風来坊参男坊

思い付くまま、気が向くまま、記述する雑文。好奇心は若さの秘訣。退屈なら屁理屈が心の良薬。

自然の為の政治 585号

2009年07月05日 06時54分16秒 | 随想
弥生時代の水稲栽培の農業革命は、富の蓄積を可能にし、支配者を創造した。

蘇我馬子の仏教崇拝と物部守屋の神道擁護の抗争は聖徳太子の17条憲法で仏教が擁護される。

万人成仏と述べる天台宗の最澄(伝教大師)と差別する法相宗の徳一和尚。法華一乗を桓武天皇が認める。

現世で仏に成れるとする弘法大師(空海)と成仏には長期間の修行が必要と主張する伝教大師の密教論争。書道仲間の嵯峨天皇が空海を可愛がる。

信長・秀吉・家康の戦国時代は、厭離穢土欣求浄土の徳川幕府で天下泰平となる。

大政奉還の王政復古の廃仏毀釈の国家神道の独裁は内政を安定させ、外国に関心が向かう。

大東亜戦争の敗戦による進駐軍の単信教の自由の名の規制緩和は、物で栄えて心で滅びる個人独裁にし、社会の規制の憲法解釈が揺らぐ。

崇仏で始まり、崇物に辿り着いた日本は、唯心と唯物の中道を歩く弥生時代の農耕民族の魂、自然の規制に縛られるアニミズムの原始宗教も悪くないと思うのである。

「人が自然を支配する」から「人が自然と共生する」。人民の人民による自然の為の政治なら抗争は激減する。

日記@BlogRanking

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。