はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

今からが正念場

2019-06-06 18:33:46 | はがき随筆

 掛かり付け病院で心エコーの検査があり、初診でまな板のコイ。感情が高ぶり、血圧上昇。診察室? 先生の後を行くと、前方のドアが閉まる。急いで開けると、男子トイレ。「失礼しました」。別の先生から呼ばれて「ベッドの上に」と。左乳房下心臓音を丹念に種々記録され「終了です」。結果は最初の先生が「心臓の強さを強調」。

 「気が強いので」と冗談話の私。特に悪い個所の指摘はされずに安堵感。車で待つ夫に報告を。「お祝いだね」これまた冗談。帰路食品購入で、夕食準備。今からが正念場、神様の試練を受けて立つ覚悟である。

 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(79) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


歌声喫茶

2019-06-06 18:02:54 | はがき随筆

 「歌声喫茶」の看板に誘われて、店内に足を踏み入れた。店内では同じ年代と思える皆が笑顔で歌っている。リクエストも昔懐かしい歌が連続で流れる。

 思い出すのは、私が高校卒業と同時に初めての東京に就職したころの事。知人も友達も居ない休日は、もっぱら歌声喫茶の一杯のコーヒーで何時間も過ごした。歌がホームシックを紛らわしてくれたものだ。

 思い出にふけっている間に、「今日の日はさようなら」と曲が流れ出す。皆席を立ち、初対面の者同士手を取り、輪になって歌う。私も握り合った手に力を込め、声高らかに歌った。

 宮崎市 実広英機(73) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


約束

2019-06-06 17:50:46 | はがき随筆

 「人を笑顔にできる人になりなさい」。小さい頃から曽祖母に言われ続けた言葉だ。

 1年前、がんが見つかった。いも笑顔の曽祖母は、驚くような回復力で進行は止まっている。認知症になり、私との記憶は幼少期で止まったままだ。

 「私のひ孫はどんな時もニコニコしていて可愛いんです」。ひ孫である私に自慢話をしてくれた。何だか複雑な気持ちだったが、うれしかった。

 なかなか面会に行けなくなったが、毎日曽祖母の笑顔と言葉を思い出す。今では、小さい頃から言われ続けた言葉が私の中で約束に変わっている。

 熊本県合志市 荒巻采香(18) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


名人芸

2019-06-06 17:42:18 | はがき随筆

 父には勝てない。畑仕事のあと父は必ず農道を掃く。高ぼうきで気の葉や泥を寄せるのだが、その量も範囲も全く違う。ときに指のごとき穂先が一葉を動かす。手首か、立ち位置か。同じ道具を使っているのに……。甘夏みかんの枝の剪定作業も同様。父のノコギリは数回引くだけで枝はバサッと落下する。私の刃はぐにゃり。ギーコギーコと回数ばかり重ねてなかなか切断できない。「ノコ『に』切らすとたい」と言う。「手は添えるだけ。あとはノコに任せて引くだけたい」。半世紀やっている81歳にかなうはずがない。名人芸とは落語だけにあらず

 鹿児島県出水市 山下秀雄(50) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


若葉のころ

2019-06-06 17:35:13 | はがき随筆

 連休に子供たちは帰って来ないので、晴れた日には、放置したままの畑に手を入れ数日かけて夏野菜を植えることにした。畑を耕していると隣家の子供が遊びにやって来る。夕方、母親の呼ぶ声がする。子供が帰ると赤ちゃんの泣き声や夕食の支度をする音が聞こえてくる。

 夜、埼玉の次女から連絡があった。大坂の長女が遊びに来て家族一緒に食事している写真に「飲んでまーす」とあった。

 連休後半、夏野菜を植え終わった。苗が成長し、収穫を迎える日々に思いをはせる。収穫が終わる頃、次女に2人目の子供が生まれる。

 宮崎県串間市 岩下龍吉(67) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


戦場

2019-06-06 17:27:44 | はがき随筆

 「ドスッ」。私の上に長男の右足が。ついで長女の左手パンチが顔面に。痛さで目が覚める。2人を元の位置に戻し、再び眠りにつくと、とどめを刺すように二女の上半身が私の上へ。やっぱり痛くて目が覚める

 いつ、どこから攻撃されるか分からない私にとって、夜の布団の上は戦場そのものだ。

 でも、私も子どもの頃は寝相が悪く、親から「あっち行き、こっち行き、じっとしていない」とよく言われたものだ。子どもたちもそのうちに愛のあるヒーローとなり、世の中に出て戦っていくことだろう。

 熊本市東区 中嶋愛美(33) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載


風薫る季節

2019-06-06 17:08:04 | はがき随筆

 

 今、栴檀の花の盛りである。控えめな甘い香りがし、色も決して目立たない淡い紫である。

 以前は校庭や運動場にほどよい影を提供してくれるということでどこの学校でも見られた。夜の教室で残務整理をしているとその甘い香りに癒され、栴檀の木をしばらく眺めていた。

 しかし、材としては固い好材で建築材や数珠玉に用いられるほか、珍しい面では囲炉裏の縁材にも使われる。香りや色からはその丈夫さは想像できない。

 印象はたおやかでも質実剛健で「栴檀は双葉より芳し」と大器の片鱗の例えに使われる。

 薫風の爽やかな季節である。

 宮崎市 杉田茂延(67) 2019/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載