はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

姪の結婚式

2018-06-14 12:53:06 | はがき随筆


 初夏の都心。若葉が心地良い葉陰を作る。古い聖堂の開け放たれた窓から、白いカーテン越しに柔らかい日が射す。
 純白のドレスにベールをかぶった花嫁をエスコートして、兄が一歩一歩祭壇の前へ進む。口を一文字に結び緊張が伝わる。歩き方がロボットのよう。吹き出したくなるのをこらえたらこみ上げてきたのは涙だった。
 亡くなった父にそっくりだ。姪は父が抱いたただ一人の孫。死期を悟った体で、赤子を抱いた。生きていたら喜びをどう語っただろう……。
 娘を花婿へ委ねる兄の後姿が遠い日の父と重なって見えた。
  宮崎県日南市 矢野博子(68) 毎日新聞鹿児島版掲載

七十路のメルヘン

2018-06-14 12:34:36 | はがき随筆


 洗面所に藤原台のクスノキのカレンダーを貼っている。国指定天然記念物、推定樹齢千年の大木と向き合う。最初は荘厳さに圧倒されるばかりだった。
 それが、いつのころからか見る度に新しい発見があり、密かな楽しみとなった。まるでだまし絵のようなクスノキの中からイロイロな生き物が顔を出す。それは妖精のようでもあり、道化だったり、皮肉屋の妖怪めいたものだったりする。
 七十路を超えてこんなことを言えば、世迷い言をと一蹴され、老人特有の病気さえ疑われるに違いない。でも、メルヘンに年齢制限などありはしない。
  熊本県菊陽町 有村貴代子(71)毎日新聞鹿児島版掲載

猫とピアノ

2018-06-14 12:22:48 | はがき随筆
 「ワサビ(猫)が止めてくれってうるさいぞ」夫の声がする。無視しているとワサビひ私の足にまとわりついて抗議する。「そんな下手なピアノは弾かないで」と言わんばかりだ。
 確かに下手です。この年齢で初心者でしかも独学。丁寧な教本とわずかな知識を頼りに、動かない両手に四苦八苦の日々。
 稚拙で何の曲かと笑われそうだが、平凡な日常にピアノが存在することは新鮮でワクワクする。猫には邪魔をされ、下手が故に御近所を気にする夫には少々ムッとするが、下手は下手なりに今の私はピアノに触れることが楽しくて仕方がない。
  熊本県天草市 岡田千代子(68)2018/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

下宿の頃

2018-06-10 19:26:28 | 岩国エッセイサロンより
2018年6月10日 (日)
   岩国市   会 員   横山恵子

 元警察官のSさんは昔、わが家に下宿されていた。家屋も建て替え、何年もたつのだが、いつまでも覚えていて奥さんと一緒に訪ねてくださった。父が亡くなって以来、6年ぶりの再会である。
 昔は警察の官舎や高校の寄宿舎がまだ整っていなかった。空室があれば貸してほしいとの要請が民家にあった。わが家でも2部屋を都合6人(警察官3人、高校生3人)にお貸しした。
 面倒見が良いとよく言われた母である。幼い私たちきょうだい3人の育児がある中、自分の役目として、お世話させてもらったように思う。
 私は独身だったSさんに鬼ごっこなどして遊んでもらった記憶がある。1年もたたず転勤が決まった時、4歳くらいだった弟は「行くな」と大泣きした。
 その後も何回かわが家に泊まりに来られた。私たち一家もSさんの実家にお邪魔してタコ釣りをしたり、勤務地が山口の時は秋芳洞を案内してもらった。
 十数年前、Sさんが岩国で防犯について講演された。「岩国は第二の古里。私には岩国のお母さんと呼ぶ人がいます・・・」。そう切り出されたと、母は笑顔で話したものだ。
 Sさんは心臓病があり、奥さんは3年半前に乳がんの手術をされた。今年78歳になられると聞き、あれからもう60年近く過ぎたと考えずにはおれなかった。
 昨年暮れに亡くなった母の墓の墓前に手を合わせた後、在りし日の母について語り合った。

     (2018.06.10 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

写真の師匠

2018-06-08 17:54:05 | 岩国エッセイサロンより
2018年6月 8日 (金)
   岩国市   会 員   片山清勝

 昔、愛用していた写真用白黒フィルムの販売に幕が下りる。白黒は、1枚ごとに構図、絞り、シャッター速度を考え「赤色は赤と見えるように」とシャッターを押させた。撮るとプリントはカメラ店へ依頼した。デジカメと違い、それを受け取るまでの不安とドキドキ感、今では味わえない楽しみだった。
 納得の1枚も白黒写真はセピア色になる。それは過ぎた時間を懐かしむ思いが色彩になってにじみ出るように思える。
 写真は一枚一枚を丁寧に撮ること、そう教えてくれたフィルムの教訓、デジカメに変わってもそれは生きている。

    (2018.06.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)


男性料理教室

2018-06-08 17:49:44 | 岩国エッセイサロンより
2018年6月 8日 (金)
   岩国市   会 員   吉岡賢一

 地元の男性料理教室に通うようになって2年が過ぎた。3年目に入ったといっても、ベテランぞろいの中ではまだまだ駆け出し。右往左往することがまだ多い。       
 食生活改善推進協議会の女性会員から優しくも厳しい指導を受けてきた。おかげで、半月切りやいちょう切り、みじん切りなどの包丁さばきが多少なりとも身に付いた・・・と思う。
 しかし、この教室で得た最大の収穫は他にある。世の中の全てに対し、改めて感謝の意識が芽生えたことである。 
 小皿に載るわずかな料理でさえ、食材の一つ一つに生産、流通、販売と多くの人が関わっている。主婦はそれらを買う・洗う・切る・煮る・味付けする。料理はどれだけの手間をかけ神経を使う大変な仕事だったのかと感じ入る。
 私も何も気付かないほど鈍感ではなかったが、夫婦の役割分担として至極当然なこととしてきた。「こりゃうまいね」と褒めて食べていればいいという思い上がりがあった。深い感謝とまでは至らなかった。
 男性料理教室は、料理の腕を上げることが目的ではある。だが、神髄はそれ以上に妻に感謝して、率先して台所に立つことだと悟った。「私食べる人」を決め込んではいられない。
 料理することは認知症予防や健康維持の良薬でもある。夫婦の健康寿命延長を目指して、邪魔をしない程度に台所に立とう。
  「男子厨房に入らず」と厳しかった明治生まれの母はとっくにいない。

       (2018.06.08 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

残された言葉

2018-06-08 17:43:22 | はがき随筆
 母の遺品を整理していたら父の手帳が出てきた。旅の日記だった。大阪に住んでいた頃、両親が訪ねてきた時の日記の中に「幼稚園の誕生会で孫の劇を見た」とある。娘に知らせると覚えていた。ブレーメンの音楽隊の鶏の役だった。「自分でお面を作るよう言われたの。描けなくて、お父さんに描いてもらったらリアルすぎ。自分で描いてないのバレバレだったよ」と笑う。鶏の面を泣きそうな顔で受け取った娘の顔を思い出した。
 父が日記に書き残した言葉が思い出を誘う。こうしてはがき随筆を書きながら、後に家族がこれを読む日のことを想う。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(66) 2018/6/8 毎日新聞鹿児島版掲載

別れ

2018-06-07 11:10:01 | はがき随筆
 苦しみのなくなった母の顔。その平穏な顔を何度も撫でる。もう私の体温は届かない。今日は最期の別れの日である。
 故郷を離れ19歳で嫁ぎ、がむしゃらに働いた。親を早く亡くし、その分家族思いだった。帰省すると整然とした室内、手入れの届いた畑に、母の生き様を見る。帰り際には皿いっぱいのおにぎりと漬けものを用意してくれる。まさに〝おふくろ〟を生きた。働き過ぎで体を壊したが、92歳の長寿となり感謝しかない。涙の乾かぬまま床に就く。朝、鳥の声にふと目が詰めた。急いでカーテンを開けると、それは曇り空のかなたへ消えた。
  鹿児島県出水市 伊尻清子 2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

翠色の指輪

2018-06-07 10:59:29 | はがき随筆


 もう何年も前の出来事だ。
 友人に誘われ蛍を見に行ったことがある。目的地に着いた頃は夕暮れ。草木に守られた小川に沿ってゆっくり歩いて行く。
 あたりが暗くなっていくにつれ、それはチラホラと現れてきた。しばらく進んだのちに手元の灯りを頼りに来た道を引き返す。その頃はかなりの数が乱舞し始める。うちの一匹が左手の薬指にピタリと止まった。
 ふわり、ふわりと独特なリズムで光を放つ。「素敵……」と息を殺して左手を眺めた。ほどなく翠色のリングは飛び去っていった。今年もどこかで癒しの光を届けるだろう。
 宮崎市 藤田悦子 2018/5/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

桃のお仕事

2018-06-07 10:52:34 | はがき随筆
 キラキラ輝くきれいな瞳に「ねぇ桃、君の仕事って何だろうね」と尋ねる。でも愛犬はじっと見つめるだけ。
 そうね、散歩と食べることが仕事だと思うけど、ふに落ちない。本能と思えば簡単だが、育ての母の感覚としてそうはいかない。
 確実に私を癒してくれる。これこそが桃の№1の働き。私はすべすべした背中をなで、大きな耳をそっと引っ張り、時々赤ちゃん言葉で話しかける。
 本当にかわいい。孫と勘違いしてしまう。利口な犬だから言葉が通じる。なんと親バカ。ずっと元気でね。
  熊本県八代市 鍬本恵子(72)2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

ピカピカ一年生

2018-06-07 10:44:10 | はがき随筆
 県外に住む初孫が小学生になった。ランドセルはお盆がピークで品数も豊富さしく、昨年の夏に予約。お嫁さんは「色は秘密にさせてください」。女の子なので赤かピンクか、決めかねているうちに春が来た。送られた写真の孫は黄色の帽子に紺の制服、サーモンピンクのランドセルを背負っていた。
 入学式の翌日から通学班があり、3年生のお世話係が迎えに来て7時25分に登校。30分歩くので親は体力を心配していた。ひと月過ぎ、細い足にも少し筋肉がついた孫は、「保健係になった」と教えてくれた。学校が楽しいらしくなによりだ。
  鹿児島県いちき串木野市 奥吉志代子(69) 2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

幸せもの

2018-06-07 10:31:01 | はがき随筆


 女3人で青島温泉に行った。脚が悪いので、友達が障害者用風呂を予約してくれた。温泉は肌がツルツルになりとても気持ち良かった。
 外に出ると、鬼の洗濯板が広がり遠くに青島神社が見えた。行ってみたいと思っていると、友達が車椅子を借りてきた。
 遊歩道を押してもらいながら洗濯板の景色を満喫した。神社に行くのは小学校以来、何十年ぶりだ。友達と「昔は小さな木の橋で潮が満ちると通れなかったね」と頷きつつ話が弾んだ。
 ときおり、心地よい潮風がふき、「幸せだ―、ありがとう」と何度も呟いた。
 宮崎県串間市 林和江(61)2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

97サイバンザイ

2018-06-07 10:20:07 | はがき随筆

 読書の記憶ですが、古代国家は赤色を神聖化し大切にしていたことを知りました。その象徴、神社はもちろん、のしや新築の投げ餅など赤白です。私の誕生日には母は必ず赤飯を神に供えて祝いました。老妻も37年間義母の後を継ぎ役を果たしています。
 今年は曽孫3人にお酒「百歳」も出ててんやわんやの笑いの宴でした。それに加えペンクラブ同人はありがたい。大村土美子様からお祝いをいただき、縁起の良い赤字で「97サイバンザイ」が紙面に。一筆添え書きにも感謝し、赤色さまさまで、身近に受けた誕生日でした。
 熊本市中央区 田尻五助(97)2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

一線

2018-06-07 09:36:46 | はがき随筆
 カラスと小鳥が距離を置いて電線に止まった。ああ、カラスはやみくもに襲わないのだ。小鳥も簡単には襲われない。常にその距離には猜疑と防御。攻撃と間隙が考慮され、生きる同士の精緻な駆け引きをしている。自然に野生の必要限度をはかり、せめぎあう本能は本能で、決して規を超えない。
 しかし人間だけは時に甚だしく度を越えるのだ。自己保存や防御の本能を越え、必要以上に走るのはなぜだろう。広大無辺の周期では、それでも調和されるのか。理由は何かあるのしらん……などと皮肉みながら考えて、少し嫌になってきた。
  熊本県阿蘇市 北窓和代(63)2018/6/7 毎日新聞鹿児島版掲載

廃業の店

2018-06-07 09:22:52 | はがき随筆
 散歩の途中、たばこ屋さんの店先に「三月末で閉店」の張り紙を見た。高齢になり、60年の御愛顧に感謝します、と書いてある。奥さんに会うと、夫婦とも80歳を過ぎて、足が痛くなり、3人の娘たちも家業を継がないのでやめましたと語った。
 近所の理髪店は御主人が亡くなり廃業した。こちらも3人の娘さんが結婚して、後継者はいない。「娘さんたちがいるので、心強いでしょう」と言えば、「主人ほど頼りにはなりませんよ」と寂しそうだった。すでにたばこは自販機で買えるし、そのうちに散髪も機械の中に頭を入れて刈る時代が来るかもしれぬ。
  鹿児島市 田中健一郎(80)2018/6/6 毎日新聞鹿児島版掲載