NHK 2020年11月10日

10月28日に「ほっとニュース北海道」で放送した 「マレーシア宣教師 アイヌ語で伝える思い」を取材した 釧路放送局カメラマンの川畑直也です。ご紹介したマレーシア人の男性は 11月に白老町で開かれるイタカンロー(アイヌ語弁論大会)に外国人でただひとり出場します。なぜアイヌ語を熱心に勉強するのか? そして大会で伝えたい思いは何なのか?わたしの問いにマシューさんは信念が宿ったその瞳でまっすぐレンズを見つめながら答えてくれました。今回の取材を通して、わたしはマシューさんから大切なことを学びました。
宣教師のマシュー・チン・メイマンさん
「 イランカラプテ」(こんにちは)とやわらかい口調でアイヌ語のあいさつをしてくれたのはマレーシア出身のマシュー・チン・メイマンさん(30)です。現在、釧路市で日本語とともにアイヌ語の勉強をしています。取材当初、私はアイヌ語を勉強しなくてもアイヌの伝統・文化を学べるのではないか、という気持ちでした。なぜマシューさんはアイヌ語にこだわるのか取材したいと思いました。
ことし(2020年)5月、釧路市に宣教師としてやって来たマシューさん。ふだんは釧路近郊のいくつかのキリスト教会で布教活動をしたり、外国人技能実習生などの生活支援を無償でしています。礼拝ではさまざまな国から来た参加者が聖書や賛美歌を理解できるように、日本語や英語の翻訳文を作成するなどしてサポートしています。
アイヌ語との出会い
マシューさんがアイヌ語に出会ったのはマレーシアの神学校時代です。北海道の布教活動から戻ってきた先輩の宣教師から「アイヌ」の存在について聞きました。初めてアイヌ語を聞いたときにおじいさんやおばあさんが孫に優しく語りかけるような優しく、やわらかいことばの響きに魅了されたと言います。そして、アイヌ語が文字ではなく、口承で伝えられていることに興味を持ちました。実際にアイヌの人と交流しながら、ことばや文化を学ぶべきだと思い、釧路に来ることを決心しました。実際に現地で生活することになぜこだわるのか?話を伺うとマシューさんの母国での経験がありました。
母語の大切さを学んだ母国での経験
マシューさんの生まれたマレーシアは多民族国家です。マレー系や中国系、それにインド系の人々など20以上の民族が一緒に生活しています。言語もマレー語、中国語、英語、タミール語が広く使われています。それぞれの民族が大切にしているのは幼いときから自然に学んだ「母語」です。中華系マレーシア人のマシューさんは中国語の方言のひとつ「福州語」を母語にしています。少数の民族であっても「母語」を大切にすることで、それぞれの民族の独自の文化や伝統を理解し合うことができるとマシューさんは母国で学びました。
「母語」は自分の情感を伝えるためにいちばんのことばだと思うとマシューさんは話します。釧路で生活しながら、アイヌ語を学ぶ理由がわかってきました。ことばを学ぶとともにアイヌの方々を敬い、少しでも理解したいという思いでした。
「ショウスウミンゾク コㇿ イタㇰ ネ コㇿカイ、ネア ウタリ コㇿ イタㇰ シカマ ヒ エアㇻキンネ パセ アリク・ヤイヌ」(少数民族の言語であっても、彼らの母語の保持はとても重要だと考えています)
マシューさん 家族との生活
マシューさんはマレーシア人の奥さんと日本にやってきました。ことしの10月には娘の「リフカ」さんが産まれました。マシューさんはアイヌ語講座などにリフカさんと一緒に参加して学びたいと話しています。そしてリフカさんが大人になったときに日常的にアイヌ語を聞くことができる環境になればと願っています。
「アイヌイタㇰ タネ ヤウンモシㇼ タ アン マチヤ ウサ レストラン(イペウシ) ウサ コウテキ ウㇱケ オㇿ ア・ヌ カイ エアㇱカイ ヒ キ ルスイ」(アイヌ語が近いうちに北海道の街でレストランや公的な場所などで聞けることを望みます)
アイヌ語を積極的に学び弁論大会へ
マシューさんは釧路市でさまざまなアイヌ語の講座に参加しています。釧路アイヌ語の会、アイヌ文化懇話会、そしてトンコリ(アイヌ伝統の弦楽器)の練習に参加しています。アイヌ語の基礎から神話の日本語訳まで、熱心にことばや文化を学んでいます。現在は11月28日に白老町で開かれるイタカンロー(アイヌ語弁論大会)の準備に追われています。母国での経験とともに北海道で学び、経験したことを盛り込んだ発表にしたいと考えています。
アイヌの人は「母語」をどう考えるのか
アイヌの人たちはアイヌ語をどう思っているのか。弁論大会に向けて直接話を聞くことにしました。マシューさんは前日の夜はよく眠れなかったと話していました。アイヌの方たちと自分の考えに大きな隔たりがあるのではないか?不安と緊張のなか「アイヌ語」についての質問を考えていました。
この日向かったのはアイヌのひとびとが多く暮らしている阿寒湖畔です。その1人、西田正男さん(にしだ・まさお・74歳)がいるポンチセ(小さな家)を訪ねました。小さい時から阿寒で育ち、アイヌの伝統舞踊や文化の伝承を中心となってきました。西田さんはアイヌ語を勉強しているというマシューさんにアイヌ語の奥深さを伝えます。
西田正男さん「イランカラプテを知っていますか? こんにちはという意味です。細かく分析するとすてきな意味が込められています。「イ」 はあなた、「ラン」は心、「カラプ」はふれる、「テ」はなになにさせてもらうです。本当は軽々しく使うことばではない、とても大事なことばであなたの心にふれさせてもらうという意味が込められています。」
アイヌ語の深さを感じたマシューさんは実際日常的にアイヌ語を話しているのかどうか聞きました。西田さんからは「日常的に使うことはない。アイヌ語を話さなくても日本語で会話が通じるので必要性が少ない」と言われます。
そしてマシューさんはアイヌ語を伝承することの大切さについて西田さんの意見を聞きました。
西田正男さん 「ことばはとても大事だと思います。その民族にとって、ことばがなくなるとその民族の存在感がなくなる、民族にとってことばというのは命です」
マシューさんは自らが「母語」を大切にする気持ちと西田さんの考えが一致していることを知ることが出来ました。マシューさんは11月の弁論大会では民族のいのちである「母語」を守る必要性を訴えたいとの思いを強くしました。
「ボゴ アナㇰネ ウサ ミンゾク コㇿ ドクジセイノショウチョウ ネ ワ、コㇿ イタㇰ イミンピ アクス、ネ ミンゾク コㇿ プリ カイ ア・ヌカㇻ カ ソモ キ。 アシㇼ サン パㇰノ シカマ クニネ ア・キ クニㇷ゚ ネ」(母語は各民族の独自性の象徴であって、言語が消えるとその民族の文化も見えなくなる。次世代まで継承するべきものです。)
マシューさんが問いかけるもの
マシューさんはわたしたち以上にアイヌを知りたい、尊重したいと異国の地でアイヌ語を学びながら生活しています。今回の取材を通してわたしはマシューさんから
あなたたちはほんとうにアイヌのひとびとについて深く考えていますか?
と問いかけられているように感じました。
(取材・撮影:釧路放送局 川畑直也カメラマン)
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