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鯨肉はイスラム教徒の観光客のため?

2014-11-28 | 先住民族関連
VOR ロシアの声-27.11.2014, 16:05
日本は、約1年間の捕鯨モラトリアムのあと、「研究」プログラムの枠内における南極海での新たな捕鯨計画を発表した。今年3月、国際司法裁判所(ICJ)は、南極海での捕鯨中止を命じる判決を下した。
日本はICJの判決に従うと約束したが、最近、南極海での新たな鯨類調査計画案「NEWREP-A」を発表した。「NEWREP-A」は、以前の調査捕鯨計画「JARPA II」に代わるもので、捕鯨範囲が大幅に拡大されている。日本の捕鯨調査が、これまでは主にオーストラリアかニュージーランドから南の海域で行われていたとしたら、新たな計画では、その活動範囲が、南大西洋と太平洋の南東部の南極沿岸部の3分の2にまで及んでいる。
新計画では、捕鯨砲を使用して「研究という名のものとに」捕鯨の対象となるクロミンククジラの目標獲得数が333頭に減らされるが、水産庁によると、「捕獲調査において重要な要素となる「性成熟年齢」の算出に必要な年齢情報は、現時点においては非致死的調査によって取得することが不可能であり、致死的調査が必要」だという。
国際捕鯨委員会(IWC)は1986年、鯨の商業捕鯨を禁止した。1994年には、南極海に鯨類保護区が設置された。IWCの決議によると、捕鯨を伴うあらゆる「研究」プログラムは、事前に委員会の承認を得なければならない。
日本のマスコミは、日本政府が18日に、新たな研究計画をIWCに提出したと報じた。IFAW(国際動物福祉基金)ロシア支部のアンナ・フィリッポワ専門家は、委員会が承諾する前の今冬にも捕鯨が再開される可能性があると危惧し、次のように語っている。
「捕鯨は、複数の国に一定の捕獲枠が認められている先住民族の生存捕鯨によって動機付けられていることがある。日本は、研究目的の捕鯨を主張している。だが私たちが暮らしているのは21世紀だ。現代の学問には、鯨の致死的調査ではなく、殺さずにすむ調査方法がある。例えば、極東のサハリンにはコククジラの観測グループがいる。観測グループは、海に出て鯨の生態組織検査をしている。すなわち、組織サンプルが必要であれば、はるかに生き物を尊重した方法がある。槍などを使って組織の一部をとれば、鯨を死に追いやることはない。DNAの分析や、その他の調査であれば、これで十分だ。鯨の生息数調査では、現代の無人機が使用されている。日本が研究のために数百頭以上の鯨を殺さなければならないとしたら、私は、日本が鯨に関してどのような研究をしているのか理解できない。これは、環境や現代科学の視点からみて非常に奇妙だ。鯨肉が日本の伝統的な食文化に含まれているという情報を考慮しても納得できない。数多くの調査や世論調査などでは、現代の日本では鯨肉の需要がないことが示されている。少なくとも、捕鯨されている量の需要はない。これは、日本で誰かが強く働きかけている商業プロジェクトではないかという疑いを抱かせる。」
明らかになったところによると、鯨肉は、アラブ諸国やマレーシアなどのイスラム教徒の観光客を日本へ誘致するための一つの手段になっているという。日本捕鯨協会は昨年、ハラルの認証を取得し、イスラム教徒に許可された牛肉と同じ栄養価を持つ鯨肉を市場に送り出している。複数の情報によると、日本にはイスラム教徒がおよそ10万人いるが、ハラル品をメニューに加えるレストランが増えており、すでにハラルとして認められた鯨肉を出すレストランもあるという。
なお、日本では26-27日、ハラルに関する国際フォーラム・展示会「JAPAN HALAL EXPO 2014」が開催された。
http://japanese.ruvr.ru/2014_11_27/280580840/

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牛乳でお腹ゴロゴロしない人は欧州やアフリカのDNA継承か

2014-11-28 | アイヌ民族関連
NEWSポストセブン-2014.11.27 07:00
 われわれの祖先はどのように日本に渡り、どのように変貌したのか。最先端のDNA分析により得られた新事実を、ヒトゲノムによって日本人の起源を探る研究の第一人者、国立遺伝学研究所の斎藤成也教授が明かす。
 * * * 
 DNA分析という手法の開発により、分子生物学によって日本人のルーツを探る研究は劇的に進歩した。DNAは「たんぱく質の設計図」とされる物質で、親から子に遺伝情報を継承する。DNAの変異が身体機能の差異に現れることがある。そこから自分のルーツとなる集団を類推することもできる。
 たとえば、日本人の瞳の色は茶色がスタンダードでこれは東アジアで共通だが、現代人のDNA分析から推定すると、縄文人は青い瞳だったかもしれない。
 耳垢には、かさかさ型(乾型)としっとり型(湿型)の2種類あるが、これもDNAの特定箇所が関わっている。日本人を含む東アジアの集団では乾型が多いが、欧州ではほとんどが湿型だ。アイヌ人と沖縄人も湿型の頻度が高い。世間では「乾型が弥生系で、湿型が縄文系」などといわれているが、当たらずとも遠からずと言えるだろう。ちなみに、耳垢遺伝子の近傍に腋臭遺伝子があるようで、耳垢が湿型の場合、腋臭が強いという相関もある。
 お酒に対する耐性は、アルコールから生じるアルデヒドの分解酵素を作るDNAに関わり、お酒に弱い人はこの部分が変異している。欧州と比べると、中国南部や朝鮮半島、日本にはこの変異したDNAを持つ人が多い。弥生人は酒に弱かったのかもしれない。
 昔から日本人は牛乳に弱いと言われているが、牛乳を飲んでもお腹がゴロゴロとしない人は、授乳期を過ぎても乳糖分解酵素を作り続けられるからで、これは変異したDNAをもっているからだ。古くから牧畜文化があった欧州やアフリカでは、集団によって70~80%に達する。一方、牧畜文化を持たなかった日本人は15%ほどだ。牛乳を飲んでもお腹が下らない人は、欧州やアフリカからDNAを引き継いでいる可能性もある。
※SAPIO2014年12月号
http://www.news-postseven.com/archives/20141127_285312.html

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<読書>ムクゲの頬づえ…困難に屈しない強い心

2014-11-28 | アイヌ民族関連
民団新聞 2014-11-26
 1934年、北海道・小樽で生まれた李正雨さんが、80年におよぶ波乱の人生を綴った自叙伝を自費出版した。本書で李さんは「K子」として登場する。
 在日韓国人2世のK子は、小学校に入学早々、クラスの同級生や担任からいじめにあい、転校した室蘭の小学校でも疎外感を味わった。ある日、校長が口にしたアイヌに対する差別用語を聞いた途端、朝鮮人とアイヌは人間扱いされていないと痛感する。その深い傷がK子のエネルギーになったという。
 小学校5年生の時、太平洋戦争が激化し、母親らと祖母の暮らす釜山へ疎開したが、竹の子生活で慢性的な栄養失調だった。この頃から大学に行くと決めていた。それは父や母の苦労を見てきたからだ。1950年6月25日、韓国戦争が勃発する。帰日するために乗った密航船が拿捕され、鳥取の収容所を経て、大村収容所に収容されたこともある。
 北海道大学卒業後、3つの高校で計30年間、教壇に立ったが、さまざまな理由から圧力を受け続け、3校とも辞めさせられている。現在、民団室蘭支部の婦人会顧問として開設したハングル教室や、室蘭市役所の委託を受けて始まったハングルの集中講座などで教えている。その行動力と困難に屈しないK子の強い心に見習いたい。
李正雨著 自費出版 (1500円 税込) 0143(85)8262
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?corner=6&page=1&subpage=3410

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登別の資料館で特別展「山田秀三とアイヌ語地名」開催

2014-11-28 | アイヌ民族関連
室蘭民報 【2014年11月27日(木)朝刊】
アイヌ語地名研究の第一人者・山田秀三に焦点を当てた郷土資料館特別展
 登別市郷土資料館特別展「山田秀三とアイヌ語地名」が26日から、片倉町の同資料館で始まった。初代北海道曹達社長で、北海道・東北のアイヌ語地名研究の第一人者。道内各地で企画展が展開されてきたが「最もゆかりのある登別」では初開催。登別を中心とした研究資料や著書が来場者の注目を集めている。
 登別市、道立アイヌ民族文化研究センター共催。山田(1899~1992年)は東京生まれ。東京帝大法学部を経て農商務省、商工省などに勤務し、1945年(昭和20年)に退官。49年、幌別の北海道曹達設立に当たり、請われて社長に就任。会長、相談役を務めた。
 41年に着任した仙台鉱山監督局長時代に東北の地名に関心を持った。戦後は自ら「道楽」と称して、東北や北海道のアイヌ語地名を調査。金田一京助の紹介を受け、登別市出身のアイヌ語学者・知里真志保と知り合い、生涯を通じて深い交友を結んだ。
 特別展では、センターが所蔵する登別関連の調査記録や地図など実物資料41点のほか、パネル資料47点が展示されている。著書「北海道の地名」にある、「富浦」や「来馬」などの地名を紹介するパネルが多数並ぶ。現地調査のスケッチが見事。
 山田の研究は、同型・同類の地名を現地も含めて詳細に調べ、そのことから地名の意味や特徴を明らかにする手法が特徴だが、一例として登別の岡志別川を切り口に、東北などの同型地名について紹介した文献の一部にも焦点を当てた。
 また、山田が真志保と知り合った当初は「一高の10年後輩だが取っつきにくい難しい顔をした男」と感じながらも、研究を通じて距離を縮め、気持ちが「信頼」へと変化していったエピソードなども文献引用の形で紹介されている。
 1月25日までロングラン開催する。入館料190円(大人)が必要。
(鞠子理人)

【写真=アイヌ語地名研究の第一人者・山田秀三に焦点を当てた郷土資料館特別展】
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2014/11/27/20141127m_05.html

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白老の本年度上半期観光入り込み4年連続増加

2014-11-28 | アイヌ民族関連
室蘭民報 【2014年11月27日(木)朝刊】
 白老町を2014年度(平成26年度)上半期(4~9月)に訪れた観光客は103万5329人で、前年同期を5391人、0・5%上回った。増加は4年連続。宿泊客は4・6%増、日帰り客は0・4%増だった。
 町がまとめた。過去6年間の上半期をみると、08、09年度は110万人台で推移、10年度は102万人台に落ち込み、13年度まで4年連続して102万人台だった。今シーズンは103万人台となり、対前年同期を13年度同様0・5%上回った。宿泊客は4万2230人(前年同期比4・6%増)、日帰り客は99万3099人(同0・4%増)。
 地区別では、虎杖浜温泉地区が54万3051人(同6・1%増)。「飲食店・土産」は32・5%増加し、特に海産物を販売する大型土産店は60・1%の大幅増となった。タイや韓国などアジア圏からの観光客を中心に客数を伸ばし、国内をメーンにする施設はタラコ詰め放題など体験メニューが浸透してきたことも増加要因となった。
 「海産物ロード」は28・6%増。虎杖浜温泉や登別温泉の宿泊施設からの立ち寄りのほか、JR北海道など民間企業との連携事業も効果を挙げた。虎杖浜竹浦観光連合会による3大まつりやご当地メニュー販売による集客効果もみられた。
 ホテル・旅館の宿泊客は3万8969人(同1・6%増)、日帰り客は9万2288人(同13・1%減)。町は「施設単体での宣伝活動がなかなかできないことも少なからず減少要因になっている」とみている。
 社台から北吉原にかけての白老地区は49万2278人(同5・0%減)。アイヌ民族博物館を中心とした「文化・歴史」は12万2114人(同1・0%増)、「飲食店・土産」は17万4545人(同3・3%減)、「まつり・イベント」は9万8336人(同13・4%減)。荒天によって白老牛肉まつりの来場者が1万8500人減の3万1500人にとどまったことなどが減少要因となった。
 宿泊客は3261人(同63・2%増)。小規模旅館は工事関係者の連泊が目立ち、富裕層向けの高級ホテルは国内の個人客、アジア圏の観光客が増えた。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2014/11/27/20141127m_08.html

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