共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

考えて…

2013年08月09日 10時23分05秒 | 日記
今日も教室に出勤すべく小田急線の急行に乗り込みました。

駅を出発して程なくして、辺りが突然むせかえるようなアロマな香りに包まれだしたのです。何事かと思ったら、座っていた女が車内で物凄く香りのキツいハンドクリーム状のものを、手から肘に至るまで、まぁ入念にすりこみ始めたのです。

冷房のために窓を閉めきった車内は、たちまち人工的に凝縮された花の香りに占拠されてしまいました。と同時に、塗りたくっている本人が悦に入っているのとは裏腹に、あちこちの乗客の眉間に段々と浅からぬシワが寄り始めたのです。それを知ってか知らずかそのアロマプンプン女はその後カバンからコンパクトを取り出したかと思うと、おもむろに化粧を始めたのでした。

あの…一つ疑問なのですが、このテの女性はあのケミカルな臭いを、本気で『素敵♪』と思っているのでしょうか?

そもそも日本人は欧米人と比べてそんなに体臭はキツくはないのですから、もとでそんなに匂いを付けまくらなくたって大丈夫なはずなのですが…。

かつてこういうの話をしていた時、そこにいた一人が

「え~、だって昔は宮中の人達だってお香の匂いプンプンさせてたんでしょ?一緒よ一緒。」

と言っていたことがありました。

確かに、その昔のやんごとなき方々は直衣(のうし)や桂(うちき)といった衣服に自分好みの香を焚き染めて着ていました。でもそれは、今と違って家の中にトイレが無くて、袴を穿いたまま『おまる』で用を足していたり(袴の側面がパックリと開いているのは、その時代に右横から『おまる』を入れて左側から取り出していた名残です)、10日に一度くらいしかお風呂に入らなかったりといった人たちがしなければいけなかったことであって、そこら中に水洗トイレがあって、毎日お風呂に入ったりシャワーを浴びたりしている現代日本人には、過度の香水やアロマの塗布は必要ないと思うのですが…。

それに、百歩譲って香りのものの塗布を黙認するとして、化粧を含めたそういう行為は自宅内で済ませてくるものです。公共の場所にあるお手洗いを『化粧室』とか『パウダールーム』と呼ぶのも、化粧というものは本来、人目を忍んでするものだからです。ですから、人前で己の装いの手の内を曝け出すというということは『私は下品でだらしのない人間でございます』と、首から看板をぶら下げて歩いているのと同じです。

かつて《女性の品格》という本がベストセラーになった時、これで現代日本女性も電車内で化粧したりしなくなって、少しはマシになるのかしら…と期待したのですが、ちょっとしたブームとして喉元を過ぎてしまったら、敢無く元の木阿弥と化してしまいました。それでも、今一度女性陣には思いを新たに、『装う』とは何かということを考え直して頂きたい…と思わずにはいられない出来事でした。
コメント
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