韓国雑記帳~韓国草の根塾&日韓環境情報センター&ジャパンフィルムプロジェクトブログ

韓国に暮らして30年。なぜか韓国、いまだに韓国、明日も韓国。2022年もよろしくお願いします。

キャンドル市民革命の作り方7

2017-07-16 12:07:22 | 韓国あれこれ
今、日本にいます。今日(7/19)まで3泊4日の日程で九州の河川を見てまわりました。その報告もいずれ書きますが、キャンドル市民革命についてまとめをしてみましょう。
2週間前、パク•グネ退陣非常国民行動の二人と福岡を巡り参加者の皆さんと質疑応答をしながら一番感じたのは、韓国の市民運動の足腰の強さと政治的課題に対する積極的な対応じゃないかなと思いました。
足腰の強さとは、キチンとした会員制度で市民団体が運営されていることです。例えば、福岡で講演したパク•ジンさんが所属している人権運動の団体も500人ほどの会員がいて、4名の専従スタッフがいます。もちろん、専従費の給料は高額ではありませんが、最低賃金(月額15万円ぐらい)はクリアーしているそうです。
会員も毎月、1000円から2000円程度の会費を払っているので、500名の会員がいれば、毎月50万円から100万円程度の活動のための資金が保証されていることになります。環境運動連合という環境団体の場合、全国で50以上の支部と専門機関があるので、専従スタッフだけで200名以上になっています。環境問題という単一イッシューで会費納入会員が20000人以上いるのですから、これはものすごいことです。今回のパク•グネ弾劾では、ソウルだけではなく全国各地でキャンドル集会が行われましたが、確実地域で"国民行動"の地域版ができましたが、僕が知っている環境運動連合の各地のメンバーも大活躍をしています。ただし、会員の拡大にはあまり繋がらなかったそうです。参与連帯は会員が増えたのに、とボヤイていました。
まあ、それはさておき、足腰の強さは、いわゆる専従活動家の数だけでなく、能力や質のレベルでも優れているし、広い意味での民主化運動の共通言語を持っていて、運動に対しての献身性や、守るべき価値感、目指す方向性が大きな枠の中で一致していると思います。
この事を日本の進歩的な運動と比較すると、僕らがこれから解決しないとならない課題が浮き上がってきます。
まず、日本の進歩的な運動の共通言語があるのだろうかという心もとなさを感じてしまいます。これは、僕の推論ですが、日本の進歩的な運動の共通言語があったのが、敗戦後から60年安保ぐらいまでの時期で、それ以降はそれぞれの政治的な色合いによって、使っていた"言語"が違っていたと思います。60年代後半からの急進的な運動の中では、"言語"の分裂がどんどん進行し、共通言語が成り立たなくなります。これは、いわゆる政治セクトと呼ばれた政治グループだけの問題でなく、公害問題とか反核とか消費者問題とか様々な市民運動に関わった人たちの間でも同じではなかったかと思います。
僕個人の経験から言っても、70年代の後半は成田空港反対の運動と狭山裁判支援の運動、そして80年代に入って光州5•18民主化運動と金大中死刑判決糾弾の闘いと繋がって行くのですが、労働組合で活動していた人は違う"言語"で語るでしょうし、個別の市民運動をしていた人は、また違う"言語"で話すと思います。
ここで問題にしたい事、日本の進歩的な運動が、多分70年代頃から抱えていた課題として、共通言語を作るための努力をどれだけやれてきたか、という事です。異なった"言語"の間での討論、直面する課題のすり合わせ、それらを基礎にした共同行動、その結果としての信頼関係の強化といった作業を、どの程度行ってきたかということです。
韓国の場合、2000年の選挙での落選運動の成果として、市民団体や社会団体の恒常的な連絡体制を維持するために"市民社会団体連帯会議"が作られ、これらの組織が中心になって様々な課題にそのつど取り組んできたと言います。こういった共同行動、統一行動の積み重ねが、韓国の進歩的な運動の"共通言語"を鍛え、今回のパク•グネ弾劾の原動力の一つであることは、間違いないでしょう。
果たして、日本の運動は、どうすれば強固な"共通言語"を作り出すことができるのか、そのヒントが韓国の市民運動の中にあると思います。

写真はキャンドル講演会の新聞記事