風来坊参男坊

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市田柿は人生の縮図 

2008年11月15日 06時24分24秒 | ワーキングホリデー飯田

市田柿は、南信州の下伊那郡高森町の市田地域で生産される干し柿の呼称である。新年を祝う席に縁起物として干し柿を食べる習慣がある。「元旦に干し柿から出てきた種の数が多い程、一年が多幸である」という言い伝えがある。

さらに干し柿にはミネラル・ビタミンAや食物繊維も豊富である。タンニンの作用で鉄分の吸収が妨げられるため貧血の人にはお勧めできない。血の気の多い人間は積極的に食べることを奨励する。雪深い山村の保存食だった。

干し柿に用いられる渋柿の主な品種には、市田柿(伊那盆地)や蜂屋(岐阜県美濃地方原産)、甲州百目(山梨県)などが挙げられる。

渋柿の渋の正体は水溶性タンニンである。干すことで不溶性タンニンに変わり消える。富有や次郎など甘柿は渋が元来不溶性の品種である。渋が消滅すると甘柿より甘いのである。だから農民は手間を掛け、渋を除く努力をする。

干柿は、大別すると乾燥歩合50%程度のゼリー様の「アンポ柿」と25%程度の羊羹状の「市田柿」に区分され、市田柿と山梨の枯露柿は親戚である。アンポ柿は、渋柿を硫黄で薫蒸した干し柿である。渋を抜く方法は他にアルコールや炭酸ガス、湯漬等があり、種が完成する熟柿なら渋は消えている。

渋は種すなわち子孫を守る為にある。甘柿の種は早秋に、渋柿の種は晩秋に、鳥達に別天地に運んで貰いたいのである。

市田柿の表面には白い粉が付いているが、柿の持つブドウ糖であり乾燥工程で析出する。

晩冬に剪定し、春に摘果して大きく育て、秋に収穫して、皮を剥き、干して完成する市田柿。

若い時に個性の強い人間が、試行錯誤の人生経験の末に、仏様のような渋い人間に変身する。市田柿に人生を重ねると、より価値が高まる。正月に天然の贈り物を味わいながら、人生に思いを馳せるのも一興である。


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