はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

感謝状

2019-06-20 13:34:57 | はがき随筆

 「肩が痛かでシップを貼ってくれ」と、主人が服をぬいだ。色白で骨にはりついた皮はピカピカに光っている。貼りながら見たガラスに映っているのは、色黒で4人の子供を母乳で育てた立派なタレ乳。長年蓄えた体全体の肉布団はどうみても主人の体の厚さの2倍。考えてみると主人は短気で、おいしいものは少しずつ何回も食べたい、病院好き。一方の私はのんびり屋でおいしい物はいっぺんに腹いっぱい食べる。主治医もなくいたって元気。そんな2人が50年以上もなんとなく楽しく暮らしているのは不思議。これこそ感謝状(どちらに!)。

 鹿児島県阿久根市 的場豊子(73) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


木陰

2019-06-20 13:28:15 | はがき随筆

 市民の森を散策中、行き交った人が私の名前を呼んでいる。

 びっくりして振り返ると、20年も前に知り合った男性で、相変わらず背が高い。よく覚えていたものだ。「お元気そうですね」と言うと「おかげで何とか」との返事。「あんたも元気で」と問われて「おかげさまで」と、木陰で答えを返す。

 森には樹木の陰があり、熱い日は木陰で休むとほっとする。森は何も人間を休ませるために木陰を作っているのではない。

 無心に自分のために成長しているだけのこと。外は猛暑、気持ちよい木陰の「おかげ」で木陰に感謝の一時だった。

 宮崎市 黒木正明(86) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


シャッター音

2019-06-20 13:12:54 | はがき随筆

 「パシャ」。頭上には、おいしそうなフワフワ、モコモコの白い綿菓子が浮かんでいる。BGMは鳥のさえずり。<あー、お昼は何を食べようかなぁ>。とりとめない事を考えながら、いつもの道を歩くのが至福のひとときなのだ。

 毎日、パレットの色が同じ場所、同じ時間帯でも変わっていく様を見る。「あ、また色が変わっていく」。私の心情もさまざまな色をつけていく。まるで皿と私がリンクしているかのよう。「パシャ」。また私の中からシャッター音がする。レンズ越しでは伝わらない一瞬を今日も心に焼き付けた。

 熊本市北区 上野瑞姫(26) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


賞味期限の心配り

2019-06-20 13:05:52 | はがき随筆

 ドライブがてら立ち寄った菊池市の観光施設で、自宅用の土産に地元の銘菓を買った。包装しながらレジの女性が「賞味期限は19日になっていますけれど、よろしいでしょうか」と尋ねてくる。「今夜か明日には食べるから大丈夫」。そう答えると「ありがとうございます」と釣り銭とともに手渡してくれた。

 陳列から選び出す時、そこまで注意していなかったが「知人への手土産」とでも言ったら、取り換えてくれたのだろうか。実に細かいことまで気を配っていると感動する。帰りのハンドルも心なしか軽く、気分がよかった。

 熊本市東区 中村弘之(83) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


ちょっと変?

2019-06-20 12:58:19 | はがき随筆

 「お母さんは変わっている」娘から言われた数日後――。

 我が家の水槽にとうとう一匹だけになってしまったメダカ。「メダシゲンチャン」。呼びかけると彼(雄だと決めつけている)は向きを変えた。硝子越しの小さな黒眼と見つめ合う。つと、肴が口を開いた。あっ、笑った。すぐに夫と娘に告げたが、2人は信じない。今度は夫が「お前は変わっている」と。

 13歳の孫娘に聞いた。「好きな男の子いら?」すかさず、「うちは刀剣乱舞の加州清光」アニメの登場人物だった。

羽生結弦と妄想恋愛中の私の孫らしい。

 宮崎県延岡市 佐藤桂子(71) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


巣立ち

2019-06-20 12:52:10 | はがき随筆

 今年もツバメがヒナをかえした。巣立ちの頃にはヒナの食欲も旺盛で親ツバメはひっきりなしに餌を運ぶ。ある朝、玄関先が騒がしいので出てみると、巣から飛び出した4羽のヒナが外灯の笠の上にいて、しきりにないている。巣の方を見ると、なんと1羽が残っている。早くおいでよと誘っているふうだが動かない。飛べないのかと心配したが、やっと4日目に飛ぶこととができて一安心。巣立つと言ってもしばらくはすぐ巣に戻って来て親ツバメから餌をもらっていたが、そのうち長く跳べるようになり、今は夜だけ巣に戻ってきて重なって寝ている。

 鹿児島県霧島市 秋峯いくよ(78) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載


薬指のつぶやき

2019-06-20 12:43:31 | はがき随筆

 一服しようとカップを持つと左薬指のあたりがひりひりして痛い。浅漬けの唐辛子のせい?

 指輪を抜くと赤くなっている。消毒して様子をみることに。

 結婚して53年、しわしわの手をかざしてみる。太っていた頃、意見の相違から、こんなはずじゃなかったと、抜けない指輪をぐるぐる回した夜のことも今は懐かしく、くびれた薬指がいとおしい。痛みがやわらぎ、指が寂しいとつぶやいている。結婚指輪を戻し、子供からのプレゼントと旅先で求めた指輪も一緒にはめると三つのハートが余生のお守りになった。指も心も輝き、暮らしが潤っている。

 鹿児島県薩摩川内市 田中由利子(77) 2019/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載