はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「苦い教訓」

2012-01-15 23:08:06 | 岩国エッセイサロンより
2012年1月14日 (土)

岩国市  会 員   中村 美奈恵

昨秋、一人暮らしをしている大学4年の息子が「財布をなくした」と電話してきた。前の夜、電車に乗るときはあったのに、降りるときにはなかったという。駅に届けたが朝になってもまだ見つからないらしい。
 財布の中には、現金のほかに免許証、学生証、キャッシュカードなどが入っていた。弱々しい声で「財布も気に入っていたのに……」と言う。その年の元旦、就職活動を頑張る息子に私が買ってやったものだ。

すぐに警察に届け、カードを止め、免許証などの再発行手続きをするよう言いながら、私の方が気落ちしていた。スーパーのアルバイトでお金をため、教習所に通い、一週間前にやっと手に入れたばかりの免許証だったからだ。戻ってほしいと願いながら、所持金がなくなった息子に現金書留を送った。
 それから3ヵ月たったある日、「財布が見つかった」と連絡があった。駅と反対側の荒れ地にあったという。年末に草刈りが行われた際、見つかったそうだ。中にはカード類と泥だらけの4円が残されていた。おそらく現金だけ抜き取って、ホームから投げ捨てたのだろう。雨にぬれた無残な財布を「母さんには見せられんよ」と言った。
 拾ったものは届ける。世の中には、そんな常識が当てはまらない人がいる。 この春社会人になる息子の苦い教訓となった。

(2012.01.14 毎日新聞「女の気持ち」掲載 岩國エッセイサロンより転載