はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

腫瘍とハープ

2012-03-05 18:42:08 | 女の気持ち/男の気持ち
 40歳前後から視力が衰え始めた。あちこちの眼科を受診したが原因が分からず、脳外科でMRIを撮ったら大きな腫瘍がみつかった。
 手術室に入ったのは46歳最後の日の朝。47歳最初の日は集中治療室で迎えた。
 腫瘍ができてから10年以上もたっていたそうで、癒着がひどいため温存手術になった。残った腫瘍がまたいつ大きくなりだすかという不安にさいなまれた。退院後も一向に元気になれず、引きこもり、捨て鉢な気持でただ生きているだけだった。
 見かねた母が「何か新しいことを始めるといいかも。ハープなんかどう?」と勧めてくれたのがきっかけで、姪と一緒にハープを習い始めた。
 天使の声のように清らかでやさしい音色のハープは、干上がって固まりかけていた私の心を徐々にほぐし、生き生きとした気分にしてくれた。私が飽きてやめてしまわないようにと、母は姪にもハープを勧めたらしい。その心遣いに気づいて涙がたくさん出た。
 私は今も楽しむ程度にしか弾けないが、姪は上手になり、多くのコンサートに出演して活躍するようになった。
 「もしあなたが病気しなかったら、S子がハープを弾くことはなかったろうね」と母がしみじみと言う。
 姪も「おばちゃんのおかげ。ありがとう」と言ってくれる。
  鹿児島市 馬渡浩子 2012/3/5 毎日新聞の気持欄掲載

好きこそ

2012-03-05 18:34:44 | はがき随筆
 今、朝ドラの「カーネーション」が面白い。
 孫の綾子は今、小学5年生。前からミシン、ミシンと言っていたが、昨年の夏に来鹿した折に、私と一緒に袋を縫ってますますとりこになったようだ。そしてついに昨年暮れに彼女にミシンがプレゼントされた。冬休みに居候していた私の助けもほとんどいらず、袋を縫ったり、布を小さく切って人形の服らしきものを作ったり。
 先日も大きな布バッグを作ったと写メールが届いた。もっとも、今時のミシンは小型で安く、縫い始めに糸がからむことも全くないすぐれものである。
  霧島市 秋峯いくよ 2012/3/5 毎日新聞鹿児島版掲載

見えた

2012-03-05 18:29:30 | はがき随筆
 冬だが、今日は穏やかに晴れて暖かい。高台にある校舎の教室の窓から外を見ると、広々とした海がはっきりと見えた。一面に広がる広々とした海。
 あれ、この風景は、いつもの風景とは違う。いつの間にか、せんだんの木々が葉を落とし、枝々に実をつけている。ああ、そうか、葉を落としたせんだんの木のお陰で、海がきれいに見えたんだ。せんだんの木々たちよ、ありがとう。
 お日様の光を浴びてきらきら光る広大な海。太平洋を眺めながら、東北地方の1日も早い復興を心から願った。
  屋久島町 山岡淳子 2012/3/4 毎日新聞鹿児島版掲載

名画の楽しさ

2012-03-05 18:22:35 | はがき随筆
 昨年よりテレビで毎週日曜日夜10時から、山田洋次監督の推す映画百選が放送され、楽しい期待の2時間に夢中だ。年代にもよるが豊かでない昭和を生きた人間模様が、忘れかけている「やさしさ」「思いやり」「友情」「温かさ」などを思い出させてくれる。恥ずかしいけれど涙腺の弱い私は困る。「東京物語」「二十四の瞳」「真実一路」「愛染かつら」など心に残る名画シリーズは最後まで見たい。昭和も次第に遠くなる多忙な現代社会の時の流れでも、日本人の心の美しさは忘却しない。今は「絆」という表現で心を結んでいる。
  鹿屋市 小幡晋一郎 2012/3/3 毎日新聞鹿児島版掲載

積雪の夜道

2012-03-05 18:12:42 | はがき随筆
 南薩線伊作駅を降りると町は銀世界。タクシーは出ない。親しい本屋で長靴と懐中電灯を借りる。心配する店主に「若いから」と軽く応え雪道に挑む。
 標高300㍍の山あいにある教職員住宅までは10㌔の道のりだ。吹上温泉を過ぎ間道に入ると日が暮れた。頼りは懐中電灯と勘。吹雪の中、膝まで積もる雪に足は重い。傍らの崖や睡魔も怖い。飴をなめ、雪で顔をたたき“六根清浄”を唱え我を励ます。吹雪がやむと遠くに明かりが見えた。「集落だ!」。雪との6時間の戦いは終わった。
 北国の豪雪の報道を見て50年前の恐怖の体験が蘇った。
  出水市 清田文雄 2012/3/2 毎日新聞鹿児島版掲載