共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

悼めぬ国

2013年08月15日 16時07分25秒 | 日記
今日は68回目の終戦記念日です。ここ数年、時間のあるこの日には、厚木神社にある忠霊碑に来るようにしています。

お昼前に到着した時には何人かの年輩の方々がおいでになっていました。そして正午の時報に合わせて、一分間の黙祷が捧げられました。私の横で車椅子に乗った小さなおばあさんが、合わせた手を震わせて声をたてずに泣いておられました。

ところで、昔実家にいた頃には毎年この日の正午になると、市の公報スピーカーから一分間サイレンが鳴らされて、それに合わせて黙祷をしたものですが、少なくとも厚木に居を移してからは、そういうものは全く聞かれなくなりました。テレビでもNHKで武道館での慰霊祭と甲子園球場の試合中の黙祷は流されますが、それ以外は何か腫れ物に触るように何にもしません。

それよりも話題になるのは、やれ誰が靖国神社に行ったの行かないのという、毎年毎年繰り返される次元の低い報道ばかり…何だか虚しくなります。

このテの報道で問題になるのは『国際社会への配慮』ということですが、本当にそんな『国際社会』というグローバルな話なのでしょうか?朝○新聞が中心になって、中国と韓国だけの反応を見て言っているのを、さもさも真っ当な意見のようにすり替えて言葉遊びをしているだけなのでは?

一体どこを向いてものを言っているのでしょう?今日は、かの戦災で亡くなられた310万人とも言われる戦没者の御霊をお慰め申し上げる日ではないのでしょうか?彼らがいなければ、今生きている私たちの誰かは、この世に存在すら出来なかったはずなのです。ドイツでだってイタリアでだってそれぞれにキチンと慰霊をしているのに、ほんのちょっとした的外れな外圧によって亡くなった方々を悼めない国というものは、はっきり言って異様です。

いい加減このテの話題で、やれ右だ左だ言っていないで、キチンとかの戦争に思いをいたす日として向き合うべきだと思います。

コメント
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