はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

鼓川のせせらぎ

2015-11-08 21:15:22 | はがき随筆
 市内皷川の崖崩れの跡を見に行った帰り道、どうも迷ったようだった。先の方に交差点が見えたので行ってみると、そこは5差路になっていた。ますます分からなくなった。
 そばに5人の女子高生がいたので聞いてみた。「こっへ行けばどこに出るの?」「吉野ですよ」「こっちは?」「そっちは街に出るよ」
 あらまし目鼻がついてきた。「ああそうか、ではこの店は以前文房具店だったよね?」
 今度は生徒の方がとまどった。「それ何年前の事ですか?」
 いくらなんでも60年前とは言えなかった。
  鹿児島市 高野幸祐 2015/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載

消えた恋人

2015-11-08 21:14:46 | はがき随筆
 大学に入学するとすぐ空手部に入部し、精神の鍛錬に徹し、朝に夕に求道的な練習をした。2年もすると全身は引き締まり、肉体は驚異的に発達したが、何故かむなしかった。
 その前兆は高校時代からあった。猛勉強して成績が良くても心底から喜べなかったのだ。
 そんな憂愁の日々の中、岡本太郎25歳の作〈傷ましき腕〉に遭遇した。衝撃が走った。拳を握り締め地面にうつぶした孤独なリボンの男は、オレと同じ心の傷に苦しんでいる! この傷は一体何なのか! それは消えた恋人を探すような果てなき旅の始まりだった。
  出水市 中島征士 2015/11/4 毎日新聞鹿児島版掲載



民具

2015-11-08 21:14:12 | はがき随筆
 「食生活から消えゆく民具」の題の講演を聴いた。講師は学生時代より民具調査をされ、学会報告されている女性の方だった。かつて実家にはザル、ショケ、ツボはもちろん、三角ナベシキ、イイナベまであった。そういえば亡くなった祖母がイイナベでお茶を煎っていた様子が目に浮かぶ。
 講師が、スリコギがミキサーに変わったように生活様式の変化で消えようとしている民具が多い旨説明された。亡き父がかつてワラで作っていたムシロが民具であると聞き、実家にある十枚ほどのムシロを後生大事にしようと誓った。
  鹿児島市 下内幸一 2015/11/3 毎日新聞鹿児島版掲載

同窓会

2015-11-08 20:52:15 | はがき随筆


 民宿を営む級友を頼って中学校のクラス同窓会が宮古島であった。国内外から参加者が一堂に会した。島内一週の観光では念願の伊良部大橋も渡った。白い砂浜に紺碧の空と海、水平線も一望できた。運良くウミガメにアオブダイも見られた。水中観光船にも乗船し、サンゴ礁や色鮮やかな魚群にしばしスキューバダイビングの気持ちに浸れた。夜は海の幸に舌鼓を打ち、病気自慢も加えて、掛け合い漫才のようなトーク。座は大爆笑で盛り上がった。当時は男子と口など利いたことなどなかったのだが、古希祝いでの再開を誓い、楽しい思い出に別れを告げた。
  鹿屋市 中鶴裕子 2015/11/2 毎日新聞鹿児島版掲載

悩み事

2015-11-01 21:37:56 | はがき随筆


 たった1羽だけで飛来して来たとラジオで聴いた。なんと気の早い鶴なのか、独りが好きなのか、それとも夫婦でイザコザがあったのか、とにかく今年も1便がやって来た。
 鶴は家族で行動すると聞くけれど、ラジオで聴いたときから、なぜ1羽だけで飛来したのかと悩む。途中で連れ合いが事故に遭ったのかもしれない。シベリアで家族が捜しまわっているのかもしれない。
 出水平野を忘れずに飛来してくれたことには心から感激するもののもやっばり私を悩ませる鶴である。早く2便が飛来することを祈るしかない。
  札幌市 古井みきえ 2015/11/1

白川の里

2015-11-01 21:37:26 | はがき随筆
 今も鉄路の駅名が、バス停に残っている。先日アーカイブス「昭和のふるさと」というテレビ番組の中に、涙と共に記憶が残るオレンジ色の丸い顔した車体のディーゼルカーが出現した。当時西鹿児島駅発登りの列車で何本かは伊集院駅で切り離されることを知らずに泣きくずれてしまった、南薩線の最後の映像であった。亡き母と何回となく帰った母の里の思い出が淡く浮かび上がった。
 半世紀以上の時をへても昨日のことのように色がよみがえる。人けの少ない中に「白川駅」という名のバス停だけが今でもぽつねんとたたずんでいる。
  いちき串木野市 新川宜史 2015/10/31 毎日新聞鹿児島版掲載

男のおむすび

2015-11-01 20:00:38 | はがき随筆
2015年11月 1日 (日)

岩国市  会 員   山下 治子

 今月の「男性の料理教室」は私たちが当番。近くの川土手をノルディック・ウォーキングしてみないかという提案があった。男性内からも野外活動を望む声は出るのだが、人手が要るし心配ごとも多く、なかなか実現しない。でも料理をおむすびと豚汁くらいにすれば何とかなるのではということで、試みにやってみることになった。
 今秋は台風の襲来が多く、当日の予報も「午前中まで雨」。心配したが、幸い薄曇りで風が心地いい日和になってくれた。
 まずは各自で昼食用のおむすび作りだ。男子厨房に入らずの世代だ。参加20人中7人が一度も作ったことがないと言う。その一人から「災害の時、握り飯くらい自分で作りたいし、作ってあげたい」と、先日の洪水被害に言寄せた発言があった。  
 出発前、血圧測定で2人の男性が要注意となり、居残り調理班と一緒に豚汁作りに回ったが、「次回は血圧下げて一緒に歩くからな」と気持ちよく見送ってくれた。
 市から借りたストックを持って歩き出すと、右手と右足がそろってしまってまごつく人もいた。ただひとりマイストック持参の男性は「買っても使うことがなくてね。これを機に歩くよ」とストックを高く挙げ、万歳ゴールした。
 4㌔足らずのコースだったが、汗を浮かべて全員が笑顔でゴール。豚汁はあっという間になくなった。
 私は具だくさんでずっしり重くてごつい「これぞ男」というようなおむすびをいただいた。   
     (2015.11.01 毎日新聞「女の気持ち」掲載)岩国エッセイサロン より転載