はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆7月度入選

2008-08-26 15:37:18 | 受賞作品
 はがき随筆7月度の入選作品がきまりました。
▽鹿児島市唐湊2,東郷久子さん(73)の「蝶道」(28日)
▽同市慈眼寺町、馬渡浩子さん(60)「腫瘍に命名」(23日)
出水市高尾野町芝引、清田文雄さん(69)の「ハナの想像妊娠」(9日)──の3点です。

 かつて、生活綴り方教室などで「文章は観察である」という教育がなされたことがあります。対象をよく観察して、それをそのまま文章にしなさいという指導法です。確かに文章が精細な観察に基づいている要素があることは否めません。しかしそれだけでは「芸」がありません。やはり文章は自然ではなく、創られたものです。
 東郷さん「蝶道」は、たんにチョウが飛んで来たことを描いたといえば、身もふたもありませんが、必ず通る庭の蝶道を見つけ、そのチョウが挨拶をして通り過ぎるという情景は、心がなごみます。
 馬渡さん「腫瘍に命名」は、長年「共生」している視神経の腫瘍に、可愛い名前を付けたという話です。これには、デパートでご主人とはぐれたとき、その腫瘍名(?)で呼び出してもらったという、オチがつきます。ご自分への客観視の姿勢がいいですね。
 清田さん「ハナの想像妊娠」は、可愛がっている座敷犬が想像妊娠したという話題ですが、素材の奇抜さが抜群で、一気に読ませます。それに、この展開とまとまりのよさは、起承転結の文章構成を上手に活かしているためです。
 次に印象に残ったものをあげてみます。
若宮康成さん「今日も雨」(7日)は、老いて精神的な活動が衰え、奥さんが勤めに出られた後は、ただ家の中をウロウロするだけ。せめて「老猫・千代美」と話そうとしたら、彼女も雨の中を出かけてしまった、という、老いの哀感が溢れています。岩田昭治さん「プレゼント」(18日)は、父の日のプレゼントに、娘さんが、誕生日の「東京日日新聞」(毎日新聞の前身)を送ってくれたことに、娘さんの成長を感じて、満足したという内容です。山室恒人さん「ひそかな楽しみ」(16日)は、娘さんに内緒で孫娘にアイスクリームを食べさせたら、孫娘が私に向かって口を「スパスパ」するのでばれてしまった話です。孫はどうしてこんなに可愛いのでしょう。
(日本近代文学会評議員、鹿児島大名誉教授・石田忠彦)
係から 入選作品のうち1編は30日午前8時20分からMBC南日本放送ラジオで朗読されます。「二見いすずの土曜の朝は」のコーナー「朝のとっておき」です。



正体見たり

2008-08-26 15:02:23 | はがき随筆
たまにウオーキングですれ違う人が気になる。野球帽、サングラス、上下のジャージー、靴と身なりすべてが黒で統一されている。冬ならまだしも、夏までこうだと不思議ですらある。
 ある朝、旧道で向かいからその人の歩いてくるのに出くわした。と、ふいに角の家へ姿を消した。そこは肉屋だった。店頭ののぼりに「黒毛和牛」「特選黒豚」の文字が躍っている。この黒にこだわりがあったのか。
 家に帰り妻に話すと「本当にそうかしら」と半信半疑である。「いや確かにそうなんだ」と私は自分の胸の中でストンと落ちた結論に大きくうなずいた。
   大口市 山室恒人(62) 2008/8/26 毎日新聞鹿児島版掲載