スイカの赤い色は風化しかけた遠い日の記憶を呼び覚ます。五十余年前。夏休み。小学時代。左利きの祖父。早朝のスイカ畑。その日の出荷用を取り終わると祖父は朝露にぬれてよく冷えたやつをカマで割ってくれた。空腹の胃袋に染みわたったその赤い味が今も忘れられない。
いつか、中学生の私を見て涙を流す祖母を見た。「ますますMに似てきた」と両手で顔を覆って泣く。息子のMは戦死していたのだ。肩に日露戦争での傷のある炉端の祖父。どこか母に似たMの軍服姿。壁にかかるセピア色の大きなその写真を、私は黙って見つめていた。
出水市 中島征士(63) 毎日新聞鹿児島版掲載
いつか、中学生の私を見て涙を流す祖母を見た。「ますますMに似てきた」と両手で顔を覆って泣く。息子のMは戦死していたのだ。肩に日露戦争での傷のある炉端の祖父。どこか母に似たMの軍服姿。壁にかかるセピア色の大きなその写真を、私は黙って見つめていた。
出水市 中島征士(63) 毎日新聞鹿児島版掲載