プレジデントオンライン2/2(木) 11:17配信
赤字続きの老舗ホテルを救うにはどうすればいいのか。北海道の帯広市にある「森のスパリゾート・北海道ホテル」は「サウナ」に注力することで、赤字体質を抜け出し、全国から「サ活客」が押し寄せる人気ホテルに生まれ変わった。なぜサウナだったのか。林克彦社長に聞いた――。
■森を残すためにホテルを買収
――サウナで話題のホテルですが、林社長が経営に関わるようになったきっかけと、ホテルの歴史について教えてください。
【林克彦】十勝毎日新聞社の社長だった私の父親が、バブル崩壊後に赤字続きになってしまったホテルをどうにかできないかという相談を受けて1991年に買収しました。その後、兄が「十勝毎日新聞社」の代表に、私が「森のスパリゾート・北海道ホテル」を引き継ぐ形で社長に就任しました。
ここには当初からリスが住む森があったそうで、この土地が誰かに買われて森が壊されるのを非常に残念がった父が買い取ったと聞いています。父は仕事の傍(かたわ)ら、世界各地を旅していたこともあってか、市街地の中にある森の希少価値の高さをを知っていたんでしょうね。
前身となった「北海館」というホテルは、客室数が少ないことも赤字の原因の一つだったそうです。そこで、元の建物を覆うような形でL字型に増改築して部屋数を増やし、現在の建物の原型が出来上がりました。十勝産のレンガを60万個以上使ってアイヌ模様をあしらった重厚感のあるデザインからもおわかりいただけるかと思いますが、われわれが運営し始めてからは50代以上のお客さまが中心でした。
ただ、ご利用いただいている50代以上のお客さま頼みになってしまうと、20~30年後の存続が危うくなってしまいます。若いお客さまにも来ていただくにはどうしたらいいかといったことは、私どもの長年の課題でした。
■人口減少で結婚式の売り上げは激減
――林社長が経営に関わるようになってからサウナ導入前までの経営状況についても教えてください。
【林】私が就任した2017年は、赤字が3年ほど続いている状況でした。とくに厳しかったのは当時の収益源の中心だった「宴会」と「結婚式」で、地方の人口減少や結婚式を挙げない「ナシ婚」の流れを受けて、宴会と結婚式の件数や規模が縮小していたことが主な理由です。
宴会部門のほうは、単価や経費の見直しをすることで2019年に黒字化したものの、結婚式部門は私たちの努力だけではどうにもできない事情もあり、なかなか厳しい状態が続いていました。
そこで、飲食店とショップなど、他部門の運営も見直しました。飲食店のほうは営業日数や価格の見直しを行ったことで売り上げが約1.5倍に、ショップの売り上げは社長就任前の1.7倍になっています。その後も、ホテルの利益構造を根本から見直すために、さまざまな改革を行っていきました。
■森のブランドを活かしてファンを増やす
――単価や経費の見直し以外にも、林社長がされた改革はありますか?
【林】森のブランドを活かしたファンづくりですね。私が就任する2年前に、それまでのシティホテルから「森のスパリゾート」というコンセプトに方向転換をしていたのですが、森をいまいち活かしきれていなかったんです。
森に興味を持っていただくためにはどうしたらいいかということを考えたときに、朝食時に、レストランから森のリスがときどき見えることに気づきました。そこで、ゴールデンウィークやお盆などの大型連休の時に「朝のリスガイド」を始めたところ、お客さまに想像以上に喜んでいただけたんです。
ほかにも熊の彫刻を入り口に置くなどして、お客さまが「森」をより感じられるような工夫をしていきました。これがブランディングの第一歩でしたね。
■「森はあるけど、スパが弱い」
――まずは「森のスパリゾート」の「森」部分のイメージを強化したわけですね。
【林】「森」を強化したから、次は「スパ」だと。ただ、森はもともとあったものの見せ方を変えるだけでよかったのですが、スパはコンセプトとして打ち出すほど強くはありませんでした。温泉をせっかく持っていても、温泉目当てで来てくれるお客さんがほとんどいなかったんですよ。
前身のホテルである「北海館」に温泉を引いてから40年経っていて目新しさがないこともありますが、改装するにはお金がかかりすぎる。社長に就任してからずっと考えていた「森のスパリゾートとはなんぞや」という問いの答えはなかなか見いだせないままでした。
そんな悩みを抱えていた2018年夏、友人の紹介でプロサウナーのととのえ親方に出会ったんです。
――のちにホテルの運命を変える出会いですね。
■誰も気にしていなかった「サウナ付き客室」
【林】当時の僕はサウナと水風呂がこの世でいちばん嫌いだったので、プロサウナーという肩書を見て「二度と会うことはないと思います」と冗談交じりに伝えたんですけどね。
ただ、そのときも彼の交友関係の広さは気になっていました。それで、それから半年くらいたった頃に「そういえば、うちにもサウナ付きの客室があったな」とふと思い出し、客室内のサウナに入ってみることにしたんです。
――もともと、サウナ付きの客室自体はあったんですね。
【林】ただ、当時は誰もサウナに興味を持っていなかったので、「8部屋あるデラックスツインを予約したら、たまたまサウナが付いていた」という感じで、要するに差別化されていなかったんです。しかも設備も古いドライサウナで、やっぱり肌はヒリヒリするし、喉は痛い。
それでも、その写真をインスタグラムに何気なくアップしたら、ととのえ親方が「僕、その部屋に泊まりたいです」とコメントを入れてきて、彼を招待することになりました。
――二度と会うことはないと思っていたプロサウナーと再会した、と。
【林】そのときも一緒に食事をして、あとはくつろいでもらうつもりだったんです。そしたら、ととのえ親方が「かっちゃん(林社長)を変えないと、道東のサウナが変わらない」と言ってきて。
結局、彼と一緒にサウナに入って手ほどきを受けることになったのですが、そのときに「ととのう」と、サウナストーブの石に水をかける「ロウリュ」を初めて経験して、これがサウナの入り方なんだと理解したんですよ。数年悩まされていた不眠が嘘のように、ぐっすり眠れたことも個人的には大きかったですね。それで、僕も一気にサウナにハマってしまいました。
■サウナの本場で感じた「地元の弱点」
【林】僕がサウナにハマってから半年ほどたった頃、ととのえ親方と一緒にフィンランドのサウナツアーに行ったことも運命を変える出来事の一つでした。訪れたフィンランドのルカはサウナの本場と言われているだけあって、サウナが「体験」として素晴らしかったんです。
まず石を焼いてロウリュするスモークサウナと呼ばれるサウナに入り、そのあとに凍っている湖上に穴を開けた場所に浸かるアヴァントをします。そのほか、バスローブを着たスタッフさんが説明してくれたり、ウェルカムドリンクやナッツのサービスなんかがあったりと、ツアーがパッケージ化されていたんですね。
一方で、帯広を含む十勝地方は、温泉もあるし、食べるものもあるけど、見るものがない。2010年以前はとくに、旅行代理店がツアーを組みにくい通過型観光地の代表格と言われていました。
――サウナの本場に行って、パッケージ化しにくい地元の弱みに気づかれたんですね。
【林】はい。ただ、ルカは白樺や針葉樹林が生えていて、雪景色は十勝そっくりでした。そのほかにも、ルカではチーズとトナカイがよく食べられているのに対し、十勝も乳製品と鹿肉が特産品であったりと共通点が多い。
■フィンランド式のサウナツアーにチャンスを見いだす
【林】さらに、現地のスタッフの方に「どういう人が来るんですか?」と聞いたら「世界中から30~40代の方が来て、男女比は6:4だ」と教えてくれて、繁忙期は11~4月だと言うんです。
先ほどお伝えしたように、当ホテルのメインの客層は当時50代以上でしたし、11~4月は、ちょうど北海道の閑散期に当たります。サウナをパッケージ化して導入すれば、客層転換ができて、閑散期の補塡(ほてん)ができるかもしれない。しかも、景観や食文化なども似ているとなれば、勝算はあるのではないかと感じました。
■1週間で常連客がいなくなった
――サウナの本場・フィンランドから帰ってきて、最初にどのような施策を打たれたのでしょうか?
【林】まずは男女の浴室をフィンランド式に倣(なら)ったロウリュサウナに改修して、2019年6月にオープンしました。すると、リニューアルからまもなく、常連客の方のほとんどがぱったり来なくなったんです。
――それは驚きですね。常連客が離れたことを実感したのは、いつごろですか?
【林】リニューアルから1週間です。私はホテルのサウナに毎日入っていたのですが、最低でも1週間に1度は日帰り入浴されていた常連客の方の6~7割は来なくなった印象でした。
その多くは、これまでの売り上げのほとんどを支えてくれていた60~80代のお客さまでした。一方で、常連客の方がいらっしゃらなくなってまもなく、今度は30~40代のお客さまが増えてきまして、客層が転換しつつあるのを肌で感じましたね。
かねて悩んでいた「森のスパリゾートとはなんぞや?」という自分への問いかけの答えも、若いお客さまにも来ていただきたいというホテルの中長期的な課題の解決策も、サウナにヒントがあったんだと気づけたことは自分にとっては大きなことでした。
■日帰り客の売り上げが6倍に
――サウナを導入したことによって、売り上げはどのくらい伸びたのでしょうか?
【林】日帰り入浴のお客さまの売り上げがリニューアル前と比較して約6倍になりました。リニューアル直後から売り上げが急増したので、男女の浴室にそれぞれ100万円ずつ、合計で200万円かけたリフォーム費用も、2~3カ月で回収できました。
――リニューアル直後から大きな反響があったんですね。それほど急激に売り上げが伸びた理由はなんだと思われますか?
【林】私がサウナにハマった直後、私が運営している十勝の2世経営者を集めた会のメンバーにサウナを勧めて、メンバーの半分程度をサウナーにしてしまったことが大きいと思います。
彼らはすっかりサウナ好きになっていますから、ホテルのサウナをフィンランド式に改装したことをSNSで発信すれば、喜んで来てくれる。しかも、彼らは地域のなかでも影響力のある方ばかりなので、評判がどんどん広まっていきました。
親会社である十勝毎日新聞社が取り上げてくれたことによる宣伝効果もあるとは思いますが、やはり地域コミュニティーに事前に働きかけていたことは大きかったと思います。
■サウナ付き客室はつねに完売
――サウナ付き客室も人気のようですが、工夫されている点はありますか?
【林】サウナ付き客室はもともとあったのですが、2020年にロウリュができるサウナを導入しました。浴室からテラスまでの床を浴室と同じ素材のものにして、水風呂から上がった状態のまま外気浴できるような工夫もしています。海外に行ったような気分を味わっていただけるよう、フィンランドで滞在したホテルの写真を基に、客室のテイストを作り上げました。
ちなみに、現在は3カ月先までの予約がほとんど埋まっていて、サウナ付き客室の稼働率が100%の月もあります。
――いつごろから、サウナ付き客室の人気が出始めたのでしょうか?
【林】2020年のリニューアル後から3~4カ月からは安定して予約が入っていました。やはりSNSを通じて広がっていくので、結果が出るのが圧倒的に早いんですよ。
サウナ好きがサウナ情報を投稿するポータルサイト「サウナイキタイ」に口コミが寄せられたり、サウナ好きのYouTuberの方々が番組内で紹介してくれたりしたことも大きかったと思います。メディアの取材も増えて、サウナを改修する以前は1年に1回あるかないかだった取材が、2021年は12回以上にまで増えました。
これもやはりSNSを利用する若年層ならではのプロモーションの仕方で、広告を打つしかなかった従来の広報のやり方とは異なりますよね。ただ、いくら30~40代のお客さまが増えたといっても、私どもの売り上げの60%を支えてくださっているのは60代以上のお客さまですから、これからもバランス感覚を大切に運営していきたいと思っています。
■コロナ禍に入ってからも宿泊の売り上げは伸びている
――浴室のサウナを改修した2019年の翌年にはコロナ禍に突入しましたよね。コロナ禍の影響は受けなかったのでしょうか?
【林】コロナ禍になってからのほうが宿泊の売り上げはむしろ伸びましたね。2021年の客室稼働率は年間を通して80%だったんですよ。観光庁が2022年7月に発表した宿泊旅行統計調査によれば、2021年4月の客室稼働率は国内全体で31.0%、2021年5月の客室稼働率は国内全体で26.7%ですから、コロナ禍の影響をほとんど受けずに売り上げを伸ばしていたといえます。
もともと北海道のホテルの売り上げは季節変動が激しくて、私たちのホテルでも6~10月のグリーンシーズンの客室稼働率が80%でも、11~4月にかけての客室稼働率が50%だったということも少なくありません。そんな中、サウナを取り入れたことで年間を通して安定して売り上げを立てられるようになったのが大きな変化ですね。
日帰りでサウナを利用される方も増えて、土日はロビーで2時間お待ちになる方々もいらっしゃいました。
■サウナパスポートもほぼ完売
――多くのホテルがコロナ禍による打撃を受けた中で、売り上げが伸びた理由は何だったのでしょうか?
【林】コロナ禍で人が移動できなくなることを見込んで、先手を打っていたからだと思います。浴室サウナの改修は2019年でしたが、コロナがはやり始めてからの2020年4月に十勝サウナ協議会という組織をつくって、加盟しているサウナ施設をお得にめぐれる「サウナパスポート」を販売する準備をしていました。サウナパスポートは1000枚限定で販売したのですが、緊急事態宣言下でも900枚弱売れましたね。
ちなみに、十勝サウナ協議会からマーケティングデータをもらったら、男女比は6:4、年代は20~40代と、まさにフィンランドで聞いた客層とおおむね合致したんですよ。全く違う国でありながらデータが似てきているということで、改めて自信につながりました。
■サウナの波をさらに広げていきたい
――最後に、今後やっていきたいことについて教えていただけますか?
【林】ホテル内の経営改革はほとんど終わったので、今後はさらに地域との連携を強めていきたいですね。
私たちのホテルのサウナが話題になったのも、地域の経営者コミュニティーのおかげでしたし、コミュニティーのメンバーにサウナを勧めたことがきっかけで、放牧している牛を見ながら水風呂に入れる「ミルクサウナ」や、ワイン樽の中に入る「ワイン樽サウナ」が生まれて、「サウナの街」としての認知度が上がっていったように思います。
また、北海道の東側に当たる道東エリアとの連携は進んだので、今度は新千歳空港から帯広までつながっていけるといいですよね。いずれにしても、地方のホテルが1社だけで勝つのは難しい時代ですから、地域との連携を強化した「面」で観光業界を盛り上げていきたいと思っています。
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林 克彦(はやし・かつひこ)
森のスパリゾート北海道ホテル取締役社長
1975年、北海道帯広市生まれ。大学卒業後にカナダ留学ののち北海道に戻り、さまざまな職種を経験。2017年に株式会社北海道ホテル取締役社長に就任し、十勝ナチュラルチーズ協議会会長、サウナ学会理事も務める。2020年には十勝サウナ協議会を立ち上げ、サウナをキーワードにした十勝の横連携を強めている。
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佐々木 ののか(ささき・ののか)
文筆家
1990年北海道帯広市生まれ。筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類卒。自分の体験や読んだ本を手がかりにしたエッセイを執筆するほか、新聞や雑誌の書評欄に寄稿している。2021年1月、北海道・十勝に拠点を移し、執筆を続けている。著書に『愛と家族を探して』、『自分を愛するということ(あるいは幸福について)』(ともに亜紀書房)がある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b8c6dbcc82a061a00fa6ab550f8c3146dfc3aaf