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ひな人形出した

2020-02-20 | 日記

人形は二階の押し入れ天袋に入れてある。

昨日は箱全部を下ろして終了。

本日、朝から箱を下に運んで飾りつけ。

久しぶりのデジカメ写真。このパソコンと相性悪いのか画像が・・・泣

こんなのやら

こんなのとか。

午後から水彩画のお稽古。

これは先月。きょうはチューリップとガーベラ描いた。

帰宅してから続きをやって終了。結局親王のセットを6つ飾った。

疲れた。疲れたので早めに入浴したら疲れが取れたので良かった。

きょうは水彩の行き帰り、車の中で情報交換。またゆっくり話したいものです。

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ダイヤモンドプリンセス号の中で

2020-02-19 | 随想

なんかとんでもないことが起きていたようで。

https://blog.goo.ne.jp/eejanai356/e/b4d6d2c255df8c1ea306f458325d350c

https://note.com/chocolat_psyder/n/n37115c09d500?fbclid=IwAR0CV75QGe-bIOihnk5EKMDfkOSj1949lH0SdM0zh5GoVrafjMDtho_uznU

毎日毎日感染者が増えるので、私も素人ながらにおかしいなあと思っていましたが。

船に感染症の専門家を入れないという隠ぺい体質はよくない。接岸した時点で、専門家を加えたチーム作って、船内の感染対策、きちんとすればよかったのに。

14日間留め置いたのは、その間に陽性の人が出ないという前提。でも一人の感染者が下船した時にはすでにほかに感染者がいて、横浜に帰るまでは何の対策もなかったので、船内で次から次と感染したのでしょう。

危機管理のこんなお粗末な国にいて、身を守るのは自分で。ということでしょうか。

しばらくは人ごみに行かない。外で食事しない。トイレも使わない。自転車か車で出かける。電車バス乗らない。こんなところでしょうか。

これ以上広がらないことを願うばかりです。

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寒さの中であれこれと

2020-02-19 | 随想

暖冬から普通の寒さになったけど、日差しはもうすっかり春。

私はこの季節が好き。

きりりと寒く、木々は葉を落としてすっきり。咲き始めたウメの下にスイセンが咲いている。そんなイメージ。

麦が芽を出して日増しに青くなるけど、まだまだ見通しがよくて、強い西風が吹く。

着ているものはセーターにカーディガン。これは近所で機械持っている人に毛糸持って行って編んでもらう。

母は和裁と洋裁はできたけど、編み物はしなかった。たぶん、時間がなかったのだと思う。

去年のセーターはもう袖が短いけど、短くて木綿のシャツがのぞいたりするけど、その格好で特に何とも思わなかった。

学校から帰ると祖母が火鉢でするめやお餅を焼いてくれて、それがおやつ。

無口でおとなしい祖母だった。

食べると凧揚げに行く。遮るもののない麦田の上を強い西風が毎日吹いていた。。。。


自分の確定申告、先月分の経費帳の仕上げ、ひな人形の飾り付け、春用のワイドパンツ縫う…ざっと考えたところで2月中にこれだけしたいけど、全然手付かず。

いえいえ、たちまちは昨日の続きのアウトルックです。困りましたねぇ。まだあれこれしています。


最近とくにむかつくことはないんだけど、以前の介護の時のあれこれ思い出して夫に嫌味を言う私。

親きょうだい、手放しでほめまくるのがなんとも。

姑様のところから10年以上前の煎茶探してきて、茶色く変色しているけど、おいしいと飲んでいる。

気持ち悪う~よく飲むよ。親のことならなんでもありがたいんだね。笑笑

義妹の老後の心配までしている心優しい夫は、以前次男の家のこと相談したら「自分で考えたらええ」と突き放すので、相談することはやめた。

今回、ひょんなことからひょんなことになりそうだけど、あんた出すの?と聞いたら出さないそうです。

ふん、私は出すけどね。

無理もない。ビルの後始末にどれだけお金がかかるかわからないので踏み切れないんでしょう。

ビルなんて、要らなくなったら土地ごと売ればえんでないの。古いビル、息子たちに残さないでと言ってある。

私の願いはただ一つ、来月めでたく97歳になられる姑様より先にいなくならないで。ビルと大量のゴミと、姑様、私に残さないで。とまあ、今朝はアウトルックに手こずりながらそんなこと考えました。

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Outlookに手間取る

2020-02-18 | 日記

激安パソコンに手持ちのMIcrosoft officeダウンロードしたら、エクセルは使えるようになったけど、メールが手間取る。ワードはこの数年使ったことない気がするからいいけど。年賀状も手書きにしたし。

スマホとの間をメールやり取りして(ほんとはフリーメールすればいいんだけど、gooメールはある時英語になったので放置、撤退)何とか送信はできるようになったけど、受信ができない。

アカウントの設定を開いてどうたら、こうたら。

ふむふむ、何とかできるまでにしたはずなのに、やっぱり受信できない。

明日またゆっくりやりましょう。老いの日はゆるゆると、焦らず騒がず。

今はプロバイダーのホームページから、二週間だけ保存しているwebメールで何とかしのいでいる。こちら簡易版なので転送などできないし、困ったものです。

昔、パソコン教室というのがよくありましたが、今はパソコン持たなくても困らないし、教室ももう消滅したのかしら。

私もパソコンは一秒も習っていない。見様見真似の出たとこ勝負。基本的リテラシーがないので、いつも四苦八苦して回り道。夫に教えてもらえばいいんだけど、頭下げるのが癪。

まあゆっくりやりましょう。


今の日本では、人ごみに出てはいけないそうで、退屈なので朝一時間くらいそこらを徘徊している。

で、あまり気にしていなかったけど、気が付けば、我が地区はマンションだらけ。港に関連した製造業や流通業などが、都市化が始まると土地を高く売って拠点はより郊外へ。

こちにフリー素材。我が家付近もこんなイメージ。

我が地区では、だいだい100坪もあれば高い建物が建っている。建蔽率80の容積率は400くらいです。新しくてきれいな建物のすぐ南にそれより高いマンションが建ったりしているところもままあって、車で通っている時には気が付かなかった。

自分だけがくつろぐ部屋が欲しいなあと夢想していたけど、それなら部屋借りるだけでいいんだと思いなおす。で、借りようとすればワンルームとか。

夢ないなあ。

古民家とかないのかしら。と、夢は急速にしぼみつつあります。まあ我が家もすぐに古民家になりますけどね。

最近、次男とはよく会うけれど、長男に久しぶりにメールして、

「新型コロナ肺炎予防のために息吸わず、温暖化防止のために息吐いてません。時々だけど」

と言うと

「あんたは豚熱(豚コレラ)に気をつけなさい」と忠告された。

気を付けるも何も、自分の親が豚か人間かわからないようでどうする。人間ですよう。

ああ、それにしてもメールアカウントです。もう一回やり直しですね。

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介護をしている人への支援

2020-02-17 | 随想

2019年1月。元安橋付近で。ワンちゃんの伊達メガネ。


来月、自宅介護+デイサービス受けている人と、介護している方と、私、私の友人の四人で会うことになった。

今まではご自宅へ伺って話を聞いていたけど、あちら様のご希望でどこかでお昼ご飯食べながらでもということになった。

出かけられるならそれもいいかなと思う。気分転換になるし。話したいこと、聞いてもらいたいことが山ほどありそうなようすだった。

認知症のカフェやショートステイなども利用すればいいと思うけど、本人が嫌がっているのだと思う。嫌がらないで、介護者の負担、減らしてもらいたいけど、他人だからそこまでは言いにくい。

でもまあ、今度言ってみよう。

人はとかく介護受けている人に目が行きがちだけど、介護している人も同じくらいに、いやそれ以上にいたわりが必要と、自分が介護の真似事してようやくわかった。

何も特別なことしなくてもいいんです。黙って話を聞くだけ。思いのたけを吐き出してもらうだけで、アドバイスや励ましはしなくてもいいと思います。

介護している間は、自分だけ暗い部屋に閉じ込められていて、部屋の中から表通りの明るくて楽しげな様子がよく見えるという感覚。

こちらからはよく見えているのに、そこへは出ていけない、そこからこちらは見えないという閉塞感。何を言っても分かってもらえない孤独感。体の辛さよりはそちらが大変だった。

偉いねとか、大変ねとか、頑張ってねとか、何の気なしに言ってしまいますが、介護しているものは全然素直に聞けません。そんなことより、黙って話聞いてもらうだけで心が楽になったのでした。私の場合。


施設に入る前三年間くらい、私はいろいろな病院やクリニックに付き添った。8つくらいかな。

人間は歩けなくなるまでは自分の足で歩きたがるので、車いすに乗ってもらってからがむしろ楽だった。

大病院の長い廊下を手を引いて、検査に、受診にと移動するのが大変だった。入院する大荷物を両手に持って、それでも歩くと言われてこちらが泣きそうになったけど、車いす借りて荷物だけ載せて、体は楽だし、本人のプライドも保たれるということで、めでたしめでたしだったことも。

私は、自分はこんなに苦労したなんて言い歩かないようにしていたけど、その代わりこのブログに思いを書き残していたけど、今は、人生を深く体験したと思えるようになった。その経験がなかったら人のご苦労も分からなかったと思う。


先週、夫が様子見に入ったら**さんは来ないのかと言ってたらしいですって。

それは夫の空耳。私のお役目終わったので、もう行かない。

その代わり、足が腫れてるので大きな靴下をと施設に言われたら、さっさと買ってさっさと届けた。

夫は紳士もの買えばと言ったけど、それでは間に合いません。よく伸びるのを数足買って届けた。

私は浮世の行きがかり上しているだけで、余計な感情は持たない。そう決めています。つくづく介護保険のありがたい毎日。

全国の介護されている皆様、私は卒業してしまいましたが、心と体の健康になにとぞ気を付けて。くれぐれも無理されないように。美談にしないように。

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不動産はせめぎ合い

2020-02-16 | 随想

福山市鞆の浦で 20年くらい前


というようなことをきょうは思い出した。

20年以上前、修羅場にいたときには、眠れないほど心が壊れたことがありました。

先日、新型コロナウィルス肺炎の、武漢からの帰国者を世話していた(厚労省?)の公務員の方が飛び降り自殺した事件がありました。

また阪神淡路大震災の時にも、神戸市水道局の若い職員の方が自殺されました。

私の体験からの想像ですが、連日、罵詈雑言浴びせられたら、そのきつい言葉が胸に突き刺さり、頭の中を駆け巡って心が穏やかではいられません。たいていはひどい不眠症になります。

眠れないのは本当に体がきついのです。息するのも難しいくらいに疲れて、こんなに辛いなら楽になりたいと思うのです。

思いがけない非難中傷を、現場の最前線に立つ人が受けることになった時、それに耐えられるほどメンタルの強い人は稀ではないでしょうか。まじめな人ほど思いつめるのです。

どうか、今回の感染症の件でも、実務に当たる特定の個人を責めないでほしいものです。すべては国の方針、国の責任です。

えーー話を不動産に戻すと、面倒なこと言う客だなあという対応。あちらさんは話が早く進む方が手間が省けてよろしい。でもこちらはそうはいかんもんね。

女だとまともに話聞いてもらえないので、きょうは夫を連れていく。男が言うと話が通るのは悔しいけど。

詳細は後日ということになったけど、考えてみれば私も夫もこの年まで土地やマンション、買ったことないのです。よくわかりません。家は建てたことあるけど。職員住宅の経験もあるけど、賃貸に住んだこともないし。つくづく世間知らずな年寄りです。

ということで、淡々と。慌てず。

近々暴落するといううわさもありますが、どうなんでしょうか。

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伝統工芸展、行く。

2020-02-16 | お出かけ


雨に煙る美術館付近。
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「昭和の洋食平成のカフェ飯 家庭料理の80年」 阿古真理 

2020-02-14 | 読書

関空~フランクフルト・ルフトハンザ機内食。往路なので日本製。2015年4月。


ほかの本買うつもりで久しぶりにジュンク堂行って、タイトルにひかれてこの本買った。

食事、あまりに当たり前すぎる日々の営み。作って食べて片付けて、毎日の繰り返し。特に意識することなく、献立だってすぐに忘れている。

そんな当たり前すぎることに着目して、戦後の家族と社会の歴史に迫ろうというなかなかに深い本でした。

考えてみれば、誰がどんなもの作り、誰と食べるかという切り口から、社会のありようがよく見えると思う。

昔は料理というものはなかったという指摘。

確かに、限られた食材で限られた調理をする祁けの場面。手に入れられる食材を精一杯に駆使した晴れの食卓。この二種類だけ。

社会に余裕ができ、調理に手がかけられるようになって初めて料理をすることが生まれたわけで、初めは外国生活をした人があちらの料理を紹介する。そういう人たちが料理研究家として脚光を浴びる。あるいは料亭の調理人などが。

忘れもしない。三年間の夫両親との同居後、夫婦二人になった初めての年末、NHKの今日の料理見ていたら辻留の大将が、「家庭の主婦にもできるやさしい料理だからぼんやり見てないできちんと作ってください」と本気で言っていた。

そんな感じの人が昔の料理番組には多くいた。

長くなるので後は端折りますが、料理も自由化。男が作り、冷凍食品に買ってきたものに、と変化も激しい。

しかし人間の生きている限り、調理して食べて、喜び悲しみ分かち合い、人として生きていく。その当たり前のことに改めて気がついた。

作って食べる。その繰り返しが生きることの根幹。一食一食大切に、機嫌よく楽しく。そう思った。

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パソコン、立ち上げた

2020-02-14 | 日記

昨夜届いたノートパソコン、午前中に使えるようにした。

今は設定も超簡単、言われるままに進んでいけば簡単にできた。

クラウドに保存していた最低限のエクセルファイルも自然に移行。

でもofficeまだ入れてないので、見られない。うっかりアプリ購入しないように、そのうち追々と。

一月間、スマホで写真撮ってこのブログに使っていたので、別にカメラ持ち歩くのも面倒になったけど、どうしようかなあ~

先日の旅行で、友達に楽器演奏のお稽古事誘われた。誘われたらとりあえず乗ってみるのが私の流儀。

自転車で行けるところなので、昨日行ってみた。20分くらいかな。

しかし、教える先生が、某団体に所属していて、雑誌くれるとか。

そこのところが引っかかる。まあ初めは見学なので、合わないようならやめる。


それにつけてもこのパソコン、キィータッチが楽でうれしい。値段も、価格コムで探してびっくりするくらい安かった。officeは追々入れる。

40年くらい前の週刊朝日の記事、そのうちコンピューターが家庭にも普及して主婦がコンピューターで家計簿つける…というのがありました。

家計簿つける人は手書きでもつけるし、つけない人はどんなに便利になってもしないけど、パソコンが家庭に普及するのは現実になりましたね。

小説書いてたころ、NECの中古のパソコンにワープロソフト松を入れて、プリンターも買ってたいそうな出費だった。パソコンはとうの昔に捨てた。

長男のセンター試験の頃、解答例がパソコン通信で流れていたけど、ネット検索もまだ一般的ではなく、深夜の模範解答見て落ち込んでいた息子。幸運にも現役合格したけど、周りは年上ばかりで、同じ予備校から来た子ばかりで仲良くして、遊んでくれないと涙の一滴。まだまだ子供だった。

ああ、いかん、入力がサクサク行くのでついいらんこと書いた。息子よ許されよ。

新型コロナウィルスに感染しないよう、くれぐれも気を付けて。

 

コメント (2)
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友達とバスツアーに

2020-02-13 | 旅行

昨日は友達四人で日帰り旅行に参加しました。

 
竹原からフェリーで大崎上島へ。
 


昭和6年築、木造5階建て。民間の建物としては日本最高の高さ。
この島の港に寄港する船主のクラブ兼料亭だったそうです。
 
また山田洋次監督「東京家族」はこの島の老夫婦が東京へ行ってあれこれする話でした。
 
吉行和子扮するおばあさんは、東京へ大島紬持って行って着たり、東京で迷子になったりするのですが、今でもこの島にはそんな68歳がいるんでしょうか。軽い違和感が。
 
今の68歳、東京で迷子になるかなあ~。日本語通じるんだから人に聞けばいいと思う。東京は世界一安全な大都市。
 
 
 
大崎天満港近くの古い町並み。
 
風待ち潮待ちの港として昔は栄えたそうですが、船の大型化、航路の変更などで今は人通りがほとんどありません。
 
家もほとんどが空き家で、寂しい眺めです。

 
人気スポット、クマさんのオブジェ「天の鳥船」。
制作にあたっては島の造船技術が生かされたそうです。
 
続いて後ろに見えるきのえ温泉清風館へ行き、温泉入浴に昼ご飯いただきます。
 
この後は宿のサイトから写真お借りしました。
 
露天風呂。
 
こちらも。
 
岬の先の一軒宿。多島美。晴れると四国も見える。
 
 
食事は昼だけどこんな感じの懐石料理でした。おなかいっぱい。
ロビー売店で買い物して、ロビーでおしゃべりしてゆっくり過ごしました。

 
小雨が降り始めました。これはこれでいい風情。暖かいです。





続いて竹原の散策。水曜日は店がほとんど閉まっていて、人通りも少なく、ゆっくり観光できました。
 
通りに面した格子窓のハート形の飾りはイノシシの目だそうで、魔よけだとか。
 
竹原ではよく見られます。ほかの土地ではシンプルな縦格子が多いように思いますが。
 
竹原では「嵐」のCMか何かを撮ったそうで、いろいろ説明されたけど、ばあちゃんは何のことやら。
 
そしてひな人形にも全然感動しない私がいるのでした。大きな買い物控えて、上の空の私。
 
友達に話したら強硬に反対された。
 
四千万で買って売るときは一千万だったと。その一千万クラスを買うのだと言うと、よく調べてから。不必要な不動産は絶対不必要だと涙の忠告。
 
四千万は新築ではなく中古だったそうです。よほどいいマンションだったのでしょう。
 
不動産いろいろ、人生もいろいろ。
 
帰りは本格的な雨で、竹原から一時間ちょっとで広島着。
 
近場の楽なツアーでした。風呂もご飯もよかったよう~また行きたいなあ~
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パン焼き器で作る餡餅

2020-02-13 | クッキング・ランチなど


餅米2合、洗って水切りして30分置き、水180ccと一緒にパン焼き器にセット。

あとは1時間ほどでできました。


小さめが9個。老人二人のおやつにはちょうどいい量です。

簡単なのでまた作りましょう😊


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やっとノートパソコン買う

2020-02-11 | 日記

オランダ キスポール空港 2014年4月


ノートパソコンが壊れたのが20日くらい前、修理に持ち込むと2、3日で直るでしょう、液晶が悪いだけという話だったけど、結局ハードデスクが壊れていた。

2/2に取り出したデータだけ受け取ってパソコンは捨ててもらった。

きょうまで、スマホと夫がサブで使っているノートパソコンで何とかしのいできた。

起動画面にマイクロソフトからの画像が届くのは出荷時の設定。

これはとんでもないので、パソコンの中にある画像を固定画像として設定。

これは何でとんでもないかというと、ある時、起動したとたん

巨大なアゲハチョウかなにかの幼虫が。黒に黄の縞模様に、赤や緑の…忘れた。見たくないので…ドット付き。

ひゃあとすぐに飛びのいて電源切ったけど、電源入れたらまた現れる。

怖くて気分悪くて心臓バクバク。夫に頼んで設定変えた。


えーーー、何の話でしたか。

先ほど価格コムでレノボの安いパソコン買った。会員登録すると2千円引きでマウスもつけてくれた。

officeはついてないけど、前のパソコンにおまけでついていたのを使う予定。封切らずにそのまま持っていた。

まだ仕事しているのでエクセルは必須。ワープロは最近とんと使わない。昔は趣味の会の会報そのほかで必須でしたが。

ワープロだけの単独機器も昔はたくさんありましたね。あれ、今、どこにあるんでしょう?

メーカーの資料室か、そのうち20世紀産業資料館などができたら収蔵されるかも。


しかし、買い物も便利になったものです。

着替えず、化粧せず、靴履かず、財布入りのバック持たず、店員さんと話すこともなくクリック繰り返して買うパソコン。

夫のパソコンは返すつもり。起動画面は昨年の今頃、お祝い事で訪問着た自分にしました。画像フォルダにあったのです。

その意味は、起動画面が次々変わるので、警戒してのこと。

夫よ、許されよ。

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大島、柄はこちら。

2020-02-09 | 日記


雪輪にツタ。落ち着いた柄です。まあ、年相応かと。
 
着丈160、裄66、前幅24.5、後ろ幅30.5。
 
今の時代の標準寸法かと思います。ほどいて服になどせず、着てみたいと思います。
 
二千円なんて吹聴しなければいいのに、私のことだから言いまくって相手の反応見て喜びそう。
 
うーーー、とても安く買えてうれしかった私。
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大島を2千円に値切る@千田わっしょい祭

2020-02-09 | 日記
そうだ、今日はフリマの日。場所は東千田公園。チャリンコで行きます。
 


冬晴れ。メタセコイヤも葉を落とし、すっきり。
 


今年から月一回になるらしい。残念!!
 


昔、グランドだった場所に52階建てのタワマンが。
 
まだ物件残ってるようです。ご希望の方はお早めに。
 


本日のお買い物、餡餅、新書、大島紬など。

大島紬は藍色にツタの柄、八掛は渋い黄土色。着た形跡のない新古品。
九マルキかな。身丈十分、身幅も何とか。
 
高いので負けてと頑張ったら、500円引きの2千円ちょうどにしてもらえた。
ラッキー。
藍大島二枚持ってるけど、母のおさがりの横双、昔、京都のフリマで買って仕立て直した花柄の二枚。
 
ちょっと渋めも欲しくなった。
 
買うときはほどいてワンピース縫うつもりだったけど、チャリンコで帰るうち、切るのはいつでもできる。まずは着物として着てあげようじゃないのと気が変わった。
 
ユニクロのセーターでも2千円はする。この大島、二度着れば一回あたりは千円、十回なら二百円とコスパはどんどん良くなる。
 
着物から作る洋服は、なんか無理している痛々しさがある。と私は思っている。人様が着ておられるのは何とも思いませんが。
 
ということで、大島紬、一枚ゲット。
 
呉服屋で買うと十万円くらい?
 
呉服屋で着物ほとんど買ったことないので知りませんが。
 
さしあたり、日本伝統工芸展にでも着ていきましょうか。ずっと雨らしいから、お天気になってから。
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冬は寒い方がいいけど・・・

2020-02-08 | 随想

2016年1月。雪ウサギ作る。


昨年から、雪をほとんど見ない。先日、広島は初雪があったそうだけど、どこか山の方では?

海に近い我が家ではトンと見ない。

この地で暮らし始めたのは1967年から。12月になると毎日雪が舞って、スカートに薄いストッキングでとても寒かった。

たまたま同じサークルだった男の子に、広島ってこんなに寒いんですか?と聞くと、今年は寒波が来ているのでわしも寒いって、ムッとされた。別にケチつけてるわけじゃなく、不愛想なその子に話すことがなかったからなんだけど。

翌年の三月、春休みで山陽本線使って帰省するとき、今の東広島市のあたりへ来ると、どの家の北側にも白い布みたいなのを置いてあるのが不思議で、しばらく考えて雪だと気が付いたことも。

お彼岸近くになってもまだ雪が残っていたんですね。

1995年、長男が地元大学に通り、一年間だけ本部のある東広島で暮らしたけど、12月になるとよく雪が降り、何度も積もったと言っていた。

まだまだ町も開発されてなくて、あぜ道から池の土手通って通学していたらしいけど、ぼんやりして溝に落ちて凍死しないかと心配していた。

ここまで書くと、雪が降っていたのがずいぶん昔のような気がする。

雪は好きでも嫌いでもなく、というか雪降ると車の運転できないし、スタッフは来ないし、好きではなかったけど、降らないとなると雪が恋しい。

冬の気分が出ない。

今年はもう駄目のようだけど、来年、雪降ったらうれしいかも。

もちろん今年でもいいけど、雪、降らないかなあ~

しばらくするとウサギはいなくなりました。

どこへ消えたのかな~


51年前、寒いと言うと、自分も寒いと言い返してきた男の子、不思議なご縁で一緒に暮らし始め、今はすっかりおじいちゃんになって、相変わらず寒いと言っています。

腰から下が北氷洋に浸かってるみたいだそうだとか。

浸かったことあるんかいな。

夫一族はとても寒がり。真夏に炬燵したり、冬の靴下履いたり、結婚してからは驚くことが多かった。

結婚前に遊びに来た時、暖房があまりにきつくてブラウス一枚になっていたら、寒くないのかと姑様に何度も聞かれた。今、思い出した。

冬は寒い方が冬らしいと思う今日この頃。

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