1月と7月の15,16日は閻魔さまの縁日、
ことに1月は初閻魔として閻魔さまのお寺は賑わいます。
江戸のころの「藪入り」と同じ日
そのころの小僧さんたちもお詣りしたのかな。
現・日光街道からも入れるけど今回は旧・日光街道から、
今は"千住ほんちょう商店街"となっている道から参道が続きます。
商店街からすらりと並ぶ露店を抜けて突き当りに赤い門が、
普段は閉じている山門「赤門」も縁日の日には開いています。
「三宮神山」の扁額は明治12年の製作で明治天皇陛下の
ご巡幸を記念して掲げられたもので足立区の登録文化財です。
いつもは門の前に目立つ寺標石「勝専(しょうせん)寺」もこの日は露店ファースト
露店の陰に隠れていました。
山門が赤いことから「赤門寺」と呼ばれることも。
明治39年に建立された本堂はインドの寺を模したという特徴的な形をしていて
コンクリート製でレンガ張りとなっています。
地蔵・観音の両菩薩が山門に向かって立っているという
極めて独特の様式で建設当時多くの人に驚かれたという話も。
明治時代に再建されたという鐘楼、再建に際しては
時の鐘が聞こえる南足立・南葛飾・北豊島の三郡から資金を募ったという。
境内には馬頭観音も祀られています。
千住と言えば日光街道最大の宿場町、
荷物を運ぶ馬もたくさん行き来していたのでしょう。
赤く塗装された山門はこの寺院の格式の高さをうかがわせます。
江戸時代には2代将軍徳川秀忠公の鷹狩のご休息所になり
家光公のときには御茶屋に、家綱公の時には御殿となり
日光社参の折には数日滞在されるなど大変重用されました。
現・日光街道から入るとまずここに着きます、
狭い寺の境内は露店でいっぱい。
閻魔大王堂には寛政元年(1789)に開眼された
「閻魔様」が鎮座されています。
この像も足立区の登録文化財に指定されています。
昨年、一昨年とコロナ禍のため露店はお休みだったけど
今年は復活してかつての賑わいを取り戻していました。
閻魔さまがコロナウィルスを全部地獄に
引き取ってくれるといいんだけど・・・。
data: PowerShot G7X MarkⅡ。 撮影 1月16日 千住・勝専寺