4月22日から4日間、飯田市ワーキングホリディに参加した。通算で7回目である。馴染みとなった座光寺の篠田農園で、すでに10日程手伝った大阪の援農仲間の恵美ちゃん(写真)と入れ替わりである。
農家の主人が老木となった梨の樹を切り倒し、チェーンソウで細切れにしてある幹や枝を薪にする作業で、その長さは40cm程度である。数十年、人手で剪定され、秋に梨の実を提供した枝は複雑に変形している。生半可な手段では割ることが出来ない。今回使用した薪割りの機械は、斧の刃に油圧で梨の樹木を押し当て、割るというより、裂いてゆく感じである。油圧は10トンである。その油圧を発生させるエンジンはホンダの5.5HPのガソリンエンジンであるが、油圧シリンダーを含む本体はUSA製である。価格は六十万円程度との事であるが、麻績ふるさと村界隈の農家二十軒で共同購入したものであり、使用料は一回千円である。直径40cmの幹は素直に育っているから割り易い。屈曲した大枝はなかなか割れず、機械がきしみ、壊れる心配がある。しかし経験豊富な主人は強引に作動させ割ってしまう。限界を承知しているのである。何事にも先達は必要である。
80年以上の年月、梨の実を提供し続けた老木を、20本程伐採したのであるから、物量は大量である。梨園を縮小し、市田柿を増産する主人の戦略である。「桃栗3年・柿8年」といわれるように、長い年月の必要な事業である。歌舞伎の世界を梨園というが、語源は、中国・唐の時代に溯る。あの白居易 の「長恨歌(ちょうごんか)」に出てくる、絶世の美女楊貴妃 の愛に溺(おぼ)れ国を滅ぼしたという、あの玄宗皇帝 は自らも歌舞音曲の才を誇り、宮廷内で多くの弟子達に楽(がく)を教えた。そして、その教えた場所が、なんと宮廷の梨園だったのである。
2日半、機械と格闘して、薪割り作業を続けた。薪は薪置き場に積み上げ、数年間自然乾燥させて、ボイラーの燃料にするが、備蓄は数年分ある。冬の間の運動不足が影響して、三日目には筋肉痛・腰痛・関節痛で動きが鈍くなった。女将さんが救援に来て、後始末を手伝ってもらい終了した。ほとんど同時に雨が降り出し、農作業は中止となり、農家の炬燵で雑談しながらの休憩である。体力的には限界であったので恵みの雨である。私には神仏の加護がある。
以前に伐採した乾燥した根の部分は、巨大なので主人と二人で積み上げ、燃やしてしまう。一日中燃えている。薪割しながら、火のお守りをした。以前に参加した近江八幡伊崎寺の比叡山千日回峰の行者・故光永澄道師の護摩供でも炎があるが、荘厳神秘的である。休憩の時には、炎を眺め思いをめぐらした。火を信仰の対象とする宗教もあり、代表的なものとしては拝火教という異名を持つゾロアスター教があった。現代は、電気・ガス・石油が熱源であるから、人は炎を観る機会が少ないことが、人の心に変化をもたらしているように思う。都市は家屋が密集しているから、焚き火は厳禁であるが、広い土地のある田舎でも、環境問題から自由に火は焚けないようで残念なことである。
4日目は雨の日曜日なので、農作業は無く、近くの元善光寺を訪ね、高速バスの乗車時間を変更して早めに帰宅の途に付いた。文明の利器であるテレビ・パソコン・新聞などを拒否し、只管(ひたすら)肉体を酷使して疲労し、静かな環境で爆睡することが、心身の回復に有効である。
体が鈍っているので、次回までに体力の強化の必要性を痛感した。5月初旬に筍やワラビが食べ頃なので、梨の摘果を手伝いたいと思っている。
農家の主人が老木となった梨の樹を切り倒し、チェーンソウで細切れにしてある幹や枝を薪にする作業で、その長さは40cm程度である。数十年、人手で剪定され、秋に梨の実を提供した枝は複雑に変形している。生半可な手段では割ることが出来ない。今回使用した薪割りの機械は、斧の刃に油圧で梨の樹木を押し当て、割るというより、裂いてゆく感じである。油圧は10トンである。その油圧を発生させるエンジンはホンダの5.5HPのガソリンエンジンであるが、油圧シリンダーを含む本体はUSA製である。価格は六十万円程度との事であるが、麻績ふるさと村界隈の農家二十軒で共同購入したものであり、使用料は一回千円である。直径40cmの幹は素直に育っているから割り易い。屈曲した大枝はなかなか割れず、機械がきしみ、壊れる心配がある。しかし経験豊富な主人は強引に作動させ割ってしまう。限界を承知しているのである。何事にも先達は必要である。
80年以上の年月、梨の実を提供し続けた老木を、20本程伐採したのであるから、物量は大量である。梨園を縮小し、市田柿を増産する主人の戦略である。「桃栗3年・柿8年」といわれるように、長い年月の必要な事業である。歌舞伎の世界を梨園というが、語源は、中国・唐の時代に溯る。あの白居易 の「長恨歌(ちょうごんか)」に出てくる、絶世の美女楊貴妃 の愛に溺(おぼ)れ国を滅ぼしたという、あの玄宗皇帝 は自らも歌舞音曲の才を誇り、宮廷内で多くの弟子達に楽(がく)を教えた。そして、その教えた場所が、なんと宮廷の梨園だったのである。
2日半、機械と格闘して、薪割り作業を続けた。薪は薪置き場に積み上げ、数年間自然乾燥させて、ボイラーの燃料にするが、備蓄は数年分ある。冬の間の運動不足が影響して、三日目には筋肉痛・腰痛・関節痛で動きが鈍くなった。女将さんが救援に来て、後始末を手伝ってもらい終了した。ほとんど同時に雨が降り出し、農作業は中止となり、農家の炬燵で雑談しながらの休憩である。体力的には限界であったので恵みの雨である。私には神仏の加護がある。
以前に伐採した乾燥した根の部分は、巨大なので主人と二人で積み上げ、燃やしてしまう。一日中燃えている。薪割しながら、火のお守りをした。以前に参加した近江八幡伊崎寺の比叡山千日回峰の行者・故光永澄道師の護摩供でも炎があるが、荘厳神秘的である。休憩の時には、炎を眺め思いをめぐらした。火を信仰の対象とする宗教もあり、代表的なものとしては拝火教という異名を持つゾロアスター教があった。現代は、電気・ガス・石油が熱源であるから、人は炎を観る機会が少ないことが、人の心に変化をもたらしているように思う。都市は家屋が密集しているから、焚き火は厳禁であるが、広い土地のある田舎でも、環境問題から自由に火は焚けないようで残念なことである。
4日目は雨の日曜日なので、農作業は無く、近くの元善光寺を訪ね、高速バスの乗車時間を変更して早めに帰宅の途に付いた。文明の利器であるテレビ・パソコン・新聞などを拒否し、只管(ひたすら)肉体を酷使して疲労し、静かな環境で爆睡することが、心身の回復に有効である。
体が鈍っているので、次回までに体力の強化の必要性を痛感した。5月初旬に筍やワラビが食べ頃なので、梨の摘果を手伝いたいと思っている。