような神聖な意味合いではなく、その鳥の愛らしさがもたらしたもののようだ。
 そのオスのキウイは、白いテニスボールに、細長いくちばしと3本の指を持つがっしりとした足がついた姿。名前は「マヌクラ(Manukura)」。マオリ語で「主たる地位の」という意味の言葉からとられた。5月1日にウェリントン(Wellington)北部の同保護区で誕生した、飼育下で生まれた初めての白色のキウイだ。
 ニュージーランドを象徴する動物であるキウイは、オコジョやネズミ、フェレットなど外来の捕食動物の脅威にさらされ、絶滅が危ぶまれている。だが、プカハ保護区のキャシー・ホーカモー(Kathy Houkamau)氏によると、白いキウイの誕生で、キウイ保護に対する関心がこれまでになかったほどに高まっているという。マヌクラはキウイ保護活動のシンボルになりつつある。
「マヌクラは、キウイ全体のPR役として活躍している。白いキウイはとても珍しく、多くの関心が集まっている。多くの人がプカハやキウイ全体に関心を持ち始めている」(キャシー・ホーカモー氏)
■国際的な注目集める
 通常、キウイは茶色の羽毛を持つが、マヌクラはもともと羽毛に白い斑点を持った系統から生まれた。「アルビノ(先天性の色素欠乏)ではない。持っていた劣性遺伝子で、全身が白になった」と、保護区警備員のトム・スタッドホルム(Tom Studholme)氏は語る。「(全身白のキウイが)次にいつ生まれるのかは分からない。来年も白いキウイが生まれるかもしれないし、今後50年、100年生まれないかもしれない」
 スタッドホルム氏によると、マヌクラの誕生はマオリ人たちにとって祝うべき出来事だった。マオリ人たちは、白いキウイを「新たな始まり」や「再生」のしるしと考えている。「地元部族にとって、文化的に非常に大きな意味がある」と、スタッドホルム氏は説明する。部族の長老たちは、マヌクラが生まれてすぐに祭礼を行って祝福したという。
 長老たちの祭礼は科学的なキウイの繁殖プログラムを行なっているプカハ保護区にも祝福をもたらしたようだ。2005~10年までのキウイのヒナの誕生数は年平均2羽だったが、ことしはすでに14羽も誕生している。
 ホーカモー氏によると、過去2か月でマヌクラを見ることのできる日の来場者数は、普段の日の倍になった。「白いヒナが生まれたことで、ここは何もかもが変わった。突然、国際的な注目を集め、みんながマヌクラを見たいと思った」と、ホーカモー氏は述べ、「わたしは世界をマヌクラ以前とマヌクラ以後というふうに考えるようになっている」と語った。(c)AFP/Erica Berenstein
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2813884/7501996?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics

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【白老】奥山市長ら仙台交流団が歴史姉妹都市30周年で来町

2011-07-19 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報 2011年 7/18)

 白老町との歴史姉妹都市提携30周年を記念し、結成された仙台市の市長、市議会議長らの交流団が16日に来町。藩士の墓や仙台藩白老元陣屋資料館など、同市ゆかりの地を訪ねたほか、震災復興を願う数々のセレモニーも行われ、節目の交流は「祈り」と「感謝」に包まれた。
 両市の姉妹都市関係は江戸時代、ロシアの南下政策に脅威を感じた幕府が東北諸藩に蝦夷地警備を命令し、このうち白老から道東、国後、択捉を管轄した仙台藩が、活動拠点となる「元陣屋」を1856年に築いたのがきっかけ。姉妹都市提携後はスポーツ少年団交流などが行われている。
 今回、白老を訪れたのは奥山恵美子市長、野田譲市議会議長、青沼一民教育長ら5人。一行は最初に、白老で命を落とした仙台藩関係者が眠る「藩士墓地」(緑町)で供養祭を行い、仙台藩白老元陣屋資料館(陣屋町)では、藩士らが仙台から持ち込んだアカマツのうち、町民グループの保存運動によって唯一現存する木の子孫となる苗木を植樹。奥山市長は「仙台では沿岸のクロマツ並木が津波でほぼ壊滅したが、必ず復活させたいと思っている。(姉妹都市で)こうした活動ができるのは、とてもうれしい」と語った。
 続いて訪れたアイヌ民族博物館(若草町)では、東日本大震災で被災した仙台市のため、同館が特別に用意した儀式「復興のカムイノミ」を挙行。お神酒には宮城県の地酒を使用し、アイヌ民族が信仰する自然界の神々へ、ふたたび震災が起こらないよう祈りをささげた。
 飴谷長蔵町長は「今回の祈りに込めた思いはわれわれも同じ。今後も子供たちと同様、白老に何度も足を運んでいただければ」と交流の深化に期待を寄せ、奥山市長は「町民の方々の温かい思いを、被災された市民の方々にお届けしたい」と感謝の気持ちを示していた。
http://www.tomamin.co.jp/2011s/s11071801.html

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