アートアジェンダ 2020/11/04
木綿切伏刺繍衣裳(部分) 北海道アイヌ 19世紀 日本民藝館蔵
「民芸」の名に相応しい1936年竣工の趣ある建物、日本民藝館。この秋、特別展「アイヌの美しき手仕事」を開催中である。
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「アイヌの美しき手仕事」
開催美術館:日本民藝館
開催期間: 2020年9月15日(火)~2020年11月23日(月・祝)
北海道出身の自分にとってアイヌは身近な存在である。「札幌」という地名もアイヌ語を漢字で当てたに過ぎない。自身は学生時代から、魅力的なアイヌ文化に積極的に関わってきた方だが、歴史的経緯から暗黙のタブーとして触れられない世代・地域もいまだに残る。
今回久々に都内でアイヌ文化に触れられることを楽しみに、秋晴れの休日に一人、東京・駒場の閑静な住宅街へ足を延ばした。コロナ禍への対策か、現在は土足ではなく、靴カバーを渡されて板張りの館内に足を踏み入れた。
主に特別展示は2階部分で、階段から上る壁面には、アットゥㇱ(厚司)など北海道アイヌ及び樺太アイヌの衣裳が展示されている。同じ北方といえども地域によって植生が違うため使われる素材も異なり、そこから型や意匠の多様性に発展したのだろうと、地域の比較にも想像を巡らせる。
鑑賞中に一つ思い出したのが、北海道での大学時代に受けたアイヌに関する講義。「アットゥㇱの文様は、魔除けの意味が込められている。また、あえて左右対称にならないようにこっそり一部変えてあるものがある」という説明があった。アイヌ文化に誇りを持つ恩師の声を頭で再生しながらアットゥㇱを眺めていったが、自身の記憶違いなのか、実際は左右対称の文様ばかりで、なかなかこっそり違う文様が見つけられずにいた。
民藝館は創設者の柳宗悦や、今回の展示品の多くを所蔵する染色家芹沢銈介らにより、戦前からアイヌ工芸展を開催してきた。そのため、今回もアイヌの「手仕事」に特化して展示をしている。
アイヌを語るとき、和人(主に本州以南に居住していた日本民族を指す)との歴史、特に同化政策によってもたらされた差別・偏見、そしてマイノリティとしての現状の課題について論じられることが多い。その一方で、特に北海道ではアイヌの木彫・刺繍・音楽などを、昭和の観光ブームでの土産物から、芸術文化作品として扱う動きが進んできた。現在は札幌駅にある木彫りアート・イランカラㇷ゚テ像や、アイヌ文化の情報空間として2019年3月に札幌駅地下通路にオープンした「ミナパ」に鎮座する大きな梟像など、身近にアイヌ芸術を感じられるようになってきている。加えて本年2020年に国立アイヌ民族博物館を擁する民族共生象徴空間「ウポポイ」が北海道・白老(しらおい)に開業した。コロナ禍においても開業2ヵ月で7万人が入場している。
近年は、樺太アイヌの歴史小説で直木賞受賞作品の「熱源」や、アイヌ文化の緻密な描写が話題の冒険漫画「ゴールデンカムイ」など、柔らかくポップなイメージが拡がりつつある。北海道では「ゴールデンカムイ」のスタンプラリーや、漫画の原画展などにもコスプレをした観光客が多く訪れている。行政においては2019年に施行されたアイヌ新法制定など、一部東京五輪開催時に政府が先住民族政策をアピールしたいパフォーマンスと見る見方もあるが、どちらにせよアイヌが注目されていることに違いはない。
今回の展示ではアイヌとは何ぞやという説明が少なく、単純に「アイヌの民芸文化を堪能する」という主旨を前面に感じた。あえて言うなら、アイヌ語や外国人向けに英語表記のキャプションもあると良いが、図録の巻頭にはアイヌ語、英語での挨拶文も収録されている。個人的には、映像のアーカイブも興味深く、自身が訪れた日は木彫職人貝澤守氏のインタビューが流れていた。一度、アイヌの人々が多く暮らす北海道・二風谷(にぶたに)訪問時に、酒席の中心にいた強面ながら陽気な守氏にご挨拶をさせていただいたことがある。今回映像の中の職人守氏は飾らない言葉で自身の思いを訥々と語っていた。その言葉の余韻とともにイタ(木盆)を見ると、今まで地道に伝承されてきたアイヌの手仕事の歴史が心に入り込んでくる。
アイヌに対する歴史的な経緯の相互理解のみならず、共生における権利や法整備に関し、日本は先進国の中でも大幅に後れを取っている。日本政府がアイヌを先住民族であると法的に認めたのは2019年、昨年のことである。まだまだ全国区での認識や注目度が低い中、今回のような展示を通じてアイヌに関心を持ち、アイヌ文化の魅力を今に伝える白老、二風谷、阿寒(あかん)などへ足を延ばす人々、そしてアイヌの現状課題に目を向ける人々が増えていくことが、アイヌを題材とした展示、メディアの役割だと感じている。
現在東京・渋谷で公開されている映画「アイヌモシㇼ」は、現代社会のアイヌの少年のアイデンティティにおける葛藤を瑞々しく描いている。
映画『アイヌモシリ』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=2v4Do7YBIV4&feature=emb_logo
リリー・フランキーなどのゲスト出演者以外は、全員アイヌ出身の人々がキャスティングされている。アイヌ観光地・阿寒で和人が放つ「あなたアイヌなの?」「日本語うまいですね」という無邪気な無知が、淡々と切り取られている。 「無関心は最大の罪」と言うが、自分も含め、その関心を惹起させてくれるこういった展示やコンテンツが増えていくことを願ってやまない。
様々な思いを巡らせながら、広間の展示をゆっくり眺め、階段につながる壁面に出ると、とても気持ちの良い風合いのアットゥㇱが飾られていて、思わず足を止めて見入った。よく見ると、一番下の文様の色だけ上下が逆になっている。あ、左右非対称、と気付いた瞬間、そのアットゥㇱに魔除けの願いを込めて縫っている女性、そして袖を通して北方の風の中を駆けるアイヌの青年が生き生きと目に浮かんできた。
「民芸」とは「人々の暮らしの中の芸術」である。一つ一つの民芸品の背後にあるアイヌの人々の笑顔、歌声、苦悩、悲哀。アイヌの歴史における光と影が、民芸品を通じて語りかけてくる。そんな想像をしながら、是非「アイヌの美しき手仕事」を堪能してほしい。
澁谷 政治 プロフィール
北海道札幌市出身。大学院では、民族文化と観光開発に関する研究論文にて観光学の修士課程を修了。アイヌ文化をテーマとして、二風谷、阿寒などのほか、サハリン(樺太)や沖縄など広く訪問し研究調査を行った。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、特にシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。
https://www.artagenda.jp/feature/news/20201103
木綿切伏刺繍衣裳(部分) 北海道アイヌ 19世紀 日本民藝館蔵
「民芸」の名に相応しい1936年竣工の趣ある建物、日本民藝館。この秋、特別展「アイヌの美しき手仕事」を開催中である。
美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ 展覧会情報
「アイヌの美しき手仕事」
開催美術館:日本民藝館
開催期間: 2020年9月15日(火)~2020年11月23日(月・祝)
北海道出身の自分にとってアイヌは身近な存在である。「札幌」という地名もアイヌ語を漢字で当てたに過ぎない。自身は学生時代から、魅力的なアイヌ文化に積極的に関わってきた方だが、歴史的経緯から暗黙のタブーとして触れられない世代・地域もいまだに残る。
今回久々に都内でアイヌ文化に触れられることを楽しみに、秋晴れの休日に一人、東京・駒場の閑静な住宅街へ足を延ばした。コロナ禍への対策か、現在は土足ではなく、靴カバーを渡されて板張りの館内に足を踏み入れた。
主に特別展示は2階部分で、階段から上る壁面には、アットゥㇱ(厚司)など北海道アイヌ及び樺太アイヌの衣裳が展示されている。同じ北方といえども地域によって植生が違うため使われる素材も異なり、そこから型や意匠の多様性に発展したのだろうと、地域の比較にも想像を巡らせる。
鑑賞中に一つ思い出したのが、北海道での大学時代に受けたアイヌに関する講義。「アットゥㇱの文様は、魔除けの意味が込められている。また、あえて左右対称にならないようにこっそり一部変えてあるものがある」という説明があった。アイヌ文化に誇りを持つ恩師の声を頭で再生しながらアットゥㇱを眺めていったが、自身の記憶違いなのか、実際は左右対称の文様ばかりで、なかなかこっそり違う文様が見つけられずにいた。
民藝館は創設者の柳宗悦や、今回の展示品の多くを所蔵する染色家芹沢銈介らにより、戦前からアイヌ工芸展を開催してきた。そのため、今回もアイヌの「手仕事」に特化して展示をしている。
アイヌを語るとき、和人(主に本州以南に居住していた日本民族を指す)との歴史、特に同化政策によってもたらされた差別・偏見、そしてマイノリティとしての現状の課題について論じられることが多い。その一方で、特に北海道ではアイヌの木彫・刺繍・音楽などを、昭和の観光ブームでの土産物から、芸術文化作品として扱う動きが進んできた。現在は札幌駅にある木彫りアート・イランカラㇷ゚テ像や、アイヌ文化の情報空間として2019年3月に札幌駅地下通路にオープンした「ミナパ」に鎮座する大きな梟像など、身近にアイヌ芸術を感じられるようになってきている。加えて本年2020年に国立アイヌ民族博物館を擁する民族共生象徴空間「ウポポイ」が北海道・白老(しらおい)に開業した。コロナ禍においても開業2ヵ月で7万人が入場している。
近年は、樺太アイヌの歴史小説で直木賞受賞作品の「熱源」や、アイヌ文化の緻密な描写が話題の冒険漫画「ゴールデンカムイ」など、柔らかくポップなイメージが拡がりつつある。北海道では「ゴールデンカムイ」のスタンプラリーや、漫画の原画展などにもコスプレをした観光客が多く訪れている。行政においては2019年に施行されたアイヌ新法制定など、一部東京五輪開催時に政府が先住民族政策をアピールしたいパフォーマンスと見る見方もあるが、どちらにせよアイヌが注目されていることに違いはない。
今回の展示ではアイヌとは何ぞやという説明が少なく、単純に「アイヌの民芸文化を堪能する」という主旨を前面に感じた。あえて言うなら、アイヌ語や外国人向けに英語表記のキャプションもあると良いが、図録の巻頭にはアイヌ語、英語での挨拶文も収録されている。個人的には、映像のアーカイブも興味深く、自身が訪れた日は木彫職人貝澤守氏のインタビューが流れていた。一度、アイヌの人々が多く暮らす北海道・二風谷(にぶたに)訪問時に、酒席の中心にいた強面ながら陽気な守氏にご挨拶をさせていただいたことがある。今回映像の中の職人守氏は飾らない言葉で自身の思いを訥々と語っていた。その言葉の余韻とともにイタ(木盆)を見ると、今まで地道に伝承されてきたアイヌの手仕事の歴史が心に入り込んでくる。
アイヌに対する歴史的な経緯の相互理解のみならず、共生における権利や法整備に関し、日本は先進国の中でも大幅に後れを取っている。日本政府がアイヌを先住民族であると法的に認めたのは2019年、昨年のことである。まだまだ全国区での認識や注目度が低い中、今回のような展示を通じてアイヌに関心を持ち、アイヌ文化の魅力を今に伝える白老、二風谷、阿寒(あかん)などへ足を延ばす人々、そしてアイヌの現状課題に目を向ける人々が増えていくことが、アイヌを題材とした展示、メディアの役割だと感じている。
現在東京・渋谷で公開されている映画「アイヌモシㇼ」は、現代社会のアイヌの少年のアイデンティティにおける葛藤を瑞々しく描いている。
映画『アイヌモシリ』予告編
https://www.youtube.com/watch?v=2v4Do7YBIV4&feature=emb_logo
リリー・フランキーなどのゲスト出演者以外は、全員アイヌ出身の人々がキャスティングされている。アイヌ観光地・阿寒で和人が放つ「あなたアイヌなの?」「日本語うまいですね」という無邪気な無知が、淡々と切り取られている。 「無関心は最大の罪」と言うが、自分も含め、その関心を惹起させてくれるこういった展示やコンテンツが増えていくことを願ってやまない。
様々な思いを巡らせながら、広間の展示をゆっくり眺め、階段につながる壁面に出ると、とても気持ちの良い風合いのアットゥㇱが飾られていて、思わず足を止めて見入った。よく見ると、一番下の文様の色だけ上下が逆になっている。あ、左右非対称、と気付いた瞬間、そのアットゥㇱに魔除けの願いを込めて縫っている女性、そして袖を通して北方の風の中を駆けるアイヌの青年が生き生きと目に浮かんできた。
「民芸」とは「人々の暮らしの中の芸術」である。一つ一つの民芸品の背後にあるアイヌの人々の笑顔、歌声、苦悩、悲哀。アイヌの歴史における光と影が、民芸品を通じて語りかけてくる。そんな想像をしながら、是非「アイヌの美しき手仕事」を堪能してほしい。
澁谷 政治 プロフィール
北海道札幌市出身。大学院では、民族文化と観光開発に関する研究論文にて観光学の修士課程を修了。アイヌ文化をテーマとして、二風谷、阿寒などのほか、サハリン(樺太)や沖縄など広く訪問し研究調査を行った。現在は、国際協力に関連する仕事に携わっており、中央アジアや西アフリカなどの駐在経験を通じて、特にシルクロードやイスラム文化などにも関心を持つ。
https://www.artagenda.jp/feature/news/20201103