北海道新聞07/03 05:00

2012年の衆院選に立候補した際に着用した民族衣装を見つめる島崎直美さん
参院選の公示から1週間がたとうとしていた6月28日、札幌市中央区に住むアイヌ民族の島崎直美さん(63)は立候補者の主張が並んだ新聞記事を読みながら嘆いた。「アイヌ民族に絡む課題を考えている候補者がいない。せめて少数者に寄り添った政治を考えている人は誰だろう」
論戦のテーマは道内でも物価高騰や安全保障問題が中心。投開票まで1週間と迫った今も、アイヌ民族政策を話題にする候補者はほとんどいない。
胆振管内むかわ町出身の島崎さんは、2012年の衆院選でアイヌ民族の権利回復を目指す政治団体「アイヌ民族党」の候補者として道9区(胆振、日高管内)に出馬した経験がある。「アイヌ民族はもちろん、さまざまな立場の人が生きやすい社会にしたい」との思いだった。
結果は得票数7千票あまりで落選。アイヌ民族や障害者らの暮らしを改善したい思いは届かず、残ったのは供託金や選挙資金のために周囲や知人に借りた数百万円の借金だった。
あれから10年。国のアイヌ政策は進展しているように見える。19年にはアイヌ民族を日本の先住民族と初めて明記したアイヌ施策推進法が施行された。20年に胆振管内白老町に文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開業し、文化の伝承や発信は動きだした。
注目されるようになったが、21年3月にテレビの情報番組で、昔からある差別表現が流れた。インターネットでは、アイヌ民族の存在を否定する誤った投稿が後を絶たない。島崎さんの親族には差別を恐れて、アイヌ民族だということを今も隠す人もいる。だからこそ、「誰もが差別されず、自分自身でいられる社会になってほしい」と望む。
20年の内閣府の調査で、アイヌ民族が日本の先住民族だと「知っている」と答えた人は全国で初めて9割を超えた。一方で、強制移住や狩猟の禁止など、明治時代以降の国策がアイヌ民族に厳しい生活を強いた歴史を理解している人は4割台。生活基盤を奪われ、国が生み出した貧困に苦しむ世帯はいまだに多い。
現状を改善する一つの方策は、アイヌ民族の議員を国会に送り込み、国を動かすことだ。先住民族の政治参加の重要性は、07年に国連で採択されて日本も賛成した「先住民族の権利に関する国連宣言」でも触れられている。先住民族政策の先進国ニュージーランドは、先住民族マオリの特別議席を設けている。
しかし日本では、アイヌ民族の国会議員はこれまで、1994年に参院議員となった故・萱野茂さん=日高管内平取町出身=しかいない。その後の国政選挙でもアイヌ民族が立候補したことはあったが、議席は獲得できなかった。
萱野さんの次男でアイヌ民族党代表の萱野志朗さん(64)は「多額の供託金を準備できないため、候補を立てることは難しい」と明かす。アイヌ民族党は2012年1月の結党時から国会での議席確保を掲げているが、この2年間は新型コロナウイルス禍の影響もあり、思うような活動はできていない。権利回復などアイヌ民族の課題は国政の場でこそ議論が必要だと考えているが、「資金がない人は立候補すらできない選挙制度が足かせになっている」と話す。
アイヌ民族に立ちはだかる国政への壁。日高管内新ひだか町でアイヌ文化伝承や権利回復に長年取り組んできた葛野次雄さん(68)は「国のアイヌ政策が変わっても民族を取り巻く環境は厳しく、貧困や差別などの課題は山積している」と指摘する。アイヌ民族の苦悩を理解する政治家の誕生。切なる願いだ。(田鍋里奈)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/701134

2012年の衆院選に立候補した際に着用した民族衣装を見つめる島崎直美さん
参院選の公示から1週間がたとうとしていた6月28日、札幌市中央区に住むアイヌ民族の島崎直美さん(63)は立候補者の主張が並んだ新聞記事を読みながら嘆いた。「アイヌ民族に絡む課題を考えている候補者がいない。せめて少数者に寄り添った政治を考えている人は誰だろう」
論戦のテーマは道内でも物価高騰や安全保障問題が中心。投開票まで1週間と迫った今も、アイヌ民族政策を話題にする候補者はほとんどいない。
胆振管内むかわ町出身の島崎さんは、2012年の衆院選でアイヌ民族の権利回復を目指す政治団体「アイヌ民族党」の候補者として道9区(胆振、日高管内)に出馬した経験がある。「アイヌ民族はもちろん、さまざまな立場の人が生きやすい社会にしたい」との思いだった。
結果は得票数7千票あまりで落選。アイヌ民族や障害者らの暮らしを改善したい思いは届かず、残ったのは供託金や選挙資金のために周囲や知人に借りた数百万円の借金だった。
あれから10年。国のアイヌ政策は進展しているように見える。19年にはアイヌ民族を日本の先住民族と初めて明記したアイヌ施策推進法が施行された。20年に胆振管内白老町に文化復興拠点「民族共生象徴空間(ウポポイ)」が開業し、文化の伝承や発信は動きだした。
注目されるようになったが、21年3月にテレビの情報番組で、昔からある差別表現が流れた。インターネットでは、アイヌ民族の存在を否定する誤った投稿が後を絶たない。島崎さんの親族には差別を恐れて、アイヌ民族だということを今も隠す人もいる。だからこそ、「誰もが差別されず、自分自身でいられる社会になってほしい」と望む。
20年の内閣府の調査で、アイヌ民族が日本の先住民族だと「知っている」と答えた人は全国で初めて9割を超えた。一方で、強制移住や狩猟の禁止など、明治時代以降の国策がアイヌ民族に厳しい生活を強いた歴史を理解している人は4割台。生活基盤を奪われ、国が生み出した貧困に苦しむ世帯はいまだに多い。
現状を改善する一つの方策は、アイヌ民族の議員を国会に送り込み、国を動かすことだ。先住民族の政治参加の重要性は、07年に国連で採択されて日本も賛成した「先住民族の権利に関する国連宣言」でも触れられている。先住民族政策の先進国ニュージーランドは、先住民族マオリの特別議席を設けている。
しかし日本では、アイヌ民族の国会議員はこれまで、1994年に参院議員となった故・萱野茂さん=日高管内平取町出身=しかいない。その後の国政選挙でもアイヌ民族が立候補したことはあったが、議席は獲得できなかった。
萱野さんの次男でアイヌ民族党代表の萱野志朗さん(64)は「多額の供託金を準備できないため、候補を立てることは難しい」と明かす。アイヌ民族党は2012年1月の結党時から国会での議席確保を掲げているが、この2年間は新型コロナウイルス禍の影響もあり、思うような活動はできていない。権利回復などアイヌ民族の課題は国政の場でこそ議論が必要だと考えているが、「資金がない人は立候補すらできない選挙制度が足かせになっている」と話す。
アイヌ民族に立ちはだかる国政への壁。日高管内新ひだか町でアイヌ文化伝承や権利回復に長年取り組んできた葛野次雄さん(68)は「国のアイヌ政策が変わっても民族を取り巻く環境は厳しく、貧困や差別などの課題は山積している」と指摘する。アイヌ民族の苦悩を理解する政治家の誕生。切なる願いだ。(田鍋里奈)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/701134