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北方領土返還、島民の本音と日本ができること

2018-09-08 | アイヌ民族関連
Wedge 9/7(金) 12:45配信
 8月末に国後島と色丹島を訪れた。最初の印象は、根室から肉眼で見ることもできる近い島なのに、大変遺憾ながら、遠い島と感じてしまった。北方領土と日本には時差が2時間もある。ロシアは世界一番大きな国で、国内に11の時間帯があるので、ロシアの感覚ではおかしくないのだが*1、日本人にとって2時間の時差は心理的距離を強く感じさせる。
 ロシアの実効支配が進む現地では、同様に人々も日本に対して心理的距離があり、複雑な思いを抱いているようだ。後編では、それらの現地の人々の本音、返還に関する思い、そして日本として北方領土に対して何を行っていくべきか、などについて考えていく。
ビザなし交流は無駄ではない
 ビザなし交流では、返還問題など政治的な話をすることはタブーである。しかし、様々な折に、返還に対する島民の感情や雰囲気を感じることができた。決して日本にとって喜ばしい状況ではなかったが、あえて記しておきたいと思う。
 ビザなし交流は1992年から2017年までで、その枠組みにおいて日本人2万3651人が北方領土を訪問し、ロシア人1万305人が日本を訪問した。北方領土のロシア人の人口が1万6000人程度であること、健康に問題がある者や子供は訪問対象者から外されることを考えれば、島民のほとんどが日本を訪問したかのような錯覚に陥るが、実は、日本に一度も言ったことがない人がかなりいる一方、1人で複数回、ひどいケースであると10回以上訪問したという者もいるのである。
 しかも、訪問回数が多い者については、買い物目的で訪日をしたがるケースも多いという。どうやら、日本への訪問のチャンスは平等に与えられているわけではなく、例えば、前篇の注で記したギドロストロイ社のアレクサンドル・ヴェルホフスキーに代表される、島の有力者と関係がある者は優遇されやすいとも聞いた。
 このように日本側から見ると、ロシアからいいように利用されているようにも見えるビザなし交流であるが、筆者は決して無駄だとは思わない。まず、ビザなし交流に対する現地の人々の評判は極めて良かった。また、ロシア人の患者が、根室、中標津、札幌で治療を受けて来たこと、ロシア人医師が日本の病院で研修を受けたりしてロシア人医師の技術が上がっていることなども、高く評価、感謝されていた。ビザなし交流で、日本が北方領土に強い気持ちを持っていることを示しつつ、ロシア人と心を通わせていくことは、北方領土返還への扉を開け続けることになると思うのだ。
*1:米国やカナダなども国内時差があるが、国内にこれほど多くの時間帯を持つのはロシアだけである。なお、中国も大きな国だが、国内に時差はなく、これは政治的な思惑によるという。ウクライナ領であったクリミアが、ロシアに編入されるや、モスクワ時間に時間が変更されるなど、ロシアの国内時間にも政治的な思惑が見られる。
「日本は要らない」というメッセージ
 一方、日本とロシアが進めている共同経済活動には厳しい反応が目立った。北方領土の住民から共通して聞かれた反応が「共同経済活動は、やっても良いが、できなくても構わない。ロシア政府の下で北方領土は十分発展している。日本の支援は不要だ」というものであった。
 「日本は要らない」というメッセージは、北方領土で見せつけられた当地の発展からも突きつけられたと感じている。実際、現地の新聞社『ナ・ルーベジェ』編集長のキセリョフ氏(前篇参照)から、当局は、日本人が北方領土を見て「ひどい、かわいそうだ」と思われないように、気合いを入れて近代化をした成果を日本人に選りすぐって見せているのだという話を聞いた。
 実は、北方領土では自由に動くことはできず、目と鼻の先の距離でも必ず車で移動させられた。そのため、日本に北方領土を諦めさせるために「近代化した良いところ」だけを見せつけて、実は、見せられたところ以外はインフラ整備もままならず、惨状が広がっているのではないかという疑念も持たざるを得ない。それでも、これらの近代化が日本から北方領土が遠のいたというメッセージとして機能していることは間違いないと思う。
親日的だった色丹島、今はすっかりロシア化
 さらに、北方領土に複数回訪問している方の話では、これまで少なくとも色丹島は親日の雰囲気が強くあったが、色丹島もすっかりロシア化してしまったということである。
 ただ、色丹島については、1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本へ引き渡すことが明記されていたこともあり、近年まで、日本に返還される可能性が島民の間でかなり現実的に考えられていたようである。例えば、2016年12月のプーチン大統領の訪日直前には、日本に返還されたら、日本から補償金がもらえる(その補償金の金額については人によってかなり幅があったという)という噂が広まっていたというが、同訪日で領土問題に動きがなかったことで、日本への返還についての話は一気に現実味を失ったという。とはいえ、現在ですら、島民の中には日本から補償金がくるかもしれないので、島から出たいがもう少し様子をみると話しているものもいるという。
 また、エリツィン時代には、ロシア側が北方領土返還をかなり現実的に考えていた様子も住民からの話から見えて来た。1994年10月の北海道東方沖地震は北方領土にも壊滅的な被害を与えたが、その際、ロシア政府は、本土に1260戸の住宅を確保し、被災者を住まわせたという。特に、当時のエリツィンの側近たちの中には、日本に歯舞、色丹を引き渡そうとしていたため、住民を本土に移住させることで、島を空っぽにして返還を容易にしようと考えていた者もいたという。しかし、移住に強制力はなく、住民は去らなかったのだという。
 実際に、地震の際に本土の住宅を政府からもらったという国後島生まれの女性の話も聞いた。その人によれば本土の至る所に住宅が準備されたが、特に多かったのがカリーニングラード、ボルゴグラード、沿海州などだったそうだ。彼女の家族はカリーニングラードとボルゴグラードの家をもらったが、ボルゴグラードにはしばらくいたものの、国後島に戻ったという。しかし、供与された家の返還義務はないので、カリーニングラードとボルゴグラードの二つの家を維持しつつ、休暇などに利用しているそうだ。エリツィン時代のことであり、かつロシア中枢の一部の人間の考えにすぎなかったとはいえ、2島返還の準備がエリツィン時代になされ、そのことを島民も理解していた事は興味深い事であろう。
 しかし、現在の色丹島には返還ムードは全くないといって良い。穴澗港に建設されている工場が象徴的だという事はすでに述べたが、今回の参加者から色丹島が日ソ共同宣言で日本への返還対象となっていることについての意見を求めたところ、色丹地区長・斜古丹村長 のセルゲイ・ウーソフ氏は、ビザなし交流における質問として適切ではないとしつつ、日本が北方領土を要求するなら、かつてアイヌはロシアに納税していたのだから、ロシアは北海道を返せとも言えるはずだと*2、強く反発して返還可能性を一蹴した。
 このようにかつては色丹島については返還ムードもあったにもかかわらず、現状では全ての国で返還ムードはほとんど消えてしまっていた。そもそも北方領土といっても、各島で性格が顕著に異なっており、それぞれの島に対して個別の理解、アプローチが必要なのだが、日本にとって望ましくない共通性が生まれてしまったのは残念なことである。
日本はどうすれば?
 このようにロシア側の北方領土返還に対するムードはかなり悪くなっていると言わざるを得ない。しかも、ロシア側は、日本が返還を諦めたとすら思っているようだ。今回の北方領土訪問中にも、「最近は日露首脳会談でも、両首脳はともに北方領土のことに触れず、経済の話だけをしていることからして、日本ももう返還してもらう気はないのだろう」というような発言を何度も聞いた。
 しかし、筆者は粘り強く返還要求を続けるべきだと考える。元島民やその子孫たちの人権、心情に最大限の配慮がなされるべきである。元島民の方々は、ロシア化の現状をとても辛く受け止めていらした。また、今回も国後島、色丹島で墓参を行うことができたが、元島民が墓参を気軽に行われる状況が最低でも構築されるべきである。
 また、日本は北方領土領域での漁業に毎年多額の入漁料を支払っている。特に昆布漁は根室から目と鼻の先の貝殻島周辺で行われるというのに、今年も9024万円を支払った。そして、支払っても、多くの制限が課され、漁船が拿捕されることも少なくない。さらに、北方領土領域で取れたカニ、ウニ、ホタテなどを極めて高値でロシアが売りつけてくると根室の水産業の肩が激しく憤っていらした。北方領土は日本固有の領土として、強く返還を主張して行くべきだと考える。
*2:確かに「千島アイヌ」はロシアに納税していたが、「北海道アイヌ」はしておらず、この発言にはなんら根拠がない。
まずは日本の技術協力が真に求められる分野で努力を
 とはいえ、領土問題を直球で投げても、ロシアは態度を硬化させるだけであり、やはり現状のようにまずは経済協力などから関係を深めていくのが現実的である。先述の通り、共同経済活動は「やってもやらなくてもいい」と言われてしまっているが、ロシア側が本当に求めている分野であれば、協力は可能であろうと考え、筆者は現地の人たちにヒアリングをし、どういう分野なら日本と協力をしたいのかという生の声を集めた。その結果、以下のものであれば、日本の技術協力を強く求めているということがわかった。
(1)ゴミ処理施設
現地ではゴミが一箇所に放置されているだけで、カラスが群がり、あちこちで自然発火していた。
(2)工場生産などでの新鮮な野菜の栽培技術
日揮がハバロフスクで行っている温室野菜栽培施設などを想定していると思われる。先述のように、現地ではかなり裕福な暮らしがなされているものの、新鮮な野菜や果物が買えないという。コストは厭わないので良い食べ物を入手したいという。
(3)小売販売網の整備
(2)に関わるが、小売販売網が整っていないため、良いものを買うためにはサハリンなどに買い出しに行かなければならない。
(4)医療の整備
病院の整備、医師の本土からの派遣により、随分と医療の質は良くなったが、日本に頻繁に患者が治療にきていることからもわかるように、やはりロシア極東や北方領土での医療は十分ではない。
 これら要望の多くは、8項目の経済協力プランにも含まれていることではあるが、特にこれら住民の要望が強い問題について積極的に実現を進め、現地住民の日本との協力への関心を喚起してゆくことが重要だと考える。
 北方領土の現状は、日本への返還を願う日本の立場からすれば決して喜ばしくはない。しかし、日本の大切な領土が荒れ果てたまま放置されていたとしたら、それは辛いことである。日本は現状をしっかり受け止め、日本国民の領土問題に対する意識を喚起しながら、国際的にも日本の立場をアピールしつつ、ロシアと経済協力を通じた信頼醸成、粘り強い政治交渉を行って行くべきだろう。
廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部教授)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180907-00010003-wedge-soci
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